第59話 直系と傍系

「ハアッ!」

「くっ!」


 ブリジットが果敢かかんに攻め、バーサが歯を食いしばって守る。

 2人の攻防は徐々にブリジット有利に傾きつつあった。

 互角の打ち合いに見えるが時折、ブリジットの動きが急激に速く、強くなり、バーサはその度に少しずつ追い込まれていく。


 直系と傍系ぼうけい

 先ほどブリジットが口にしたその言葉の意味をバーサは痛いほど分かっていた。

 自分はクローディアの従姉妹いとこであり、女王の直系の血すじではない。


 異常筋力などの強い力の血脈は直系子孫に色濃く受け継がれる。

 そしてダニア分家では女王が姉妹を生んだ場合、最初に生まれた長女が一番強い力を受け継ぐのだ。

 妹も常人よりははるかに強い力を持つが、姉には及ばない。

 バーサの母であるベアトリスも、その姉である先代クローディアの力にはかなわなかった。

 

 そしてその娘である自分が、当代クローディアの力には及ばないことをバーサは痛いほど思い知らされてきた。

 だが、それはあくまでもクローディア相手の場合であり、ブリジット相手ならばやってみなければ分からないと思っていた。

 しかし……。


「くそっ!」


 バーサは自分が持つ力と今までつちかってきた技術を最大限駆使くししてブリジットを攻め立てるが、要所要所でブリジットの力が彼女を上回った。

 体力には自信のあるバーサだが、自分同様にブリジットもこれだけ激しく動いても息ひとつ切らしていない。

 ブリジットの体力が底を尽き、動きがにぶくなる頃には、自分も同様の状態になっているだろうとバーサは観念した。

 

(薄まった血ではここまでが限界ということか)


 バーサはかつてクローディア相手に一度は折られた自尊心が再び折られるのを感じながら、それでも思考を切り替えた。

 自分より相手が強いのであれば、相応の方法で相手をおとしいれればいい。

 戦は常に強い者が勝つとは限らないのだから。

 バーサは力を込めて苛烈な攻撃を繰り出しながらブリジットを挑発する。


「ブリジット。先代からの忠臣であるあったはずのリネットがおまえを裏切ってまでこちらに付いた。その意味を重く考えるべきだな。おまえは女王にふさわしくない」


 その言葉にもブリジットは顔色を変えずに戦闘を続ける。

 バーサはさらに挑発を続けた。


「ボルドもおまえの元にいるより、こちらで種馬として暮らすほうが幸福だろうさ」

だまれっ! その汚らわしい口でボルドの名を語るな!」


 ブリジットはバーサの斬り込みを剣で押し返し、目にも止まらぬ速度で強烈な一撃を立て続けに打ち込んでいく。


「くっ! ううっ!」


 バーサはこれに耐えるが、その圧力に押されて、たまらずにジリジリと後方に下がっていく。


「どうした! 達者なのは口だけか! 一族の者たちの前で恥をかくことになるぞ!」


 ブリジットは一気に勝負を決めにかかる。

 すさまじい殺意を感じつつバーサは歯を食いしばって懸命に防御に徹するが、防ぎ切れずにブリジットの振るう剣先がバーサの腕や首の肌をわずかにかすめて傷つけた。

 体のあちこちから血を流して劣勢に追い込まれるバーサの姿に、周囲で見守る分家の女たちからどよめきが起こる。

 彼女たちにとってバーサは敬服すべき実力者だからこその反応に、バーサはその顔を苛立いらだたしげにゆがめた。


「くそっ!」


 バーサは後方に大きく飛び退すさる。

 だがブリジットは彼女の次の動きを見越した。

 一度後方に下がり、ブリジットが追いかけたところでカウンターで向かってくる。

 そう予想したブリジットはその裏のまた裏をかいてさらに速く前方へ突っ込んだ。


 バーサはブリジットに向かっていこうと足を踏み込んでいたが、予想よりも速くブリジットが向かって来たので反応が遅れる。

 ブリジットは一息にバーサの首をねらって剣を一閃させようとした。

 だが……。


「ぐっ!」


 そこで突如として地面を踏み込んだ足がり所を失い、ブリジットは自分の体が急激に下に向かって落ち込むのを感じた。

 地面が唐突に崩落ほうらくして口を開けたのだ。

 そして落下するその刹那せつな、バーサの口元がニヤリとゆがむのを見たブリジットは自分がわなに落ちたと理解した。


(落としあなか!)


 そう。

 彼女の体は突如として陥没かんぼつした地面のあなに吸い込まれるように落ちていった。

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