わるいとうしゅ(3/3)
向って来る矢をかわし、素早く石を投げて相手の側頭部へあてた。
それで相手の意識はとんだ。
相手は手に持っていた弓矢を落とし、その場に崩れる。
おれは投げた石を拾って回収し、階段で五階から四階へと下の階へ降りる。
四階にも弓使いが独りで待ちかまえていた。階段を降りると、警告もなしにすぐに矢がとんで来る。それを必死でさける。矢が外れると、相手はすぐに次の矢を取り出す。その間に、おれは持っていた石を投げて弓使いへあてた。相手を投石で倒すと、石をまた拾って、三階へと降りる。おれが階段を降りると、五、四階とほぼ同じ流れで、矢を構えていた弓使いが矢を放って来た。
その矢もなんとか避け、階段から石を投げて相手へ当てる。
三度、弓使いを投石で倒す。
そして、二階にいた弓使いも同様に投石で仕留める。
おれは床から石を拾いあげた。
塔の各階にひかえていた弓使いはどれも、大した強さではなかった。おれは竜払いである、対人戦闘の専門家ではないにしろ、相手なら、なんとかなった。
人事採用基準があまいのか。そう思いつつ、二階から一階の降りる階段へ向う。あとは一階にいる相手を仕留めれば、この謎の戦いは終わる。
そう、ただ、ただ、おれだけが損している戦いが終わる。
一階は二階とは比べものにならないほど、真っ暗だっだ。五階、四階、三階くらいまでは、天井の穴から差し込む光で、それなりに明るかったけど、二階はもはや、薄暗く、一階に至っては、もはや完全に真っ暗だった。
おれはふたたび光源を取り出し、明かりを燈す。左手に光源、右手に石を持って階段を降りた。
直後、光源が矢で破壊された。油が散って、一瞬、空中で燃え広がる。おれは、即座に飛んだ。階段を一気に降りて、床へ着地する。
おれは割れて、油がこぼれて、階段でわずかに燃える光源の明かりを背に立つ。その場所以外、すべて闇だった。
闇の中から矢が再び放たれた。明かりがないので、間近に迫るまで矢の気配がわからず、慌てて回避する。矢が髪をかすったのがわかった。
闇の中に弓使いがいる。おそらく、独り。
しかも、その相手は、闇の中でも矢を獲物へ向けて放てる能力があるらしい。
階段で燃える光源の残光は、早々に衰えはじめていた。かすかな光だけど、その光がないと、こちらはもう飛んで来る矢がまったく見えなくなる。完璧な闇になったら戦況はかなりきびしい。
と、矢が飛んで来る。こちらの心臓あたりへ向かって来た。飛んでよける。い瞬、矢が来た方へ投石をしようとしたけど、石はひとつしかない、投げたらなくなるので、慎重に使いべきだった。
いや、この背中に剣は背負っている。けれど、これは竜を払うための剣だった、人と戦うための剣ではない。
にしても、どうして最後だけ、こんなしっかりとした弓使いをやとった。他の階の、脆弱な人事配置はなんだったのだろうか。
しかたがない、こうなったら最後の手段だ。
やるしかない。おれは決めて、動く。
急いで、階段をのぼって二階へ引き返した。
二階の床に立つ。二階は薄暗いけど、一階よりはまだ明るい。
少しにそのまま待ってみたけど、一階の相手が二階へあがってくる気配はなかった。
二階の床には、さっき倒した二階の刺客が倒れていた。
おれはその場に座った。
水袋を取り出し、蓋をあけて水を飲む。
ひと息つく。
しばらくして経ってから、中央の穴へ近づいた。
穴から顔を出して、一階をのぞき込む。
瞬間、矢が顎下へ突き刺さる―――のを身体を後ろにそらして避けて、前へ戻して、握り締めていた石を、真下へ隕石みたいに投げ放つ。
直後、悲鳴があがった。手応えは充分だった。仕留めた。
きっと、相手は、おれが上の穴から顔を出せば狙って来るだろう。
となると、相手も穴の枠内に入るはず。
日付が変わると、この大会は終わりだと聞いた。
なので、おれはその瞬間が訪れるまで、町の空き家に身を隠して過ごした。腹が減ったけど、ひらすら、がまんである。水袋の水も潰えて、喉がかわいたけど、がまんである。
そして、ようやく日付が変わってから、おれは、ぬりる、と空き家を出た。
