三十四着目「『尊い』&『 BL 』」
「何コレ!?ぅぅぅうまっ!紅茶ってこんな美味しいの?!」
「お褒めに預かり光栄でございます。夕太郎お坊ちゃま」
僕の感動を受け止める一縷さんは、使用人として対応する。
「だけど、チッチッチッ……君もまだまだだな。厳密に言うと、これは紅茶ではないぞ。ティーボーイ」
「はぁ……紅茶じゃなかったら、じゃぁ何なんだろう?」
僕は、日々満員電車に揺られながら勉強した単語カードで得た知識を巡らせた。
紅茶とは、『カメリア・シネンシス』と言うツバキ科ツバキ属の常緑樹の葉が原料。それを発酵、乾燥させたもの。
ちなみに、緑茶、烏龍茶なども製法が違うだけで、お茶は同じ葉っぱから出来ている。って資料に書いてあったゾ。
(明日の紅茶テストは完璧と思ったのに……)
「こちらは、緑茶ベースのハーブティーでございます。夕太郎お坊ちゃま」
時折、使用人として接してくる一縷さんは、いつものいたずらっ子の一縷さんとは違って、凛々しくキラッとしていて、なんだかドキドキしてしまう。
(たぶん、普段の宇宙人一縷しかみてないから、余計にそのギャップにやられてる僕がいるんだ……騙されないぞっ)
でも、こんなにキラキラしてる姿を目の当たりにすると、リョーマ君が推しになるのも少し分かる気がする。
「えっ??これ緑茶なんですか?全然、言われなきゃわかんなかった!緑茶がこんなにオシャレな飲み物に変わっちゃうなんて、茶の道は奥が深いな……」
僕は、感動をそのまま一縷さんに伝えた。
「フフフッ」
一縷さんは、静かに微笑む。
一緒にお茶を囲むと、いたずらっ子の一縷さんもなんだか表情が柔らかで、良い人な感じがするから不思議だ。
(繰り返しになるが……騙されないぞっ)
僕が、感動している一方、リョーマ君は相変わらず沈んでいた。
「あれっ?リョーマ君、推しのお茶だよ?メチャウマじゃんコレ。飲まないの?」
「……飲めないんだオレ。ハーブティー苦手……」
「えっ?飲めないの??プププッw意外とおこちゃまなんだね(笑)」
リョーマ君を茶化す僕に対して、一縷さんの言動は意外だった。
「コラッ、食の好みを茶化すな!」
一縷さんは語気を強め、僕を注意した。
「!?へっ、へ~い……」
意外と真面目な一縷さんに、僕は鳩が豆鉄砲を食らったように、ちょっと驚いてしまった。
「リョーマお坊ちゃま、ハーブティーが苦手でしたら、ぜひこちらをお試しあれ」
一縷さんはジャムの瓶を取り出し、ティースプーンで掬い、リョーマ君に差し出した。
「はむっ」
リョーマ君は一杯のティースプーンを口に含み、ハーブティーを恐る恐る一口飲む。
(いやっ、一縷さんの手から直接食うなよっ!そこはちゃんと手で受け取りなよ。行儀悪いだろ……)
「甘くて美味しい!オレでも飲めた!」
沈んでいたメンヘラリョーマが復活した瞬間である。
「お褒めに預かり光栄でございます。リョーマお坊ちゃま。こちらは、お口の中でコンフィチュールと紅茶のマリアージュをお楽しみ頂く、ロシアンティースタイルでございます」
「へぇ~、やってみよ。ぅぅぅうまっ!さっきと違ったアクセントになって全然味の表情が変わってる~。すご~お茶ってスゴ~!」
僕は、一人で勝手にお茶の世界の虜になっていた。
「ちなみに、こちらのコンフィチュールは当家自慢のマーマレードでございます。お屋敷を出た所にございますグッズショップ。『ロージーエッグ』でお求め頂けます」
一縷さんが、ご丁寧にCMまでしてくれた。
(グッズショップもあるのか……お嬢様方が求めているとはいえ、意外と商魂凄まじいんだな……)
「ヨチヨチ、上手に飲めましたね~」
ふと、目をやると、一縷さんがリョーマ君の頭を撫でていた。
推しに頭を撫でられ、思いがけない僥倖に満面の笑みのリョーマ君。
二人は、ポカポカな空間に包まれていた。
(なるほどー、あれが『尊い』という感性か……ふむふむインターネットで勉強して来たぞ、あれが俗に言うボーイズラブ。略して『ビーエル』ってヤツだな。推しが居るって良いな。ずっと、二人仲良くしていて欲しいな……)
「そして、もう絶対!一縷こっちくんなよっ!!」
(おっっと、つい心の声が漏れてしまった)
しかし、そんな尊い関係は、一縷さんのツンな態度で突如一変した。
リョーマ君が一縷さんの手を握ろうと手を伸ばした所……
『バシッ!』
一縷さんがリョーマ君の手を叩いたのだ。
「はしたのうございますよ。リョーマお坊ちゃま。お気をつけ下さいませ」
(あー、せっかくリョーマ君復活したのに、またメンヘラに沈んじゃうよ~。めんどくせ~)と思ったのだが、予想外の展開になった。
「はい……一縷さん。ごめんなさい……『ぽっ』」
リョーマ君は、少し頬を赤らめ、視線はやや下気味に叩かれた手を大切そうに擦っていた。
なぜか、感動するリョーマ君。
(ああ、リョーマ君。一縷さんに構われて嬉しかったのね……コイツらの関係性がマジで分かんね~。デレツンってヤツか?それにしても言葉で『ぽっ』て言う人、初めてみた)
そんな思いに耽り、ボーッとしてたら、左手あたりに暖かい感触……
嫌な予感は、的中する。
神出鬼没な一縷さんが、僕の手を握っていたのだ。
「やめてっ『バシッ!』」
いたずらっ子の一縷さんは、僕が嫌がる顔を見るのが本当に楽しそう。
(コイツ“釣った魚に餌をやらないタイプ”か……絶対に騙されないぞっ!)
「オレにも少し試飲させてくれよ。どこに口付けたの?」
さり気なく聞いてくる一縷さん。
今思えば不覚だった。
ティーカップを一縷さんに手渡す。
ちなみに、今日のティーカップは、『ノリタケのグランヴェール』
カップに描かれてるシダの葉が『一縷ノ望』の清涼感にピッタリだった。
さすが、一縷さん。カップセレクションもセンスがあると思ったのだが、この後の行動で全部台無ししてくれた……
でも、それもまた一縷クオリティである。
(もう慣れたよトホホ……)
「どうぞ、反対側でしたら僕口付けてないので……」
と、言った瞬間から
『ゴクゴク』
僕が口を付けた側からハーブティーを飲み干す一縷さん。
(オイッ、はしたないと、さっき己が言ったばかりじゃないかっ!)
ふと、リョーマ君の方に目を向けると、彼は一生懸命ノートにメモを取っていた。
今、僕が大声をあげると、リョーマ君に気付かれ、また『ネトラレた~』とか『うわぁ~ん間接キスされた~』と騒がれてしまう恐れがある。
だから、僕は声をあげられなかった。
再度、メンヘラリョーマ化されたら堪ったもんじゃない。
そんな状況をよく知っていて、大胆な行動に出る一縷。
『クッ……』
僕は、奥歯を噛み締め、ただひたすら彼を睨みつけるしかなかった。
さすが、ファーストフットマン。一枚も二枚も上手だ。
ムカつくけど、何も出来ない以上、やり過ごすしかない。
何もできない僕に、ハーブティーを飲み干す一縷さんの歪んだ笑みは、たいそう満足気で、征服欲に満たされ、優越感に浸ってるようにすら感じた。
(クソッ!上司からセクハラを受けるOLさんの気持ちが、今なら痛いほどよくわかるぜ……)
こうして、紅茶の講習が終わったのだが、よくよく考えたら、セクハラと一縷ノ望しかやってねー!
明日、どうすんのよ!?
控えめに言って、一縷〇ね!!
紅茶テスト明日
フットマン採用試験まで、あと23日
―
緑茶、レモングラス、ローズマリー、ドライミント等
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