とおいち

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜は海の上を飛ばない、落ちたら沈むだけで浮かんでこれないからだ。

 それゆえ、たとえば大陸から、遠い離島へ竜が飛んで移って来ることは稀も稀だった。あっても、異例といえる

 ただ、時折、ねずみくらいの大きさの小さな竜が船に紛れ込んで、そういった島へ入ってしまうことはある。離島とはいえ、竜の外来の可能性は常に零ではなかった。しかも、離島の場合、一度、竜が入り込んでしまうと、竜は島に居続けることになる。

 おれは竜払い依頼を受け、その島へやってきた。小さな竜が、島へ入り込んでしまったらしい。

 漁村がひとつあるだけの小さな島だった。島の人々は漁で獲った魚を食べ、そして干した魚を他の島へ売りに行き生計をたてていた。あとは、わずかな広さの畑から作物を収穫し、山のかすかな自然から、少ない果実を得えているらしい。

 人は竜がこわい。こわいので、人の近くにいる竜は排除したい。

 この海に浮かぶ島々では、竜が各島へ現れた場合、海の戦士―――と呼ばれる者たちが対処していた。もともとは鯨獲りだった者たちの役割が奇形に発展し、竜を仕留める者たちとして動くようになった。その者たちは竜を鯨銛で仕留めるという。

 竜は倒すことは難しい。けれど、払うだけなら、倒すよりは難易度がさがる。

 おれは竜払いだった。竜を払う方だった。

 むろん、竜も生命だし、殺すことはできる。ただ、竜を殺すと、人は、なぜか、人を殺したような気分になる。その情報の認知さゆえだろうか、おれの生まれ育った場所、そして旅して来た場所の多くでは、人々は竜を殺す者を嫌悪する風潮があった。

 おれが依頼を受けた島も、本来ならこの海の戦士へ竜の排除を依頼するべき流れのがふさわしいようだった。けれど、きけば、戦士へ助けを求めるには様々な手続きが発生し、それに実際に島へ来るまでに時間もかかるのだという。

 そして偶然、おれがこの島の近くの島にいた。だから、島の人たちは、海の戦士にではなく、旅暮らしの竜払いであるおれへ竜払いの依頼をした。

 船に乗り、依頼を受けた島へ島着したおれは、早々に竜を探した。竜はすぐにみつけた。ひとかどの竜払いなら、竜を感じることができる。

 小さな竜だったので、剣は使わず、素手で捕獲して、鳥籠へ入れた。捕まえた頃には、夕方になっていた。

 明日、船でこの竜と共に島を出て、最寄りの大陸へと渡り、どこか無人の地帯で竜を解放することにした。幸い、この島から大陸までは、船でそう手間も時間も消費せず、渡れそうだった。

 村には宿屋はなかった。すると、村の代表の男性が村の空き家を片付け、部屋を用意してくれた。当初は、彼の自宅にそのまま泊ってくれと言われたけど、捕獲した竜がいるので、なるべく人がいない場所がいいのだと、おれは伝えた。小さいとはいえ、竜である。つねに、見張る必要はあるし、小さな竜でも、人はやはり竜がちかくにうると、こわい。

 ならば、せめて夕食だけでも自宅で一緒にと彼からさそわれた。家族を紹介もしたいと。それでも、おれはやはり竜のそばから離れるわけにはいかないし、食事の場に捕まえた竜を同席させるわけにもいきませんし、と断り、用意してもらった、村の空き家へと向かうと伝えた。

 彼は「あとで娘に食事をもっていかせます」といった。

 手持ちに光源へ明かりをつけ、用意された空き家へ向かった。中へ入り、鳥籠に収めた竜をそばにおく。竜からは目を離せなかった。今夜は、ずっと、この家の中で竜から放たれる、独特な無差別の緊張を強いられることになる。眠るつもりはなかった。

 ほどなくして、家の戸がうすく、ちいさく、二回叩かれた。あけると、二十歳前後ほどの小柄な髪の長い女性が手に食事を持って立っていた。彼女は明りを持っていなかった。もしすると、夜目が利くのかもしれない。この場の明かりは、おれが部屋でともしていた光源の光だけだった。その間接的は光に照らされた彼女の面立ちは、一種の神秘性を帯びてみえた。彼女は、食事をおれへ差しだした。おれはそれを受けった。魚の煮汁と果実だった。酒も用意されていた。

 彼女は一言も発さず、ひととき間、おれの方を見ていた。こちらの方が頭半分ほど背が高いので、相手から見上げるかたちだった。

 おれが頭をさげるとと、彼女は小さく頭をさげ、なにもいわず去って行った。

 それから、おれは眠らずに一晩を過ごした。食事をとり、酒はもとより飲む習慣がないにで、口をつけなかった。小さいとはいえ、やはり、竜と空間を共にすることへの緊張感から解放される瞬間は一秒もなく、部屋の明かりも消すことはなかった。

 夜間、不意に家の外に気配を感じた。けれど、感じたのは、その一度だけですぐに気配は遠ざかった。

 朝になり、竜の入った鳥籠を手にして、船を用意してもらった桟橋へと向かった。村の代表の男性が見送りに来た。彼は不意におれへ、この島に残ってみる気はないか、と言った。たとえひと時でもいいので、残ってみる気はないか、と。

 彼はさらに続けた。我々は外の世界が欲しいのです。この島には、時に外の世界が必要なのです。貴方は、わたしのこれまでの生涯で出会った中でも、最も遠くから来た、外の世界の人間だ。遥か、遠くからやってきた。ここより、遠ければ遠いだけのの血がほしいのです、と。

 おれは手にしていた小さな竜の入った鳥籠を見て「いかなければなりません」と、伝え、船へ乗り込んだ。船が海へ出ると村から続きの砂浜に、昨夜、食事を持って来てくれたあの娘さんが立っている姿をみつけた。彼女の髪は、朝陽の光と、海の輝きをうけ、虹色に見え、つよい生命力を感じた。

 彼女はこちらを見ていた。

 遠ざかる船の上から、おれは彼女へ小さく頭をさげた。

 彼女も小さな頭をさげた。そして、おれの身体は島から遠ざかる。

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