嘆息して食事ができそうな店を探す。もはや、夜中である。いま食事が出来そうな場所は、こんな真夜中でも荒々しく営業する酒場くらいしかなさそうだった。そして、えてしてそういった酒場で食べられる食事は、泥酔状態の客相手なので、荒々しい味付けの料理、あるいは味無し料理の可能性が高い。
それでも何か食べれるだけましだった。おれは開いている酒場をみつけ、店内で酔って、騒いで、踊っている客たちをかわしつつ、店の端の席へ腰を下ろした。
疲れ切った店員へ頼んだ料理を待つ。
店内は大会を勝ち越したらしい竜払いたちが浮かれていた。そして、負けたらしい竜払いたちは、たぶん、酔いつぶれていた。
そんな惨憺たる竜払いたちを目にして、おれは卓の上に頬杖をつき「つかれて、腹が減っだけの日だったな」と、こぼした。
不意に、異様な気配を感じた。
かと、思うと、目の前に、もうそいつは座っていた。
真正面に座している。いつ座ったのか、まったくわからなかった。
黒い縁つきの帽子を頭にかぶり、黒い外套に身を包んでいる。見覚えのある顔だった。
執事みたいなの男。
塔の屋上でレクネヒの横にいた、彼女の執事みたいな男だった。
なぜ、現れたのかは不明だった。とりあえず、おれは頬杖をつきながら「不愉快だ」とだけ伝えた。
内心は、大騒ぎしかけていた。忽然と現れ、驚愕していた。ただ、心の乱れはが外見に反映されなかった。恐れも確実あった。けれど、驚きや恐れで動きににぶらせていては、竜とは遣り合えない。
心とは別離に、竜払いとしての身体が、自動的に機能していた。
やつは唇をうっすらと、上下に外し、言った。
「さっきほどは、どうも」
言って、両肘を卓に添え、少し前の目になる。
「ヨル様」
こちらの名を呼んで来た。
相手がここに現れた狙いは不明だった。
おれは「大会は終わったぞ」と言った。
「そうですね、今回も終わりました。無事ではない方もいらっしゃるので、無事に終わった、そういった言い方はできませんが、終わりました。次は、また二年後の開催です」
「この大会のおかげで、おれはまだ夕ご飯を食べていない」
「それは災難ですね」
「ああ、災難だ」
「レクネヒ様は頭が悪いお方で」
脈絡なくそういった。やつは塔の上でも、同じようなことを言っていた。
「レクネヒ様は、あのお方の娘というだけで、この事業を引き継ぎました。世襲です。ですが、レクネヒ様には、この事業を維持できるだけの能力はありません。まったく能力がないのです。無能なんのです。それでもすべての決定権はあの方にある」
「なあ」
「はい」
「その話は、おれが聞くべき話なのか」
「ただの悪口です」
おれの会話を成立させるつもりもないのか、やつはそういった。
「なぜ、おれに彼女を悪口を言う」
「それは、いずれわかります。この話の正体はなにか。意味も。ぜんぶわかるようにしてあります。もちろん、わたしがこうして貴方の前へ現れた意味も」
わざとらしく、ふくみのある言葉運びをする。
「あの大会はですね」やつは言った。「レクネヒ様のご機嫌を取る大会です。あの方が企画した大会です。能力もない者が考えた、歪な大会です。レクネヒ様自身は、あの大会によって―――そうですね、この世界が良くなると思っていらっしゃいます。自分の考えを信じて疑わない、致命的な知性の欠陥があります。わたし個人としては、ああいった、頭の悪い人間の理論を、理解するために消費する無駄な時間はありません。嫌いですから。ですが、使えはます。みんな知っていますから、あの大会が頭の悪い、どうしようもなく、大きな決定権だけを生まれで引き継いだ人が考えた大会だということは。理不尽だとあきらめていますから」
悪口をさらに生産する。
「あれはだめな大会なので、事故も多発します。矢が無関係な方にあたってしまったり、毎年、必ず悲劇を生産します。不幸な事故を、理不尽な事故を起こすのです」
やつは卓につけていた両肘を外し、背もたれによりかかった。
「大会では毎回、必ず事故が起こります。みんなが浮かれて騒ぎ過ぎて、死者がでる祭り、のと同じ様なものです」
おれは頬杖をといて、背をゆっくりと伸ばした。
