第57話 かつての師

「ソ……ソニアさん!」


 ボルドの窮地きゅうちに天幕をおので切り裂いて踏み込んで来たのは、本家の女戦士・ソニアだった。

 ソニアはボルドの上に今まさにまたがろうとしている華隊はなたいの女をギロッとにらみつけるとおのを構えた。

 その迫力だけで女は縮み上がってしまい、立っていられず恐怖におののき、よろけて絨毯じゅうたんの上にしりもちをついた。


「クソ女ども。そいつから離れな」


 そう言うとソニアは一歩踏み出し、華隊はなたいの女たちは恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。

 だがそんなソニアを制するのは天幕の入口に立っていたリネットだ。


「待ちな。ソニア。ボルドは渡せない」


 だがそう言ったリネットの背後から天幕の戸布を貫いて鋭く槍が突き出された。


「くっ!」


 リネットは体をひねって反転し、槍の穂先をギリギリでかわした。

 その勢いのままリネットは後方に小刀を投げつける。

 槍を突き出したその人物は、投げつけられた小刀を腕に装備している手甲で弾き飛ばした。

 現れたその人物は槍を手にしたベラだった。


「リネット。この裏切者が。ブリジットに反旗をひるがえして分家のクローディアに尻尾しっぽを振るのか? 恥を知りな」


 憤怒ふんぬの表情でリネットをにらみつけるベラとソニアに前後をはさまれて、リネットはサッと腰帯から抜いた2本の短剣を両手に握る。


「フンッ。ベラ、ソニア。やはり来たか。相変わらず仲良しこよしだね」


 そう言うリネットにソニアが怒りをにじませて低い声を発する。


「あんたはブリジットを裏切った。かつての師でも許さない」 

「フンッ。アタシにしごかれてピィピィ泣いてたヒヨッコどもがどこまでやれるかね」


 そう嘲笑あざわらうリネットにベラは鋭く槍を突き出す。

 それは一息に相手を突き殺そうとする一撃ではない。

 小刻みに穂先をリネットの首や顔目がけて連続で突き出す牽制けんせい攻撃だ。

 リネットはそれを短剣で次々と弾いていく。


「いつまでもあの頃のアタシらじゃねえ!」

「フンッ。なら一人前なのが口先だけじゃないと証明してみせな」


 そう言って攻防を続ける2人を見たソニアはボルドを見下ろし、それからその目の前でへたり込んでいる華隊はなたいの女に目を向けた。


「さっさとボルドから離れろって言ってんだろ!」


 腰を抜かしたように尻もちをついたままの華隊はなたいの女をソニアは容赦ようしゃなく蹴り飛ばした。

 女は顔面を蹴り飛ばされて鼻血をまき散らしながら天幕の壁を突き破って外へと吹っ飛ばされる。

 立て続けにソニアは、逃げ出そうと立ち上がった2人の女たちをその太い腕を振るってガツンとぶっ飛ばす。

 それを喰らった女たちは天幕の支柱にぶつかり倒れ込んだ。

 2人とも首があらぬ方向にねじ曲がり、即死している。


「ひっ……い、いやぁぁぁぁっ!」


 残った2人の女たちは全裸であることも構わずに天幕の外に逃げ出していく。

 ソニアはその2人に構わず、ボルドのそばにしゃがみ込むと自分が着ていた厚手の外套がいとうでボルドの傷ついた裸体をおおった。


「ボルド。天幕の外からおまえの声を聞いた。よく耐えたな」


 ソニアは無愛想な顔でそう言うとボルドの背中をポンと叩いた。

 初めて彼女の優しさに触れたようで、ボルドは思わず感極まって涙ぐむ。


「ソニアさん。私は……」

「言いたいことはブリジットに言え」


 そう言うとソニアはボルドの体を右腕で軽々と担ぎ上げる。

 だがリネットはベラの相手をしつつ、目でソニアを牽制けんせいした。


「待ちな。そいつは渡さないって言ってるだろ」


 そう言うとリネットはたくみな身のこなしで短剣を勢いよく振るってベラの槍を受け流し、勢い余って前に出たベラをソニアのほうにり飛ばした。


「うおっ!」


 ソニアは向かって来るベラの体を左腕で押しのける。

 ベラはたまらず絨毯じゅうたんの上に転げた。


「うげっ!」


 そのすきを突いてリネットが突進し、ソニアの首をねらって短剣を突き出した。

 右腕にボルドを抱えた状態のソニアは一瞬、反応が遅れる。

 だがその瞬間……。


「ピイッ!」


 甲高い音と羽音が鳴り響き、天幕の中に飛び込んで来たとびがリネットの目の前におどり出た。

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