モグリ街の殺人~殺戮オランウータンは如何にして鉄柵の外の看守を殺めしか~

瘴気領域@漫画化決定!

第1話 出題編

 日が落ちたばかりにも関わらず、モグリ街は静寂に包まれていた。

 明るい窓は少なく、街灯だけが虚しく光を放っている。

 以前であれば仕事帰りの憩いを求める酔客であふれる目抜き通りも、閑散として人影はまばらだ。

 それも無理はない。何しろ、わずかひと月前に人口の半分が殺されるという無残な事件があったのだから……。


 原因は一頭のオランウータンであった。

 とある事件の真犯人であることが判明したオランウータンは、モグリ街の住民を鏖殺おうさつしながら逃走したのである。

 結果として、モグリ市警の決死の対応によりオランウータンは逮捕に至ったのだが……それまでに、モグリ街の住民の半分が命を失うという惨事となった。

 一連の事件をもって、このオランウータンは自然と『殺戮オランウータン』と呼ばれるようになった。


 * * *


「ここが事件の現場かね、メグロ君」

「はい、そのとおりです、鳳無頭堂ほうむずどう先生」


 殺戮オランウータンが入った鉄柵てっさくを前に、着流しをまとった男が腕を組んで何やら考え込んでいる。

 男の名は鳳無頭ほうむず夏彦なつひこ

 モグリ街で古書店を営む来歴不明の日本人だが、「ウルメの夏」事件や、「わら綾鷹あやたか」「すべてがヨコヅナになる」などの数々の難事件を華麗に解決したことにより、モグリ市警から厚い信頼を寄せられているのだ。

