第2話やや雲行きが怪しくなりはじめた大学初日
着なれないスーツを気にしていたらいつの間にか入学式が終わっていた。
人波に押されるようにして会場である大ホールから出ると、ここに来た時には気づかなかったが、見事に満開の桜が出迎えてくれた。結構大きいのに、意外と緊張してたらしい。
ちょうど近くにあったベンチに腰掛け、会場からまだまだ出てくる同級生たちをぼーっと眺める。
いまだに自分が大学生になったという実感がわかない。
周りを見ても、当然、俺と同じような年ごろの男女がいるばかりだ。
堂々と金色に染めた髪を揺らしている男子や、やや化粧の濃い女子がいることだけが、何となくここが高校ではないことを教えてくれた。
「――なあ、このあとどっかご飯いかね?」
一瞬その声が自分に向けられたかと思ってその方向を向けば、茶髪に染めた男子学生がすでに仲良くなったほかの学生に声をかけているようだった。
食事に誘われた学生がぎこちない仕草でオーケーサインを返すと、茶髪男子が「よしっ! んじゃいくか」と無理やり肩を組んでにかっと白い歯を見せる。
そのまま彼らの後ろ姿をなんとはなしにながめて、
「いや、こんなことしてる場合じゃないわ」
俺も急いで友達作りに励まなくてはならない。
大学生活において友達は必要不可欠である。単純にキャンパスライフをより充実したものにするだけでなく、万が一忘れ物をしたとき等に助けてもらうことだってできるのだ。
今朝チラ見したサイトにもたしか、就活の時にも友達の存在が云々みたいな記事があった。
まあいろいろ御託を並べたが、結局は一人じゃ寂しいということが一番大きい。
それに、せっかく一人暮らしなのに招待する相手が一人もいないというのはあまりにもったいない。
というわけで、バッとベンチから立ち上がりきょろきょろ周りを見回す。
知り合いがいるわけじゃないし......とりあえずさっき会場で席が近かった人を探してみるか。
と、
「いた......」
数歩離れたところに、おそらく俺の座ってた席の右前にいた男子学生を発見。
しかも、すでにひとまとまりのグループを形成していた。
よく見てみればほかの学生もさっきの入学式の時に見た気がする顔ばかりで、思わずごくりと唾をのむ。
一網打尽のチャンス到来である。
「......よし」
一言気合を入れていざ出陣。獲物に狙いを定めた蛇のようにひっそりと、しかし一歩ずつ確実に距離を詰める。
近づいてようやくわかったことなのだが、どうやらこのグループは俺の右前に座っていた男子が主導しているようだった。
髪の色こそ黒だが、しっかりワックスで固められており、スーツも相まっていかにも「出来そうな好青年」の印象だ。
かたや俺はというと、今朝姿見で思い出した自分と比較して、顔を覆いたくなったね。
......がしかし、ここまで来たからにはもう後戻りはできない。なんならもうグループのうちの一人ばっちり俺と目合っちゃってるしね。
意を決し、そして、
「あ、あのさ......っ!」
瞬間、さっきの好青年と目が合った。
思わず変な距離感のところで立ち止まりそうになるが、なんとかあと数歩を踏み出してそれっぽい位置にとどまる。
視線が一斉に俺のほうに集まり、口の中から水分が消えうせた。
「やっぱりなんでもないです」と今すぐ振り返りたくなる衝動を気合で抑え込み、無理やりにでも口角を上げる。
よし行け! この勢いのままごり押せ!
「さ、さっきの入学式で席近かったと思うんですけど、みんなって経済学部ですか?」
いったい自分がなにを言いたいのか分からなくなったが、なんとか勢いでごまかした。
そして言い終えた後は好青年としっかりアイコンタクト。
するとやや困惑しながらではあるが好青年が口を切る。
「え? あ、まあ、そうですけど」
「で、ですよね! 自分も経済学部で、あいさつしとかないとなーって思ってたんですけど」
「あー、全然大丈夫ですよ、そういうの、気にしないんで」
「そ、そうなんですね。――でもまあ、これからよろしくお願いしますということで......」
「あ、どうも」
「......じゃあ、また今度」
「はーい」
............。
いったん距離を置く。
そして、おぼつかない足取りで先ほど腰かけていたベンチまでもどり、どさりと崩れ落ちるように腰を下ろす。周りの視線がこっちを見ているように感じるが知ったこっちゃない。
しばらく遠くを眺めて、すると視界の端をさっきの集団がかすめていった。
中の一人がこっちを見ているような気がしたので、無意識のうちに顔を伏せる。
そして大きく息を吐き、両手で顔を覆う。
............。
「そういうの気にしないってなんだよ......?」
田舎の洗礼を受け、友達作りに失敗した男の姿がそこにはあった。
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