第14話 ケイン、動きます

 爺さん曰く、王が重視しているのは速さであるらしい。

 相手どころか味方も驚いて右往左往しているうちに、やれるところまでやってしまおうというのだ。


「止めるならばこの地で止めねばならん。しかし、止めることができぬのであれば、これは協力してやりきってもらった方が魔界にとっては良いかもしれん。中途半端になるのが一番困る。途中で挫折してしまえば、それこそ魔界は大混乱じゃ」


「なにやら面倒だな」


 そう言ったのは、ここまで静かに話を聞いていたシルだ。


「もう私たちで蹴散らしてしまえばよいのではないか?」


「いやそれはのう……」


 シルの意見に、爺さんは困った顔をする。


「シル殿もあれじゃな、けっこう……。いや、だからなのか」


「な、なんだ、なにを納得している……! 話を変な方にずらすのはよくないと思うぞ……!」


「あ、うむ、そ、そうじゃな。蹴散らしてしまうのは、ちょっと問題はあるんじゃよ。ぽっと出の部外者にやられてしまったとなれば周りに舐められるじゃろ? 下手すると攻めてこられるかもしれんし」


「ではついでにそれも蹴散らし、落ち着くのを待つというのは?」


「それも一つの手じゃろうが、いつまでもここに留まるわけにはいかんじゃろ? 建て始めた家はほったらかしか?」


「むっ、それはいかんな!」


「じゃろう? やはり説得して、あきらめてもらうのが一番ではあるんじゃが……問題はどう説得するかじゃな。一般論や道徳的な話をしたところで止まるとは思えん。王に響くなにか、それが必要になるんじゃ」


 そして話し合いは、どう王を説得するかその案を出し合う場となったが、なかなか『これは』というものが出てこない。

 会うどころか、大した情報もない状況では、さすがに爺さんもお手上げなようで考え込む時間が増え、かといって、会ったことのあるディライン父さんなら思いつけるかというと、そういうものでもない。


「会って話をしつつ、人となりを理解し、その上で説得するしかないかもしれんが……それものう……」


 やがて爺さんが最終的な手段を提示し、このまま話し合いを続けても名案は浮かびそうにないということで、一旦解散して休憩が取られることになった。


 すでに夕方になっており、もうしばらくで夕食。

 話し合いの続きは、その夕食後におこなわれるとのことだが、こちらの参加はヴォル爺さんとルデラ母さんだけになりそうだ。

 これは俺たちが戦力外――というわけではなく、遠路はるばるやってきて缶詰め状態にしてしまった客人に対する気遣いらしいのだが、はたして……。


「ケインさん、ケインさん、お菓子を、甘い物をください……。私はもう限界です……」


「いやお前なにもしてないじゃん……」


 談話室から出て解放感を感じていたところ、まるで疲弊するほど頑張って会議に参加した、みたいな雰囲気でシセリアが言ってきた。

 実際は皆があまり手をつけなかった軽食を、一人でせっせと平らげていただけなのに。


「話を聞いているだけでもきつかったんですよぉ……。ペロちゃんを送り届けるだけのはずが、どうして戦争が起きそうだからどうしよう会議に参加することになるんですか。ただでさえ魔界にいるのが恐いのにぃ……」


 こいつは水質の変化に弱いエビかなにかか……?

