フラグメント

@sk-2

第1話 恋粒は紙の上。

 仕事の続きをしていたらパソコンが息を止めたからコンセントと充電器を繋いで休ませた。その間、どうしていいか分からなくてスマホを開いてテキトーに音楽をかけてやる。背伸びしながらソファに深く座って自分も休憩をする。何か飲むものを用意しようかと悩んでいると、スマホが歌い始めたのは失恋ソングだった。寂しい世界観にどこか心が寄せられて、頭の中に三日前まで恋した人の顔が息をしたていた。

 あの人はよく笑う。それは私の前じゃなくて、物語の主人公のようにみんなの真ん中で笑うような人だった。そんなあなたを見るだけでこの体は何かに満たされる。でも、いつからかちょっと自分にワガママになって甘えてみせた。意外にも逃げなかったから私はどんどんと惹かれて、その分色んなことも学んだ。誰かを四六時中思う苦しさや楽しさを教えてくれたのは彼だ。次第に、隣にいてくれないかなと強欲になってる私に恥ずかしさも覚えた。

 その思い出も、今はループさせた音楽と一緒にどこかへ消えてほしいと願う。でも、歌詞が頭に入るたびに目の前が二人でいた時に戻されて、幻の温かさに触れたくなって、仕方なく自分の体を触ってみる。静かな部屋で悲しみに襲われている私を助けてくれる人なんていないと、今だって突然に音楽が止まって君の声が迎えにきてくれないかとか、私を求めて欲しいだなんて想って、全く懲りていない。そんな自分が情けなくて終わったことも忘れそうになる。

 一昨日の夜に彼を誘って食事にいった。その時に、初めて人に告白というものをした。本当は先に彼から一言「好きだ」と言って欲しかった。でも、それ以上に止められない自分に負けて言葉が口から飛び出してあなたを驚かせてしまった。お酒も飲んでいないのに、あなたは顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうに自分の手元に視線を落としていた。もしかしたら、その時からもう返事は決まっていたじゃないか、そうとも知らなくて私は、その頬を、耳を、貴方を、怒られるまでなぞるようにみつめた。長いまつ毛をすり抜けて、泳ぐ目の中に私がいると思えたことだって嬉しかった。

 その後も、何を話したいとか今度いつ会うとかどうでもよくて、本当に、二人の未来のことなんてあの夜はどうでもよかった。それよりも、人生で初めてした告白の返事を、夜風では乾かなかった甘い口から早く聞き出したかった。それなのに、夜道ではいつも気にもならない音が気になるほどに何も言わなくなって、彼といて最初で最後、一緒にいるのに寂しいだなんて思ってしまった。

 あっけない最後を思い出すと脆い心が冷えてしまうようでブランケットを被った。そして気付く。やっぱり今、私は一人で部屋で泣いている。間接照明の頼りない光の中、誰にも見られない部屋で好きなように何も気にせずに滲む思い出を全て涙という形にして外に出す。流れてく粒はどこかに落ちてしまえば一瞬にして消え、熱も持たなければシミにもなってはくれない。

 早く朝よ来て、朝日で温めて、夜が嫌いになるのはもっと嫌。心でつぶやいた声に、こうやって最後に彼に甘えればよかった、だなんて後悔する。十分に困らせればよかった。縋って、彼の胸を半ば強制的に借りて「どうしてダメなの」だなんて彼の困った顔も虚しい優しさも全部私のものにしてしまえばよかった。私だけの特別にすればよかった。そうすれば少しは変わったのに。遅い、遅かった。そしたら、どんな顔をしたの。私の心にいる彼に聞いても、その人でさえも答えてはくれなかった。片想いでも人は誰かと一緒にいるように満たされた気持ちになれる。それがわかってから抜け出したくて、こんな気持ちにさせた音楽を止めて、冷蔵庫から冷たくて苦いコーヒーをコップいっぱい注いで作業デスクに座った。

 何も知らないパソコンを私の気分で起こしてやって、真っ白なページを開く。今からここにあの人に向けて一万字のラブレターを送ろうか。渡せない手紙にあの人のこと書き切って、それで終わろう。気合を入れて最初の文字を打ち込んだが、その後に続いた言葉は彼の心を都合よく取り繕った妄想でしかないことに気づいて、急いでバックキーでまた画面を白に戻した。ここでは私のために書く。そう決めてまた、頭に浮かんだ「仕事」というワードを打ち込んだ。

 それから、最初出会った時の記憶から辿った。名前も顔も覚えられなのに、声だけがそっと入ってきて、優しい口調と思いやりのある言葉に一緒にいたいと気づいたことを思い出した。あとは意外と悪戯が好きでそれを見ていると子ども見てるみたいで楽しかったことも。だけど、誰かがひとりになるとそっと隣に行って少しすれば輪の中に連れて戻ってくる優しい人ってこと。一度だけ見た、調子悪そうな彼の背中は誰かに頼ることもなく真っ直ぐに帰ろうとしていて、「大丈夫ですか?」なんて声をかけてたんだ。あっちは隠してたものだから驚いていたけど、その時にはもうあなたを意識していたからお見通しだった。そうやって強がるところも好きだった。

 止めた手でコップを掴んで口に持っていくと、彼の好きなコーヒーはブラックだったことが意外だったことも思い出した。どんどんと飛び出してくる姿に流し込んだコーヒーを受け止められなくてむせてしまう。

 ぼんやりと眺める画面、この文章をあたなに見せてしまえば私は嫌われる。笑顔が消えて影を落とした視線でこの私を睨んで体が凍ってしまうだろう。それで、今よりももっと距離を置かれて遠い存在になってしまう。それも手に取るようにわかってる。でも、今だけは、これで終わるから許して欲しい。これが最後だから。

 願いが叶うなら、もう一度だけあなたの照れながら笑う顔を見せて欲しかった。嬉しい感情を出せずに恥ずかしさの中に隠れてしまうあなた。可愛いとかじゃなくて、素顔を見せてくれている気がしたから、知らない部分を知れた気になって嬉しかったからその顔を見るたびに何度も恋をした。でも、それもおわり。

 書き終えた原稿を紙に印刷した。コピー機から全てのページを迎えてホチキスで止めて噛み締めたような音に息を吐いて、それから最後に紙をめくって文字を追う。先程までとは違う満足感からまた粒が頬を伝う。そんな顔に紙を押し当てると温かく受け止めて涙を拭ってた。

 歪んだ文字が乾いた頃、疲れた体が勝手にあくびをした。自分が求めいたものが息と一緒に照明に溶けていく。今日はソファでいい。だらしなくていいから存分に甘やかそう。それで、あなたにさよならする。ちゃんと私を迎えにいく。夜を教えたパソコンの画面は勝手に閉じて、その少し後に気づかないうちに眠りについた。修正ない乾いた原稿に落とした思い出はいつまでも消えることはなかったが、瞼の奥では空のチリと一緒に愛おしいカケラが夜を駆け抜けて瞬いていた。

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