 古書店の屋号から、周囲からは鳳無頭堂と呼ばれている。


「まずは事件発覚の状況を詳しく教えてほしいね」

「はい、わかりました」


 メグロ警部の説明によれば、事件のあらましはこうだ。

 文字通り人外の力を持つ殺戮オランウータンは人間向けの牢屋では到底閉じ込めておくことができない。

 熱した飴細工よりも簡単に、鉄格子を折り曲げてしまえるからだ。


 そのため、市警は一計を案じた。

 まず榴弾りゅうだんの雨でもびくともしないコンクリート製の特別留置場を作った。

 壁の厚みは1メートル以上あり、これを壊すのはいかに殺戮オランウータンの怪力といえど不可能だ。

 出入り口は1箇所しかなく、他に外部に通じる点といえば人間の腕も入らない換気口が4箇所空いているのみだ。


 さらに、この特設留置場という名の白亜の要塞の中には鉄柵が設置されている。

 鉄柵は新式の二足歩行戦車にも採用されている新素材、ガンカタイウム合金で作られており、これもやはり殺戮オランウータンでは破壊も変形も不可能なものだ。

 当然、格子の間隔は狭く、体は通らず、せいぜい腕を通すのが精一杯だ。


 そして念には念を入れ、鉄柵の中の殺戮オランウータンが不審な動きに出ないか監視するための看守をつけたのだ。

 看守は6時間ごとの交代制で、鉄柵の2メートル以内には近寄らないよう徹底されている。

 2メートルもあれば、いかに殺戮オランウータンといえど届かない距離だ。

 何しろ指1本でも人間の首をへし折れる怪物が相手である。

 どれほど用心を重ねても足りるということはない。


「しかし、事件は起こってしまったのだね?」

「まったく面目ない……」


 被害者は看守のランポーという男だった。

 妻子を殺戮オランウータンに殺されており、殺戮オランウータンを強く憎んでいたらしい。

 看守の役目も自ら立候補し、にっくき殺戮オランウータンを油断なく見張っていたそうだ。


 ――そのランポーが、殺戮オランウータンに殺された。


 事件の発覚は看守交代のタイミングである数時間前であり、現場はそのまま保存されていた。

 ランポーは鉄柵から3メートルほど離れた場所で死んでいた。

 抵抗したのか着衣に乱れがあるが、その甲斐もなく首を折られてしまったのだ。

 首には扼殺痕やくさつこん(殺戮オランウータンの手形)がくっきり残っているため、死因に間違いはない。


「あの足跡は何かね?」

「ああ、それは……」


 鳳無頭堂が指差したのは鉄柵の周辺にある足跡だった。

 5指が長く伸びたそれは人間のそれではないことが明白であり、殺戮オランウータンのものであることを示していた。

 鉄柵からわずかに離れたところからランポーに向かって歩いた足跡と、鉄柵に戻っていく足跡とが残っている。


「なるほど、粘土を敷き詰めていたのだね」

「はい、看守が不用意に近づかないように対策を。鉄柵の周囲2メートルに粘土を敷き詰め、もし規則を破って看守が近づくことがあれば、足跡でわかるようにしたのです」


 足跡の位置は鉄柵の扉から大きく離れており、施錠されたままだ。

 錠をこじ開けたような形跡もない。

 ランポーの腰には扉の鍵が吊るされたままで、これもやはり奪われた形跡はなかった。

 鳳無頭堂は粘土に近づき、腰をかがめてつぶさに観察する。


「ふむ、どこにも看守の足跡は残っていないようだ」

「はい、殺戮オランウータンの足跡しか残っていません」

「鉄柵の根元にも乱れはないね」

「地下深くに埋設していますので、押し倒すことなども不可能です」

「しかし、これではエサもやれないのでは?」

「ああ、それはあれを使っているんですよ」


 メグロ警部が示した先を見ると、3メートルほどの長さの木の棒が2本、壁に立てかけられていた。

 木の棒の先端には金属製のかぎが付けられている。


「あれにバナナを引っ掛けて、鉄柵の隙間から入れるわけです。1本はエサ用で、1本はの交換用ですね」

「なるほど、周到なことだ。しかし、こんな危険な獣は干殺ひごろしにするなり、射殺でもするべきなのではないのかね?」

「もちろんそうしたいところですが、ランドシェパードの連中がうるさく……」

「例の動物愛護団体か」


 ランドシェパードとは、一部の国家からはテロ組織として認定されるほどの過激な動物愛護団体だった。

 動物にも人権を認め、すべての動物は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し、裁判なども平等に受けるべきだと主張している。

 ランドシェパードの主張によれば、殺戮オランウータンはゆがんだ人間社会の犠牲者で、ただちに無罪放免して故郷の森へと返すべきということだった。


「まったく、無茶苦茶ですよ。いまもこの特設留置場を囲んで殺戮オランウータンの助命運動をしているんですから」


 鳳無頭堂はメグロ警部には返事をせず、周囲の観察を続けている。

 その陰気な視線がランポーの死体の脇に落ちているものに止まった。


「あれは、バナナの皮かね?」

「バナナの皮ですが、それが何か?」

「ふむ……」


 鳳無頭堂はやはり答えず、髭の薄い顎をつるりと撫でる。

 そして鉄柵を下から上までじっくりと眺めた。

 鉄柵の向こうに座る殺戮オランウータンの感情の見えない目を見つめ、ぽつりとつぶやいた。


「謎はすべて解けた」

「ほ、本当ですか鳳無頭堂先生!」


 鳳無頭堂が白幣はくへいを付けた錫杖しゃくじょう柄尻えじりで床を叩く。

 すると、


 ――シャン


 と奇妙に冷たい音が特設留置場内に響き渡った。


 ――この世に不思議なことなど何もないのです


 * * *


【読者への挑戦状】

・本作はハウダニットミステリです。

・犯人は殺戮オランウータンで間違いありません。

・作中の地の文、登場人物の台詞に一切の嘘や誤認はありません。

・鉄柵の内側にいる殺戮オランウータンがどうやって鉄柵の外にいた看守のランポーを殺害したのか推理してください

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