第55話 激突! ブリジット 対 バーサ

「おまえの相手はワタシだ。ブリジット」


 そう言って自分の前に立ちはだかる銀髪の女をブリジットはじっと見据みすえる。

 先ほどの一太刀ひとたち尋常じんじょうならざる一撃だった。

 それだけで相手が何者であるかをブリジットは察した。

 

「その髪……クローディアの血族だな」


 ブリジットのその問いに銀髪の女はニヤリと口のはしゆがめて笑う。


「いかにも。おまえもよく知るベアトリスの娘、バーサだ」


 分家の女王だった先代クローディアの実妹ベアトリスの娘。

 ということは当代クローディアの従姉妹いとこに当たる。

 ブリジットは納得した。


「母親の仇討かたきうちというわけか」

「残念ながら母のかたきはもう死んだ。本来ならばこの手で討ちたかったがな」


 ブリジットの母である先代が急死したことをバーサはやはり知っていた。

 奥の里の襲撃を葬儀の日に合わせられたのはそのためだ。

 そしてその情報を流したのはリネットだと確信を得てブリジットはくちびるんだ。


「おまえがリネットと結託して我が情夫ボルドの誘拐ゆうかい画策かくさくしたのか」

「その通りさ。母親と同じ因果いんがだな。ブリジット。おまえも最愛の情夫を失うことになる」


 その言葉にブリジットの表情が険しくなるのを見たバーサは愉快そうに目を見開く。


「そんなにあのボルドという情夫が大事か? そうだろうな。良く手入れされた上玉だ。教育もきちんとして大切に扱っていたことがうかがえる。だが……残念だったな。もうボルドは今頃、うちの女たちのなぐさみ者になっている。今頃、おまえのことなど忘れて淫欲いんよくのまま必死に腰を振ってるところだぞ」


 バーサはそう言うとケラケラとあざけるように笑い声を立てた。

 ブリジットは顔色を変えなかったが、その目は異様なほどに冷たい光をたたえていた。


「バーサ。母親と同じ失敗をくり返す気か? おまえの母が先代ブリジットの怒りを買ってどうなったか、よく知っているだろう。アタシは片腕では済まさんぞ」


 ブリジットのその視線と冷徹れいてつな声に、周囲を囲んで状況を見守っている分家の戦士たちがわずかに体を震わせて息を飲んだ。 

 飛びうムクドリたちも異様な殺気を感じ取ったのか、ブリジットとバーサのそばにだけは近付かなくなった。

 しかしバーサはその顔に冷笑を浮かべたままおくさずに言葉をつのらせる。


「怖い顔だな。ブリジット。おまえの怒りが伝わって来るぞ。だがもうボルドのことはあきらめろ。黒髪は貴重だ。ボルドは我が一族に黒髪の者を増やすための種馬として使って……」


 バーサがその言葉を言い終えないうちに、ブリジットが一瞬でバーサの間合いに踏み込んだ。

 ブリジットが振るう剣をバーサは2本の短剣を組み合わせて受け止める。

 刃同士がぶつかり合って火花が散る中、ブリジットはすさまじい剣技であらしのように刃を振るった。

 バーサは2本の短剣をたくみに操ってこれを次々と受け止める。

 しかしブリジットは目にも止まらぬ勢いで剣を振るい、猛烈な攻撃を続けた。


「アタシからボルドを奪おうとする者は誰であろうと容赦ようしゃしない!」

「ハッハッハ! すでに傷物となった情夫を後生大事に抱え込むつもりか? ブリジットがそんな不名誉ふめいよなことをするようでは本家も終わりだな!」


 バーサは小刻みなステップで体の位置をずらしながら2本の短剣を様々な角度からブリジットに撃ち込んでいく。

 その動きは緩急自在で、ユラリと離れたかと思うと一瞬で接近して攻撃を仕掛けてくる。

 だがブリジットは1本の剣で全ての攻撃を見事に受け切った。

 その攻防が1分2分と続き、周囲を取り囲む分家の女たちはまばたきも忘れてこれを見守る。


「たかが情夫1人のためにこんな場所に少人数で乗り込んでくる時点で、おまえは女王失格だ! 我らがクローディアには遠く及ばん!」


 そう言うとバーサはブリジッドののどねらって右の短剣を突き出した。

 ブリジットは素早く剣を引き上げてそれを弾こうとしたが、バーサはその直前に右の短剣を引き戻し、一拍間を置いてから逆に左の短剣でブリジットののどねらった。

 幻惑的なその小技はバーサが数多あまたの敵をほうむって来た必殺の一撃だった。

 だが……一度フェイントに引っかかったかと思われたブリジットの剣はバーサの予想を上回る反応速度でもう一度バーサの短剣を弾く。

 そしてブリジットはそのままバーサの腹をズドンとり飛ばした。


「うぐっ!」


 思わず後方に大きく飛び退すさって距離を取ると、バーサは痛みに顔をゆがめてブリジットをにらみつけた。

 そんなバーサを見据みすえてブリジットは泰然と告げる。

 

「バーサ。クローディアの血族とはいえ、おまえは傍系ぼうけい。我らブリジットの一族が直系のみ受け継がれているのには理由がある。それを身を持って教えてやろう」

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