はっかはくるわす

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 その島は、薄荷の生産が有名だと聞いた。

 その昔、とある大陸にいた男がその島へ薄荷の栽培法を持ち込み、生産を開始したのがきっかけで、現在の名産で有名な島となったらしい。

 ただ、あとから詳しく調べたら、じっさい、島の気候は薄荷の栽培にはほとんど適していないことが発覚した。それでも、もはや、名産として後戻りすることはできず、現在に至っている。けっきょく、名産として大量に薄荷が生産できたのは、ひとえに薄荷農家の人々の猛攻にも似た努力の結果ということだった。

 そんな島へ、おれは降り立った。これといった用事もなく、気ままな下船である。

 むろん、せっかくなので島の名産である薄荷でつくった薄荷棒でも買い求めてみることにした。

 町まで来ると、薄荷専門店はすぐにみつけることができた。

 店は全体的に薄荷を連想されるような濃さの緑色で塗られていた。店の前に立つと、すでに、ほんのり薄荷の香り漏れ漂っている。店へ入ると中へ入った。よりいっそう、つよい薄荷の香り包まれた。

 店の棚にはさまざまな薄荷をからめた品々が売られていた。薄荷棒もたくさんある。

 薄荷棒。といえば、むかし、これをよく齧っている知人がいたことを思い出す。

 彼女はいつも、薄荷棒を最後までなめ切らず、途中で、がりがり音を立ててかみ砕いていた。

 いま考えると、歯が、丈夫な人だったな、と思う。

 にしても、彼女とはもうかなり長い間、会っていない、と、思いつつ、薄荷棒の棚を眺めていると、すーっと、薄荷色の服を来た店員らしき三十代の男性が笑顔で近寄って来た。

「いらっしゃいませはっか、どのような薄荷をお探しなのでしょうかはっか」

 声をかけられ、おれはひとまず小さく頭をさげた。

 彼は「うちではいろんな薄荷をつかった品がありますはっか。どうぞ、お手にとって、さらに、だいたんに香ってみてくださいはっか」といった。「あ、これなんかどうですはっか、薄荷入りの石鹸ですはっか、もう大人気ですはっか。あとですはっか、これは定番中の定番で、この島の薄荷でつくった薄荷油ですはっか」

 彼は次々に品をすすめてくる。

「それとですねはっか、これはなんとこの島を連想させるような偶像、薄荷くんの木彫り人形ですはっか。わたしが一体一体手作業でつくってますはっか。いまならお安くしておきますはっか」

 彼は小型犬ほどの大きさの擬人化された薄荷らしき木彫り像を売ろうとしてく来た。

 おれは、旅暮らしの竜払いである。

 そんな、そこそこの大きさの木彫りの民芸品を抱えて旅するのは壮絶な負担となるため、購入は考えられない。

 で、代わりというわけでもないけど、当初の予定通り、薄荷棒を少量だけ購入した。

「ありがとうございましたはっか。では、この島を楽しんでくださいはっか」

 彼は最後まで、にこやか、かつ、丁寧な接客をし、おれを店の外まで見送った。

 そして、おれは店を出て考えた。

 はっか。

 彼の、あの語尾のはっかは、まさか。

 おれはそれを確認するため、しばらくその店が見える場所で待機した。待機中に薄荷棒を食べた。ほどなくして、彼の店へ島外から来た感じの女性客の二人組みが入っていった。

 おれは気配を消し、店の窓に近づき接客の様子をうかがった。

 中でさっきの店員が接客している。

「いらっしゃいませはっか」

 すると、女性たちが「わあ、語尾にはっかがついてるー」と、即座に、気軽に、指摘した。

 とたん、店員の男性は「あはっ、おきゃくさーん、僕のはっかを、発覚しましたねえ」と、いった。「はっかを、はっかく、って、はははー」

 完成度の低い言葉遊びをお見舞いされ、女性客ふたりはひどく対応に困っていた。完全に、彼女たちの芯をくった苦笑いを引き出している。

 そして、おれは薄荷棒を口に咥えながら、切に思った。

 あぶないところだった。もしも、さっき不用意にあの語尾のはっかを指摘したら、今頃、おれが、あの残念な感じの対応をすることになっていた。

 なんというか。

 薄荷はうまいけど、はっかの使い方がうまくない。

 というわけで、薄荷棒をもう一本。

 はっかくう。

 しまった、おれもまた残念な言葉遊びを、つい。

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