08 状況を把握せよ 4


 記憶がないことを打ち明けてから、この身体の持ち主について得られる情報は飛躍的に増えた。


 まず、予想どおり、この娘の父親はこのミザリスト王国の国王なのだということが分かった。

 この身体の主であるジョセフィーヌは王の一人娘。

 なんと女の身でありながら、王位継承権を持つ次期女王であるらしい。


 一介の地方領主の息子に過ぎない自分からすると恐れ多過ぎて、最早この身を処すのに何をどうかしこまれば良いのか分からない。


 国王ブレーズも妃ブリジットと同様に娘を溺愛しており、娘が記憶を失ったことには大層落胆していたが、母親と同じく、記憶のない俺のことをこれまで同様に愛すると大仰に誓いを立てていた。


 俺はアークレギスにいるとき、中央の政治についてはほとんど関心がなく、ころころ変わる王の名前もろくに知ろうとしない不忠義者だったが、この人が王であるのなら、忠を尽くす相手としてやぶさかではない。

 俺の実の父上ヴィクトルのように、直接前線に立って勇猛に戦うタイプには見えなかったが、とても実直で温和に見える人柄が好ましく思えた。


 差しあたって今の俺が忠義を示すべきは、次期女王である娘の身体を無事に守ること。そして、何としても元の身体に戻る方法を見付け、この身体をお二人にお返しすることだった。


 そのための障害は多い。


 最も警戒すべきは、ミスティが言っていた、俺の命を狙う存在についてだ。

 俺だけならばまだしも、俺が狙われるということは、ジョセフィーヌ姫の身にも危険が及ぶことを意味する。

 この身体の中にいるのがユリウス・シザリオンである、という秘密を守ることの意味がより重くなった。


 できることならすぐにでもアークレギスに行くか、遣いを出すかして、ミスティや父上と連絡を取りたいところではあったが、敵とやらがどんな存在なのかも分からない状況では下手に目立つ真似はできない。

 誰かに手紙を託すよりは、より確実に、自分の身で直接行って話をしたいところだが……。

 ミスティも、もう少し気の利いた情報を残していってくれれば良かったものを。


 とにかく、何をするにしても外に出られるだけの体力は必要だ。

 俺はよく食べ、よく寝てを繰り返し、体調が良いときはアンナに付き添われて屋敷───王宮の中の建屋の一つだ!───の中を歩いて回るなどして、地道に体力を取り戻していった。


 屋敷の中で他にできることと言えば読書だ。

 特にジョセフィーヌが書き残していた日記は、王宮で望まれる王女らしい振る舞いが何たるかを知る大事な手掛かりとなった。

 何をして怒られただとか、あの慣習が窮屈で嫌だとか、本人にとっては実に他愛のないことなのだろうが、田舎暮らしの、剣しか知らぬ武骨な男にとって、これほど役立つ教材はない。


 日記を通して彼女のことを知ることで、会ったこともなく、立場も全く異なる娘のことが段々と愛おしくなっていく。

 両親同様に好ましい人柄が垣間見える、そんな日記だった。


 当然、姫様の日記を勝手に読むことが不敬だという自覚はあったが、特に母親であるブリジット様が記憶を取り戻すきっかけになればと勧めてくることもあって、読まないわけにはいかなくなったのだ。

 当然元々の記憶など存在しないのだから、それで記憶が蘇るわけもないのだが、記憶を無くした娘を持つ母親へのせめてもの慰めとして、ときどき日記の一文を引用しては娘のように振舞って聞かせることもあった。

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