第8話
ピピピ‥‥ピピ‥‥。
(よし!気合い入れて行こ)
蓮はスパッと起きると、いつものように準備をして部屋を出た。
「お、今日も感心だな!」
早起きして出掛ける蓮を所長は微笑ましく見つめていた。
「いってくる!」
忙しなく靴を履き、玄関を出る。
「気を付けろよー」
締まりかけのドアの隙間から所長の声が聞こえた。
蓮は真っ直ぐマンションに向かうと、また同じ場所で対象が出勤するのを待つ。
数十分後、対象が玄関を出た。
(行ったな)
蓮は対象が見えなくなるのを確認すると、家に向かう。
玄関の前に着くと急に手に汗が滲み出した。
(ドキドキするなぁ。でもここまで来たら行くしかねー!)
蓮は服で手を拭くと、思い切ってチャイムを押した。
ピンポーン。
「はい」
インターフォン越しに女性の声が聞こえた。
「あっ、ここの地域の担当になりました、田中です」
蓮はインターフォンで対応される可能性がある事を考えていなかった為、咄嗟にそれっぽい事を言ってしまった。
「なんの担当ですか」
「えっと、あの‥‥お宅の電気メーターの調子が悪いので少し点検させて下さい」
玄関先にあった電気メーターを見てそう言った。
「電車メーターは外にあるので勝手にどうぞ」
(何やってんだよ、俺!)
「あっ‥‥勝手には出来ないので、か、確認をお願いします」
しどろもどろになる蓮。
「ちょっと待って下さい」
「はい」
(よかった、会える!)
蓮は少しホッとしていた。
それから5分ほど待った。
「何を確認すればいいですか?」
そう言いながら出てきたのは、酷く痩せ細っていて顔色の悪い女性だった。
「あっ、あの‥‥」
蓮はその姿を見て言葉が出なかった。
「電気メーターですよね?」
その女性は弱々しく、腕にはアザのようなものも見える。
蓮は勇気を出して言ってみた。
「あの!じ、実は、俺‥‥ら、ラットの人間なんです‥‥」
「‥‥えっ、なんで?」
その女性の顔は引き攣っていた。
「俺の話、聞いてもらえませんか?」
「調査は打ち切りにしたはずですよ」
「それは分かってます。でもご主人についてどうしても聞きたい事があるんです!」
「帰って下さい」
「お願いします!一つでも教えて下さい」
蓮が食い下がる。
「話す事はありません」
「お願いします、奥さんの為にも」
(ここで帰ったら、もう俺に、出来る事はなくなる)
「何を話せって言うんですか」
苛立ちを隠せない様子の女性。
「いきなり調査を打ち切りにした理由です」
「それは所長さんにも言ったはずですよ」
「本当は違いますよね。奥さん、ご主人に何か言われたんじゃないんですか?」
「‥‥違います」
「俺、ずっと"浮気は"って言葉が引っかかってたんです。教えてくれませんか?」
すると、女性は一つ、深呼吸をしてこう言った。
「‥‥あの人に言わないですよね」
「約束します」
蓮がそう言うと、女性はゆっくり話始めた。
「実は、私が探偵雇ってる事がバレたんです」
「えっ?いつからですか?」
蓮は驚いていた。
「私が調査を打ち切りにしてほしいと言いに行った前日です。その日主人は帰ってくるなり私を殴りました」
「そんな‥‥」
「そして、言われました。"お前探偵雇ってるだろ"って。私は主人が浮気してるんじゃないかと思ったと正直に話しました。そしたら浮気はしてないから明日にでも探偵に言いに行けと言われたので行きました」
「そうだったんですね」
(俺の尾行が下手だからバレたんだ。俺のせいだ)
「これで満足ですか」
「もう一つ聞いていいですか」
「まだ何か」
「ご主人の浮気を相当疑ってたみたいですけど、どうしてですか?」
「いつだったか主人、仕事で大きなミスをしたみたいなんです。その頃からなんだか気分の起伏が激しいというか、すごく気分が落ち込んでる日の翌日は決まって帰るのが遅いんですけど、帰ってくると上機嫌で。女と会ってたから機嫌がいいんだと思ってました」
「それで依頼をしたんですね」
「でもおかしくて。普通女の匂いとか服とかも乱れてるのかなって思うんですけど、そんな様子がなくて。所長さんの報告によると、真っ直ぐ帰宅してるって言われたんで」
「そうですか‥‥」
(おじさん、俺が何回か失敗してるの言ってないんだ)
「そのかわり変な臭いがするようになったんですよね」
「変な臭いって?」
「なんか嗅ぐと頭痛がするような、不快な、表現出来ないですけど」
(俺と同じだ)
「あの、少し気になったんですけど外出しないんですか?」
「あぁ、外出出来ないんですよ。主人に殴られた日からお前は出るなって言われてスマホのGPSで監視されてるんで」
「スマホ置いて出たらいいじゃないですか」
「家の電話にかけてくるんです、確認の為に」
「なんか‥‥すみません」
「なんで謝るんですか。てか話しすぎましたね私」
「いえ、ありがとうございます」
「所長さんによろしく伝えて下さい」
「はい」
(言えるわけない。依頼人の家に凸したなんて)
蓮は女性にお礼を言うとマンションを後にする。
(なんだか胸糞悪いなー)
蓮は苛立っていた。
(てか俺があの場所に行ったことはバレてなかったんだ)
初めてクリーニング店に行った日対象はすでにいなかった為、蓮が尾行を見失った時点でバレたと言う事になる。
朝から張り込みをしていたせいかまだ外は明るい。
(まだ昼にもなってねーのか。って昼間なら行けるかも!)
