ふかいさいかい
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
港という場所では、時に、他者の深い別れの場面に立ち会うことがある。
乗船し、遠く旅立つ者と見送る者。長い別れとなるため、双方の感情が高まって、極まっていたりする。
いっぽうで、港には長い別れからの深い再会もある。そして、港にいると、そんな光景に遭遇することがある。
げんに、いまも、こうして、港で船を待っていると、意図せず、ある二人の再会の場面へ立ち会うことになった。
おそらく長い旅を終えた大型船だった。その船から降りて来た二十代前後の男が、まるで長い暗やみから解放され、光の中へ戻るような表情で、港に立って待っていた同じ齢くらいの女性を見て叫んだ。
「ただいまぁ、ミカ!」
対して、港で出迎えた女性も駆け寄らんばかりの勢いで彼を叫ぶ。
「おかえりなさいぃ! ヘイゼルリンクバーダリアガームストラト!」
彼、ずいぶん長い名前なんだ。
などと、思ってしまい、おれはつい、そちらへ視線を向けてしまう。
ちなみに、彼女は下船した彼へ駆け寄らんばかりの勢いで叫んだけど、けっきょく、駆け寄りはしなかった。
そして、ふたりは港にて再会を果たす。両者は高い喜びに包まれ、がし、っと抱き合った。
「ミカ!」
「ヘイゼルリンクバーダリアガームストラト!」
そして、おれは、彼の名前の長さが気になって、やはり、つい見てしまう。
ミカという女性は言う。
「おかりなさい、ヘイゼ!」
ああ、やはり名前が長いから、通常時のやり取りでは、一部だけ切り取って名を呼ぶのか。
効率化である。
男性は再会に感極まった様子で言う。
「ただいま、ミ!」
彼、いまミカを、ミと略したのか。なぜだろう、自分の名前を略され、ええい、負けるものか、と略し返したのか、ミカを無理に。無理から略したのか。
いろいろひっかかって、ふたりの様子へ意識を奪われる。
「お土産があるんだよ!」
と、ヘイゼルリンクバー、ババ、ああー、なんだっけ。まあ、ヘイゼが鞄に手を入れ、がさごそする。そして、それを取り出してみせた。
素敵な形の青い小瓶だった。栓の部分が、吹き付け具のようになっている。
「ほら、これを君へ」
「わぁ、うれしい! わたしが欲しかったやつね!」と、ミカは顔の前で両手を合わせて喜んだ。「で、これはなに?」
わたしが欲しかったやつね、という彼女の発言と、その後続の発言である、で、これはなに、という問いかけの組み合わせで発生している不整合がじつに気になる。
けれど、彼は気にせず続けた。愛は不整合を乗り越えるのかもしれない。
「香水さ! 有名な香水なんだよ! あの有名な香水なんだよ!」
香水の瓶なのか。
香水。おれは、使ったことはないけど、首の後ろとかに塗ったりして、身体にいい香りを纏う液体、という認識である。
「うれしい!」
「これを君へ!」
「ありがとう、ヘイゼ、これでわたしもいい香りね!」
「ああ、有名な香りになれるさ!」
「ねえ、つかってみていい?」
「いいとも!」
香水の小瓶を手にしたミカは、吹き付け具を手で、ぽん、と外した。
それから、小瓶へ唇を添え、中身をごくごくと飲み始め、飲み干す。
あれ、香水って、ああやって使うんだっけか。飲むんだっけか。服用式だっけか。
ミカは口の端から、こぼれた香水を、荒々しく服の袖で拭い、言った。
「えへへへ、これでわたしはいい香りです!」
笑った彼女へ、彼はいった。
「よし、別れよう」
港には深い再会がある。
深い別れもある。
そして、ミカは言う
「それはならん」
現状維持の断行もまたある。
で、おれは乗るべき船が来たので、この場を離脱だ。
あのふたりへ、心の中で、さようならを告げて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます