15 仕掛けられたドッキリ


 元々は同じマンションにあるスタッフルームでグループ系YouTuberとコラボ企画を撮影する予定だった。それで、下層階にあるその部屋でレックスは午前中から予定通りの撮影をしていた。その途中、種田とゲストYouTuberが数名適当な理由を述べて部屋から出て行った。


 その後、残りのメンバーと撮影をこなし、昼休憩も挟んで二時間以上が程経過した時、レックスは抜けていたメンバーに自らの部屋に呼び出された。


 長年YouTuberをやっているレックスはその時点でその日の撮影がイレギュラーなドッキリ系だということには何となく勘付いていた。しかし、具体的な内容には見当がつかない。ただ、何をさせられるのだろうかと思いはしても大抵のことは受け入れられる自信があった。だからレックスは堂々と移動した。


 自室に人を上げる予定はなかったが、毎週月むーんに綺麗にしてもらっているのでいつ人に見られても恥ずかしくない清潔感を保っていたし、何より部屋の合鍵を持っている種田が手引きをしているのは確実だ。レックスは種田が自分に甘い事を知っていた。よって、何を仕掛けられるにしても自分の許せる範囲に収まるだろうと、レックスは仕掛けられるドッキリの内容を想像してワクワクする余裕すらあった。


 そうして、玄関を開けてみたら廊下に大音量のクラブミュージックが流れており、色とりどりの照明が縦横無尽に動き回っていた。奥に陣取ったグループYouTuberの盛り上げ番長がDJさながらのマイクパフォーマンスでレックスに長い廊下をファッションショーのランウェイだと思って颯爽と歩けと指示を出す。


 当然レックスはYouTuberらしくノリノリで一歩を踏み出し————月と同じ結果に至った。派手な演出は全てローションが垂れ流された廊下を隠すための目眩しだったのだ。


 格好つけて踏み出した一歩目で思いっきりレックスがずっこけた後は本人も含め爆笑が響き渡った。


 その後はYouTuber全員でローションの上で如何にイケメンっぽく振る舞えるかという勝負を撮影。全員がツルツル滑ってローション塗れになり、笑いの溢れた撮影は無事に終了した――――までは良かった。


 その撮影が終わったのが午後二時過ぎだった。その後その場にいた全員でローションを拭き上げ、掃除をしようとする。すると種田が清掃の専門業者を雇ったから掃除をする必要は無いと言い出した。


 ここでレックスは違和感を持った。


 通常マネージャーである種田には動画撮影に関してレックスに無許可で金銭を動かす権利は与えていない。どういうことだと問えば、今回はレックスにドッキリを仕掛けるためとはいえ、無許可で部屋を汚してしまったからその詫びも兼ねて自腹で支払いをすると種田は言った。


 種田には面白い動画を作るためなら、他者がレックスに対してドッキリを仕掛けるのに協力する権利を事前に与えていた。よって種田が詫びをする必要など一切ない。そう主張して清掃業者代は撮影費用として経費から落として良いと許可を出す。すると何故か種田は領収書を後で会計担当のスタッフに渡すと歯切れの悪い返事をした。


 それからドロドロになってしまった体を流して着替えて貰うためにゲスト達には荷物があるスタッフルームに戻って貰う。次いでレックスは自分の部屋でシャワーを浴びようとするが、種田はそれを止める。シャワーを浴びた後に片付けられていない廊下に出て再度汚れてしまっては大変だと、レックスにも移動するように促してきたのだ。


 着替えも既にスタッフルームに準備してある用意周到ぶりで、レックスは言われるがまま部屋を移った。


 シャワー待ちをしている間に撮影の後で興奮状態だった頭がじわりじわりと冷静に戻っていく。そうして何気なく見上げた壁掛け時計は二時四十五分を示していた。そのタイミングでレックスはあと少しで月が自室に来る事を思い出した。すると、月が来るというのに二重で業者を呼ぶという状況が少々おかしい事に気が付く。家事代行を利用している事は公にはしていなかったため、レックスはいつの間にか近くに居た種田に小さく声を掛けた。