蓮は思い立ち、あの場所に向かう事にした。
商店街に行き、路地を入る。
(あれ?ここだっけ?)
クリーニング店に着くと、シャッターが閉まっていた。夜来た時は開いていたのに今は閉まっている。
(やっぱおかしい)
しかし路地とはいえ、昼間は人がぽろぽろいる為、下手にうろうろも出来ないのでひとまず帰ることに。
(そう言えば頭痛しなかったな、臭いもなかったし)
蓮は自宅に帰り、どうにかクリーニング店に入る方法がないかとスマホで調べていたが、勝手に入るのは不法侵入になるし何より鍵を開けない事には入れない。
(そうだ!アイビーなら分かるかも)
蓮は唯一頼りになりそうなアイビーに相談しようと事務所に降りる。
「おー蓮、丁度よかった、茶をいれてくれんか」
その時事務所には柴さんしかいなかった。
「あっはい」
蓮はお茶を入れて柴さんの所に持って行き、聞いた。
「アイビーはどこですか?」
「今出とるわ、なんか用か?」
「いや‥‥ちょっと」
「なんだ、電話番号知らんのか?」
「はい」
「かけてみぃ」
柴さんはそう言うとアイビーの番号を教えてくれた。
蓮は柴さんの前で電話するわけにもいかず一旦外に出てかけることにした。
プルルルル‥‥。
「だれ?」
アイビーは電話に出るや否や不機嫌そうだった。
「え、あ、俺です。蓮」
「なに?」
「ちょっと聞きたい事があって‥‥今どこですか?」
アイビーは調査に出ていて外にいるらしく、10分後に事務所の近くで待ち合わせる事になった。
「おせーよ、こっちは忙しいんだよ」
待ち合わせ場所に蓮が向かうとアイビーは既に来ていた。
「すいません」
「で、なに?」
「鍵の開け方って知ってます?」
「は?!」
唐突な蓮にポカーンとするアイビー。
「あっ開け方っていうか、勝手に開けるっていうか」
悪びれる様子もなく当たり前のように聞く蓮。
「お前泥棒しようとしてんの?」
「違いますよ!まぁ近くはありますけど」
「匂うな。話せ」
「おじさんに言わないって約束してくれますか?」
「お前次第」
「はぁ、実は‥‥‥」
ため息をつきながら蓮は一連の出来事を話す。
「ふーん」
「えっそれだけ?」
アイビーのリアクションに蓮は拍子抜けした。そして一言。
「知ってた」
「えー!!」
驚く蓮。
「だってお前後ろノーマークなんだもん、目の前の事に必死なんだなーって思ってたよ」
「そんなぁ。あっ!じゃあ話は早いですね!さっそく行きましょう!」
「バカ!こんな時間に行ったってなんも出来ねーよ。そもそもクリーニング店に入れたとして何がしてんだよ」
「それは‥‥行ってから考えます」
「そんな行き当たりばったりでやってたらいつかそいつに見つかるぞ」
「じゃあどうしたら」
「まずはそこに誰か住んでるのか調べるのが先だ。話はそれから」
「もしかして手伝ってくれるんですか?」
「なんか面白くなりそーだからな」
どこか遠くを見ながら笑みを浮かべるアイビー。
「よかった!アイビーが一緒なら心強いし!」
「とりあえず今日の所は帰れ!所長に一緒にいる所見られたら怪しまれるからな」
「はい!お疲れ様でーす!」
「おー」
アイビーが去っていく後ろ姿を見送って蓮も自宅に帰った。
「ただいまーって誰もいないか」
時刻は午後6時、まだ所長は仕事をしている時間帯だ。
(まだこんな時間だけど今日は疲れたから早めに休もーっと)
蓮はベットに入ると疲れていたのかすぐ眠りについた。
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