いは

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 その町でも、かなり評判が良い食堂にて昼食をとった。

 食した料理は美味く、さらに量も多かった。そのせいか店内には、ついつい食べ過ぎてしまっているような客も散見できた。

 食事を終え、おれは席を立ち、剣を背負って店から出た。

 そして、通りに立ったとき、ふと、気配がした。

 殺気はない。

 視線を向けると、木製の背負子を背負った派手な頭巾を被った三十代くらいの男が、こちらへ近づいて来る。

 その外見と挙動から察するに、流し行商人のようだった。

「はいはいはーい、まいどまいど、そこの方、そこの方ぁ!」

 彼は独自の拍子をとりつつ、おれのそばに来ると、にかにか、と笑ってみせた。

「いまあなた、この店でお食事終えたばかりですよねえ? ね、ええー」男は背負子を地面へおろし、手をつっこんで、がさごそしだす。「この店、おいしいでしょ? ね、でしょでしょ? 料理の量も多いしねぇー」

 とりあえず、おれは相手を泳がした。

 どう泳がせたかというと、無反応である。

「みなさんねえ、この店の料理がおいしくて、量もあって、たくさん食べてしまうんですよねー。あなたもそうだったんじゃないですか? 食べ過ぎたんでしょ? ね? そうですよね? そうなんですよね、ね、ね?」

 なにやら、こちらを食いしん坊を決めつけて来た。

「そんなあなた、いいー、ものがあるんです!」

 彼は背負子の中から壺をひとつ取りだした。

 だいたい、首根っこを掴んで、たてに伸ばした成体の猫ぐらいの大きさの壺である。表面は深緑色だった。

「胃薬です! い、ぐ、す、りぃ!」

 彼は単独で盛り上がりつつ、その壺をおれへぐいぐいと近づけてきた。

「食べ過ぎたんでしょ? だからあなたの胃はいままさに、ほがががー、ってなんてんでしょ? でも、だいじょうぶでーす! そんなあなたに、この胃薬! いやぁ、ききますよぉー、もう食べ過ぎて、意識朦朧気味だったのが、まあ、ふしぎ! ふしぎつーか、もう怪奇ですよ! この胃薬を一口飲めば、もう、すー、って治りますから、胃とか、胃のまわりの付属品的な内蔵が、すーっと、たちまち治る! 治り過ぎて、またお腹が減っちゃうくらいの効き目があります!」

 聞いて、おれは思った。

 彼は、自身が放ったその宣伝文句が、どこか狂ってやがることに対し、自覚があるんだろうか。

 ないとすると、精神の一大事。

 いいや、深追いはやめよう。不用意に指摘して、関係、および絆を生成すべきではない。

 無関係を保守すべし。

 おれは相手への低刺激を目指し「胃には問題がありません」と、返した。

 直後、突風が吹いた。砂を含んだ風が、おれの右目が入る。

 少し痛い。右目が、いがいがした、目を洗いたくてしかたがない。

 すると、彼は「あ、あ、そ、そうだ!」と慌てていった。「こ、この胃薬は、め、め、目薬にもなりますよ! こ、これ、胃薬というか、本当は目胃薬なので!」

 目胃薬、だと。

 奴め、どうしても売りたいのか、目にも利くという新たな効果効能を設定してきた。

 と、おれは、不意に、くしゃみが出た。

「ややや! そ、そうだ、この薬、風邪にも利きますよ! 本当は風邪目胃薬なので!」

 次に、おれはあくびをした。

「ああー、そうそうそう! ね、ね、ねむねむ、眠け覚まし効果もあるんですよぉ! 眠け覚まし風邪目胃薬だったんだよなぁー、本当はね!」

「しまった、店に手ぬぐいを忘れてるぞ、おれ」

「お、お、おおお、そ、それそれ、それもですよぉ! じじじ、実際はぁ! 実際はですねぇ! 健忘症予防眠け覚まし風邪目薬なんですわぁぁぁ!」

 彼は、売るために、続々と効果効能を追加してくる。

 その健忘症予防眠け覚まし風邪目薬を。

 そして、もはや胃への効果は、消えていたぜ。

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