「部屋の清掃ってもうある程度進んでるよね? 今日ムーちゃん来る日だから、俺やっぱり上の部屋に戻ってダッシュでシャワー浴びようかな」


「レックスがわざわざ戻る必要はない。家事代行業者には俺が説明に行く」


 種田はそのタイミングで丁度良く空いたシャワールームの脱衣所にレックスを押し込めた。


「俺はこの後すぐに上の部屋に戻るが、恐らく清掃にはそれなりに時間が掛かる。レックスはシャワーを終えたらお客様の相手をして欲しい。お客様が帰られた後は仕事用のノートパソコンは持ってきておいたからここで仕事をしていてくれ。……夕食の用意が整ったら呼ぶ」


 レックスは促されるままシャワーを浴び、髪や体にべったりとくっついたローションを出来る限り丁寧に洗い流した。


 シャワーに打たれている最中に脳裏に浮かんできたのはこれから自室に来る月の姿。種田にはスタッフルームに居ろと言われたが、レックスは顔を見に行く気満々だった。


 月を思い出したレックスの頬は自然と緩む。そして、それまでの撮影の光景が頭にこびり付いていたため月がローションでずっこける姿を想像する。


「きっと、もの凄くびっくりするんだろうなぁ――――」


 シャワーにあたりながら口元を綻ばせたレックスだったが、想像の中で転んだ月の背後にほくそ笑んでいる種田の姿を見てしまった。その瞬間、レックスは悪い予感に苛まれる。


「まさかねぇ……」


 レックスは種田に月を紹介して以降、二人の仲があまり良くない事を把握していた。


 種田は未だに月の事を家事代行業者ともの凄く他人行儀に呼ぶ。そして自らと月とを出来る限り遠ざけようとしている。その事にレックスはしっかりと気が付いていた。種田が月に冷たく厳しく接し、そうされる事によって月が以前と比べて遣り辛そうにしている事にも。けれど、敢えて種田を止めようとはしなかった。何故なら月を庇えば種田がより態度を悪化させる可能性が大きかったからだ。


 仕事に関しては非常に冷静で敏腕と言える種田はレックス個人の事になると急激に感情的になる。レックスはそれを知っていたからこそ、ほぼ衝動で雇ってしまった月と種田を引き合わせるタイミングを探っていた。そして、月と接する回数が増えるにつれ、仕事に対して誠実で真面目な月は種田に気に入られると思った。しかし会わせた結果、種田は気に入るどころか月に対して敵意剥き出しになってしまった。


「色んな意味でムーちゃんがお気に入りだってこと、種ちゃんにアピールすんの早すぎたかもなぁ……」


 独りごちたレックスはシャワーにうたれながら急激に不安になる。


 種田は感情的になると行動が極端になる傾向があった。清掃業者を雇ったと言っていたけれど、その業者と種田が電話等でやり取りをする姿をレックスは目にしていない。違和感なくスタッフルームに誘導され自室に暫く戻らないようにと指示されたが、考えてみれば清掃が完了した時点で出来栄えのチェックを家主であるレックスにさせる為に呼び出せばよいものの、種田は夕飯の用意が出来たら声を掛けると言った。しかもそう言った時の種田は微妙に歯切れが悪かった。その他にも着替えや仕事道具を事前にしっかりスタッフルームに準備しておく用意周到さや、部屋移動とシャワーを妙にしっかりと促してきたところにも思い返してみれば違和感が残る。


 何もないかもしれない。けれど、何かある可能性も否定できない。


 レックスは慌ててシャワールームから出た。雑に体を拭いて急いで服に袖を通してて、タオルを首に引っかける。脱衣所を出て部屋の時計を確認すると時刻は三時ジャスト。月はいつも時間ピッタリに来る。だから今頃玄関の前だろうと予測して、ゲストやスタッフに一度自室に戻ると伝え、裸足で靴を突っかけた。


 種田が自らの部屋でちゃんと月の対応をしていることを願いつつ、玄関扉を開けて一歩踏み出したレックスは————玄関外の壁に凭れ掛かった種田の姿を発見した。そして、その手ではレックスのスマホが震えていた。

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