第4話:愛情の味
「い、いや、これはッ、俺が命令したわけではなく、そこの女が勝手に作ったものだッ!」
「ええいっ! ならばその手にしたスプーンをさっさと離さぬか! このようなおぞましい料理、お前以外に誰が所望するというのだ!! それにお前は、己の妻を事もあろうに”そこの女”だと!」
デミアルド様が慌てた様子で弁解すると、お義父様はさらに声を荒げます。
それにしても”おぞましい”って……。あのような作り方をした物とはいえ、何だかちょっと傷付きます。
私は溜息を堪えてテーブルの上のシチュー(?)を見ました。……うん、確かにおぞましいですね。
「あれほど言い聞かせたというのに、お前はまだこの婚姻の重要性を理解できていないらしいなッ!」
「い、いえ、っ、ぐむ。……重々承知しておりまふとも!」
「口の中にものを入れて喋るんじゃない!!」
ドゴン! とテーブルを叩く音が響き渡り、デミアルド様だけではなく、私まで身を竦み上がらせました。
お義父様、魔族の将軍というだけあって凄い迫力です。言っている内容それ自体は、まるで幼子を叱っているかのようですけれど。
彼らの様子を窺いながら、私は何となくですが事情を察しました。
そういえばデミアルド様との結婚が決まる前から、奥方様……お義母様の姿をお見かけしたことがありません。彼はきっと、もう会うことのできない母親の味を求めていたのでしょう。
あれ……? でも、それだと少しおかしいです。
デミアルド様には愛人がいるはずで、その人の料理は食べるんですよね?
まさかとは思いますが、目の前のこれにレシピがあるのでしょうか。
私もう、作り方を覚えていないのですけど……。
「あ、あの、デミアルド様? あなたの仰っていた愛人の方って……」
「愛人だと!?」
会わせていただくことはできませんか? と尋ねようとすると(何でレシピを教わろうと思ったんですかね、私)、お義父様が両目を見開き叫びました。
ドゴンッ! ドゴンッ! とテーブルに拳を振り下ろしながら、大きな声で区切るように仰います。
「お前はッ! 俺の息子でありながらッ! 愛人などッ! 囲っているのかッ!! 恥を知れッ!!」
「そ、そそそッ!? そうではなく! いや違うッ! 違うのだ親父殿ッ!!」
「いったい何が違うというのだッ! 俺がお前の母親を、どうして家から追放したか忘れたとは言わせんぞッ!! 料理が壊滅的だからではない! あの女の病的な浮気癖こそが原因であろうがッ!!」
「もも、も、もちろんだ親父殿! だが俺は今でも母上を愛しているッ! 子が親を求めるのは当然だろう!? だ、だからだな……」
「む? 何を言っている? ……まさかお前、自分の母親を”愛人”などと宣ったとは申すまいな?」
「…………っ」
黙って目を逸らすデミアルド様。
えっ!? 嘘、気持ち悪っ!? 私は驚愕して彼を見ました。
デミアルド様はスプーンの先でシチュー(?)の謎肉をつつきながら、私のほうにちらりと視線を送ってきます。……目配せの意味が分かりませんし、お行儀が悪いですよ。
……あ、というか話を聞くに、別に離婚なされただけで奥方様はご存命なのですね。
ちょっとだけしてしまっていたデミアルド様への同情心が、すっと冷めるのを感じます。
「……ということは、デミアルド様はいつも”愛人”と称して、お義母様のところへ行っていたのですね?」
「なぁッ!? 言うな! 言うなッ!! 告げ口など卑怯だぞッ!?」
え? 何が卑怯なのですか???
あなた、私に対しては隠すそぶりすらなく、むしろいつも嫌味ったらしく公言していたではないですか。
ドガシャンッ!! と轟音が響き渡り、ついにテーブルの一部が叩き割れました。
「貴様ッ! 今すぐそこへなおるがいい!! 我が息子とて容赦はせんッ! その首を叩き落して王へ献上してくれるッ!!」
「お、親父殿、違うッ!? 違うんだッ!!」
「何が違うものかッ! お前がこのおぞましい料理を求めていたことと、エルネット嬢の言葉が証明しているではないかッ!! 我が元妻は和平反対派の筆頭だぞッ!! だからこそ王の信用を得るために、今回の婚姻に我が家が名乗り出たというのにッ!!」
お義父様は肩を怒らせ腰に吊るしていたサーベルを抜き、その切っ先をデミアルド様へと突きつけました。
「それを裏で奴ら反対派と繋がっていたとは! もはや貴様は国を脅かすテロリストだ!! 俺の手で排除してくれるッ!!」
「ひ、ひいぃッ!? 親父殿ッ、ご勘弁、ご勘弁をッ!?」
デミアルド様は先ほどとは違った涙をぼろぼろとこぼしながら、食堂の中を逃げ回り始めました。
お義父様がそれを追い、振り回された剣によって調度品がガシャンガシャンと壊れていきます。
……まさか、やけくそで作った料理が、こんな結果をもたらすとは思いませんでした。
私はじっと席に着いたまま、妙に冷静な気持ちで目の前のシチュー(?)を眺めました。
先ほどまでぽこぽこと泡立っていた謎の液体はすでに冷めているようで、今は何だか分厚い膜が張っています。スプーンを手に取り差し込んでみると、ぷつっと開いた穴から何ともいえない匂いが溢れだしました。
ふと私は激しい好奇心に誘われ、ゆっくりとスプーンを持ち上げました。
……これ、美味しいのかしら?
今までずっと私の料理を”不味い”と仰ってきたデミアルド様が、泣くほど感動する料理です。その味を知らぬわけにはいかないでしょう。
「――貴様、往生際が悪いぞッ! 大人しくその首をッ……! ん? あっ!? 待てエルネット嬢ッ!? 早まるなッ!!」
「え? ごふッ!?」
ひとくち食べたその瞬間、私は意識を失いました。
……味の表現は不可能ですが、目の前に極彩色の光景が広がったとだけ申しておきます。
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