向こうの両目、両目で見る。
やつはいった。
「大会での事故死の中には、思わぬ人物もいます。たとえば、わたしたちにとって、邪魔な相手だったり、歯向かう者だったり、消えて欲しい存在が不運にも、この大会で飛んできた矢によって事故でお亡くなりになったりすりのです」
やつはわかりやすく言った。おれが完全に理解できるように、配慮したらしい。
で、おれはいった。
「雑だな」
「はい、雑です」やつは肯定する。「しかし、頭の悪いレクネヒ様がやっている大会ですから、事故は起こります。安全への配慮もレクネヒ様が無能ゆえ、ありませんから」
「二年に一度の大会を利用して、大会の事故にみせかけ邪魔な者を消すのか」
問いかけたものの、相手は言語化しての肯定はしなかった。
表情だけ、見せつけてきた。
「最悪め」おれはそういって続けた。「で、なぜ、おれに大会の正体を話す」
「そこなんです。大事なところは、そこなんですよ、ヨル様」
こちらの名を呼び、やつは笑った。
「大会では、よく事故死される方がいらっしゃいますよ。不運にも、かなりの数のお方です。その、みなさんは、偶然にも、わたしたちにとって邪魔な存在の方々であったりしますが」
「おれもなのか」
「いいえ、貴方は違います、ヨル様。貴方は邪魔ではありません。わたしが貴方のことを知ったのは、今日がはじめてですから。恨みだってありません」
顔を左右ふってみせた。
「それに、邪魔どころか、ヨル様、貴方はわたしにとっては、とても貴重な存在ですなのです。そう、貴重なのです」嬉しそうに言う。「今日、貴方はレクネヒ様の頭の悪さを実際に体感されている。貴方は、あの方が無能なのか深い理解されている方です」
おれはやつを見ていた
「ヨル様。貴方は、わたしが心の奥底から、あの方の悪口を言って、理解していただける、わたしにとって稀有な存在なんのです。わたしがレクネヒ様の悪口を共有できる、貴重な人なのです」
ゆがんでやがるな。
「無論、わたしがレクネヒ様の悪口を言ったことを隠すため、ここで消えてもらいますけど」
そういった。
直後、奴はおれの心臓へ右手を突き立てに来る。見えたのは、矢じりだった。
矢じりだけを右手へ添えて、針で刺すみたいに、おれの心臓部へ真っすぐつき立てる。それは素早く、狙いは正確なひと突きだった。こちらに剣を手にする間をあたえない。無音の動きだった。
矢じりで刺せば、矢で死んだように見える。大会の事故で。
おれは右手に握っていた石で、矢じりが心臓部へ至るのを防いだ。
それから、やつに頭部へ頭部をぶつけた。たのしかった思い出のひとつか、ふたつは、消えてもしかたないない覚悟でぶつけた。
ごん、と満杯のずんどう鍋が落ちるような音がした。けれど、店の中が騒がしいため、誰にも聞こえていなかった。
自滅を辞さない頭突きで、やつが朦朧とした表情になったかと思うと、そのまま卓の上へ前のめりで伏し、動かなくなった。
おれが痛む頭を手で押さていると、通り掛かった店員が「あ、お客さん、頭痛かい」と、訊ねて来た。
「いや、頭痛だけど、この頭痛のもとは断ったから、だいじょうぶ」
そう返しつつ、頭を押さえ続けるおれを店員は不思議そうな表情で見た。
にしても、頭が痛すぎる。それでやや不安になり、おれは「おれは、だれだ………」と自身へ問いかける。「おれは、何者だ………」
もしかして、いまの頭突きの衝撃で、自身の記憶が消し飛んでいないか不安になった。それで自問自答で自分を確認しつつ、席を立って、剣を手にとる。
で、隣の卓の上にあった空の酒瓶を持って、やつが伏した卓の上へ置いた。これで、こいつが酒で酔いつぶれ眠っているように見えるにちがいない。
そう仕立て上げて、おれは身体をふらつかせながら店を出た。
「おれだ―――誰だ」
自分を確かめながら歩を進める。
「おれは―――ヨル」
外でも確かめる。
「おれは―――何者だ」
剣を背負いながら、夜空を見上げる。
遠くの星々まで、見える澄んだ夜空が広がっていた。
「竜払いだ」
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