20 ローランとの決闘 1


 俺とローランが広場に下りて向かい合うと、周囲で木剣を打ち合っていた男たちも動きを止め、女性たちとともに見物に加わり始めた。

 立ち合いに至る経緯を見ていた女性たちは、そのことを男たちに広めるのに忙しくしている。

 木剣とはいえ女性に剣を向けることを咎める者もいたが、ローランに怒鳴りつけられると簡単に口をつぐんだ。

 先ほどのエミリーへの恫喝に限らず、このローランという男はこれまでも周囲に対し横暴な言動を繰り返していたのだろう。誰も好んでこの男と正面から対立したくはないという雰囲気が察せられた。


 重いな……。


 手にした木剣は、ジョセフィーヌの細い腕では両手で構えるのがやっとの重さだった。

 無理をして大人たちの剣を振っていた幼少の頃が思い出される。


「お姉さま、おやめください。怪我をしてしまいます」

「大丈夫。貴女を泣かせた罪、必ずあの男に償わせてみせます」


「そんなことのために……。そんなことで、お姉さまが傷つくことになっては、私がブリジット様に顔向けができません」


 すでに広場に下りて、ローランと向かい合っているというのに、エミリーは俺の側から離れようとしなかった。


「おい」


 ローランがその毛むくじゃらのあごをしゃくって見せると、彼のシンパらしき男たちが駆け寄り、エミリーを俺から引き剥がした。

 彼女の身体に男が気安く触れることは気に障ったが、今はこの際致し方ない。


 それはさておき、俺は先ほどからローランの様子がなんとなく気に掛かっていた。

 俺が焚きつけたときには明らかに頭に血が上っている様子だったが、こちらが準備をする間に落ち着きを取り戻し、今は何だかそわそわしているようにも見える。

 もしかすると、流石のこの男も、女相手に剣を振るうことを後ろめたく思い始めているのかもしれない。


 こちらはすっかりその気なのに、腰の引けた相手とやり合っても不完全燃焼だ。

 俺は、今のこの身体をどこまで動かせるかという確認の意味も込めて、素振りをしてみることにした。


 下から斜めに斬り上げ、向きを返して斬り下ろす連撃。

 振り終わりから即座に背筋を正して構えを直す。

 ヒュンヒュンと空を斬る音が耳に心地よく響く。

 決闘を遠巻きにしているギャラリーたちからどよめきが起こった。


 大丈夫だ。


 無駄な力を込めずとも剣の重さだけで威力の乗った打ち込みができるよう、鍛錬を重ねてきた甲斐があった。

 ジョセフィーヌの非力な身体でも、王都の平和けした貴族の息子を叩きのめすくらい造作もない……。

 そう思った直後、しっかり握っていたはずの手から木剣がするりと抜け落ちた。


「!?」


 握力が……。


 俺は空になった掌を呆然と見つめた。


「調子に乗ったこと言うだけあって、意外と様になるじゃねえか」


 俺の素振りを見たローランがそう声をかけてきた。

 心なしか、先ほどのふてぶてしい表情を取り戻したように見える。


「大方、誰かから面白半分で習ったんだろうが、形だけ真似たんじゃあ、どうやったって男には敵わないってことを教えてやるぜ」


 俺は平静を装い、地面に落ちた木剣を拾い上げた。

 その、少ししゃがんで腕を伸ばすというだけの何気ない動作で、太腿ふとももとふくらはぎ、それに二の腕のあたりに痛みが走った。

 たったあれだけの動作で、もう筋肉が悲鳴を上げだしているのだ。

 俺はどうやら、全く鍛錬をしていない女の肉体というものを相当甘く見ていたらしい。

 体調自体はすこぶる良いのだが、元々の筋肉が剣を振るようにはできていない。


 ふと、視線を感じて顔を横に向けると、泣きそうな顔でこちらを見つめるエミリーと目が合った。

 彼女に心配をさせないよう、俺は精一杯の笑みを作ってみせた。

 木剣を地面に立てて支えにしながら、足の柔軟運動をやり直す。

 呼吸を整えてから、ローランに向き直って言った。


「私が勝ったら、前言を撤回し、エミリーに謝っていただきます」

「いいぜ。俺が勝ったら何をしてくれんだ?」


「ここを女人禁制にするお話。私も嘆願に加わりましょう。野蛮な殿方と、か弱き乙女を一緒にいさせるべきではないと」

「面白ぇ。上等だ」


 こいつは本当に貴族なのだろうか。

 喋り方にまるで気品が感じられない。


「……それと、もう一つ。私が勝ったら、そのお髭、綺麗に剃っていただけます? むさ苦しくて堪りませんので」


 俺は木剣を中段に構え、剣先で相手の正中を捉える。


「クソアマ……。その顔に傷が付いても文句言うんじゃねえぞ!」


 その怒声にエミリーが短い悲鳴を上げた。

 ローランが大きく踏み込んで間合いを詰める。


 足運びは悪くない。

 だが、中段に構える相手にそんな不用意に踏み込んでは簡単に首が飛ぶことになるぞ。

 そんな忠告を考えてやるぐらいの余裕はあった。


 俺は中段の構えから木剣を斜めに立てて、受けの構えを見せる。

 案の定、ローランは上段から、俺の構えた木剣目掛け、やや横にぐような軌道に変えて打ち込む気配を見せた。

 対して俺は、素早く木剣を引いて今度はそれを下段に寝かせる。

 ローランの木剣がビクリと震えた。

 彼が振り下ろす木剣の軌道上に、俺の頭が無防備にさらされていたからだ。


 ローランはとっさに振り下ろす剣を引き戻そうとしたが、勢いの乗った重い木剣は並みの力では止め切れない。

 ローランの目には自分の木剣が、女の頭を叩き割る未来が見えていたことだろう。


 だが、そうはならなかった。


 俺は上体を折り曲げつつ、足を大きく前方に運び、ローランの伸びきった腕の下をくぐった。

 木剣を下段から中段に持ち上げ、身体を回転させることでそれを水平に薙ぐ。

 かすめる程度にするつもりだったのだが、剣先がローランの腹をしたたかにで斬る衝撃が掌に伝わってきた。


「ぐっ!」


 刃が付いていれば、今頃臓物ぞうもつが飛び出ていたところだ。

 俺はそのまま木剣を横に抜き払うと、すかさずローランの方に振り向いた。

 腹の痛みをこらえて顔を上げたローランは、自分の喉元に突き付けられた木剣の先を、驚愕の表情で見つめることになった。

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