なんとも言えない青春の味
黒羽カラス
第1話 ドクダミオーレを求めて
掃除後のホームルームが終わると一年C組の教室は一気に騒々しくなった。ボストンバッグを肩に引っ掛けた数名の女子が教室を飛び出していく。教壇の近くにいた三人の女子は駅前に開店したカフェバーの話で盛り上がった。
途端に
友加里は純の元へ向かう。
「面白い漫画でも見つけた?」
「え、違うって。ほら、これを読んでみてよ」
純は笑顔でスマートフォンの画面を突き付ける。ネットの掲示板の書き込みらしい。内容に目を通した友加里は呆れたような表情を浮かべた。
「もしかして、興味があるの?」
「もちろん! ドクダミオーレだよ? どんな味か想像できる?」
「不味いとしか思わないわ」
「でも、商品化されてるんだよ。この書き込みには『凄い味』ってあるよね。凄く美味しいって意味かもしれないじゃん」
純は小鼻を膨らませて該当箇所を指差す。
「凄く不味いって意味かもしれないよ」
「だったら、試してみようよ。時間、あるよね?」
純は勢いよく立ち上がる。艶やかなショートボブが少し乱れた。
「急ぎの用事はないから付き合ってもいいけど、わたしは飲まないからね」
「凄く美味しいかもよ~」
純は丸い目を細めて言った。
「よく考えてみて。あの日陰に生えているドクダミが主成分なのよ。鼻の奥を突き刺すような悪臭を放つ植物が美味しいはずがないわ」
「飲めばわかるって」
「だから、わたしは飲まないから」
言い合いながら教室を出ていった。
二人は
「こっちだよ」
純は左手の道をゆく。友加里は横を歩きながら
「スーパーには売ってないのかな」
「その情報は無くて、どうも自販機で売られているみたいだね」
「どの辺りかわかる?」
「ちょっと待って」
純はスマートフォンを操作した。検索で地域を絞り込んでいく。
「川中商店街の中の自販機が怪しい」
「ここからだと歩いて二十分くらいね」
友加里は視線を上げた。青い空に崩れたような入道雲が浮かんでいる。冷たいソフトクリームを想像させるのか。微かに喉が鳴った。
耳にした純はにんまりと笑う。
「喉が渇くよね」
「甘酸っぱいオレンジジュースが飲みたいわ」
「そこはドクダミオーレでしょ」
純は唇を尖らせた。横目で見た友加里は軽くあしらうように手を振った。
他愛無い会話の末に商店街のアーチが見えてきた。
「あの自販機にあるかも」
純は目に付いた自動販売機に駆け寄る。ゆっくりと歩く友加里に向かって両腕を交差させた。
「なかったのね」
友加里は表情を和らげた。
諦めることなく純は次の自動販売機へ走り出す。そこでは深々と項垂れた。
友加里は結果を目にしながらのんびりと歩いた。
五台目で純は声を上げた。
「あったよ! これがそうだよ!」
飛び跳ねる手招きに周囲の目がそれとなく集まる。友加里はやや頭を下げて小走りとなった。
「興奮し過ぎ!」
「だって仕方ないじゃん! こんなの見たらテンション上がるよ!」
「これが、そうなのね」
よく目にするスポーツ飲料の横にドクダミオーレの見本の缶があった。赤い背景にハート型の濃い緑の葉が描かれていた。商品名は墨で書き殴られていて凄みを感じさせる。
「あったんだけど、ボタンがこれなのよ!」
「こんな物が『売切』って」
「ね、わたしが正解だよね。凄い味は凄い美味しいの意味だったんだよ」
得意気な顔で胸を張る。
「怖いもの見たさと同じだと思うけどね」
「そんなことないって」
「それで、これからどうする?」
「もちろん、見つけるまで探すよ。一台にはあったんだから、絶対に他にもあるよ」
小さな拳を握って言い切った。その態度に友加里は軽く溜息を吐いた。ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出して時刻を見た。
「もう少し付き合ってもいいけど、六時までだからね」
「それまでに絶対に見つけるから」
力強く言うと純は次の自動販売機へと走っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます