くぎ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ときおり、おれが竜払いだとわかると、竜払いについて話を聞きたいと言って来る人がいる。

 で、ときおり、そういった人たちの中に、地元の名士だったりする人がいる。

 さらに、ときおり、ではでは、ぜひ、食事でもご一緒にしながらお話をきかせてください、と、その人の家へ招かれたりする。

 そして、ときおり、おれはそういった誘いを、なんだかんだ断りきれず、食事会に参加することがある。

 それが、いまである。屋敷に招かれ、着席し、土地の名士である夫妻と食事をしていた。

 屋敷の主である奥さんは、おそらく、六十歳前後だった。彼女の夫も似たような年代と見える。食事中は、常に彼女が会話の主導権を握っていた。

 おれは彼女に話を合わせたつつ、食事をいただいた。

 流れで、食事会に参加したとはいえ、彼女はこの島の名士だというし、もしかすると、いまおれが探している、怪人の宝なるもののについて、有益な情報を得ることができるかもしれない、そういう目論見はあった。けれど、けっきょく、欲しい情報は得られなかったまま、食事会は終わった。

「そうです! そうそう!」彼女はおれの二の腕を、たんたん、と叩き言った。「どうかどうか、我が家の自慢の庭園を見てってください!」

 じつに、はしゃぎながら言う。

「自慢の庭園なのです! それに今日、完成したばかりの東屋もあるんです、そちらでお茶でも飲みながら、もっとお話しをお聞かせくださいな、竜払いさま」

 彼女はこちらが許諾有無を示す前に使用人が持って来た帽子を手にとりかぶり、食卓から庭園へ移動を開始する。夫も黙って席を立ち、彼女へ続く。そして、使用人の男性もそれを言いかける。

 そこで、おれも屋敷から出た。

 広い屋敷の敷地内に、立派な庭園はあった。庭師によって、日々たんねん手入れされているのが感じとれる仕上がりである。花々はどれも明るく咲いていた。緑は総じて光沢があり、艶やかで、瑞々しい。

 で、完成したばかりの東屋というのは、庭園が最もよく見渡せる場所に建っていた。全体的に木造で、かわいらしい外観をしている。

 東屋のそばには、いかにも大工の親方的な男性がいた。

「おお、っと、やあ、奥さん」親方的な男性が言った。「どうですどうです、いい出来でしょう!」

 まさに、自信作とばかりに言う。

「んーん、ありがとうね、親方さぁん。素晴らしい出来です、んん-」

「はは、いいかい、奥さん。この東屋はねえ、もー、俺の持ってる技術のすべてを投じて、釘ですよ! 釘! 釘を、一本も使わないで建てたですよ! こんなふうに釘を一本も使わないで造るのはねえ、難しですよぉ! まー、自分で言うのもあれですがー、なかなか出来ないですよ。釘なしで、ここまでの東屋は、芸術作品といってもいいぃ!」

「ままままま、そうなんですのねー」

 彼女はそう言って東屋の中へ入った。

「んーん、素敵素敵素敵ぃ」

「いやはや、はは」褒められ、親方は照れて頭をかく。「ねえ、ははは、いやいや、まいったなあ」

「ああ、でも、お帽子をかける場所がないわね」

 そういって彼女が目配をすると、使用人が金槌と釘を差しだした。

 そして、彼女は手にした金槌で東屋の柱へ、とんとん、と釘を打ち付け、そこへ帽子を、すぽん、と、かけた。

「これで、よし」

 いや、よし、でいいのか。

 おれはそう思いつつ、親方の様子をうかがった。

 彼は、極限まで寂しそうな顔をしていた。

 対して、彼女は「んーん、あら、竜払いさまの外套もかけられる場所もないのね、じゃあ、いま、もう一本ここに釘を打ちますねえ」と、いって、釘を持ち、別の柱にも、金槌を、とんとん、やろうとした。

 おれはそんな彼女へ「人の心がないのか」と、釘を刺す。

 いや、いまのは釘を刺したというか、どちらかというと問いかけか。

 すると、親方は、おれへ「あなた、もっとちゃんと注意してくださいよ」と、釘を刺して来たぜ。

 そう、けっきょく、親方は釘をつかったのさ。

 心の釘をな。

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