 仕方ないので人を捕まえて庭園に案内してもらい、そこで処分予定だった馬甘瓜を〈猫袋〉から出してくれてやる。


「うえぇ……! これなんですかぁ~? いやまあいいですけどー」


 嫌がるような素振りを見せつつも、馬甘瓜にガジガジと囓りつくシセリア。

 どうしよう、ちょっとした意地悪で出してみただけとか言えなくなっちゃった……。


「あ、お母さまいるー! みんなもいるー!」


 戸惑っていると、庭園の向こうから別行動だったおチビたちが現れた。

 離れたところにはペロ爺とペロ婆の姿もある。


「お母さま、お話は終わったー?」


「ええ、ひとまずはね。また夕食のあとにあるんだけど……」


「えー」


 なかなか母親に構ってもらえず、ノラはやや不満そうだ。


「ケー、ぼく、お肉ほしい!」


「お前は相変わらずなんだな。でもこのあと夕食が――」


「お肉ほしい!」


「あおんあおん!」


「わふわふ!」


「あー、はいはい」


 ペロだけでなく弟妹からも燻製肉をねだられ、これは説得は難しいと判断してラウくんに渡す。


「ラウー! お肉ー!」


「わおーん!」


「わふー!」


「……ん~!」


 とたんにラウくん大人気で、激しくせっつかれる様子を見たディアが餌やり(?)を手伝う。

 こんな状況でも子供たちは無邪気。

 かに思われたが――


「ケインさん、話し合いはどうだったの? 大丈夫そう?」


 そっと尋ねてきたのはメリアだ。


「ノラちゃんやディアちゃんが、ちょっと気にしている感じだったの。ペロちゃん、せっかく帰ってこられたのにねって」


 遠ざけてはみたが、いくら子供でも大人たちが深刻そうな顔をしていれば空気は感じとれるだろうし、逆に、良かれとまったく状況を知らせずにおくことは不安を募らせることに繋がる。


「そうか。いや、そうだよな……」


 子供たちは不安よな。



    △◆▽



 色々と考えた末、その夜、俺は行動を起こすことにした。


「なるほどな。で、オレらの出番ってわけか」


「ピヨ!」


 訪れたのはアイルの客間。

 就寝前のアイルはかぶくのをやめての美少女エルフモードで、ピヨは肩に乗せている。


 俺の計画は、王国軍を強襲して王のみを懲らしめ、魔界制覇をあきらめて帰れと説得するというもの。

 本当は俺一人でおこないたいところだが、困ったことに、今どこに王国軍がいるのかわからない。〈探知〉だとうっかり王国軍まで吹っ飛ばしてしまいそうだからダメなのだ。

 狙いは飽くまで王の説得。

 そこで俺はアイル――正確には『ピヨナビ』を頼ることにした。


「いいぜ。オレもなんかごちゃごちゃやってんなーって思ってたんだ。ここは強ぇ奴に従う魔界、ならそっちの方が手っとり早ぇし、オレとしても好みだ」


 アイルに断られた場合、ここで問題を片付け、侯爵家に恩を売っておけば『鳥家族』の魔界進出に協力してくれるだろうと唆すつもりだったが、そんな必要もなく、むしろ乗り気で協力してくれることになった。


「でも師匠、姐さんに黙ってやっちまっていいのか? あとから怒られるんじゃねえの?」


「怒られるだろうが……ここは俺個人の行動ってことに留めておきたいんだ。こじれた場合のことも考えてな」


「姐さんの立場を考えてか? 迷惑よりハブられた方が姐さんは怒りそうな気もすっけど、ま、怒られるのは師匠だ。オレは忠告したかんな」


 そう言うと、アイルはさっそくお着替え。

 俺がいるのにぺぺいっと服を脱ぎ捨て、いつもの服装――奇抜エルフモードへとチェンジし、最後にピヨが頭の椰子の木へドッキング。


「っしゃ! 行けるぜ!」


「ピヨ!」


「よし。では……」


 俺はアイルを背負い、縄でしっかり縛り付けて窓から飛び出す。

 と同時に〈空飛び〉を連続使用して、まずは屋敷のはるか上空まで上昇した。


「アイル、どっちだ!」


「グロール、どっちだ?」


「ピヨヨ!」


「師匠、あっちだってよ!」


「よしきた!」


 背負ったアイルが腕を伸ばして向かうべき方向を指し示す。

 俺は木の板を創造してしがみつくと、バランスを取りながら教えられた方角へ斜めに落下。

 予定ではこの〈空飛び〉による上昇と落下を繰り返して王国軍が休んでいるであろうキャンプ地へ向かうつもりだったが、ここで嬉しい誤算があり、アイルがピヨと協力して強風を発生させることで滑空距離、そして速度を格段に向上させてくれた。


「ヒャッハー!」


「ピヨォー!」


 夜の世界を俺たちは飛ぶ。

 いくら森生活で夜闇に慣れたとしても、さすがに昼間のようにはっきり見るわけではなく、闇の濃淡でうっすらと景色がわかるくらいのものでしかない。

 闇に染まった世界をどれほど進んだのだろうか。

 やがて――


「明かりだぜ師匠!」


「ああ、到着したようだな!」


 長い夜間飛行の後、王国軍の野営地へと辿り着く。

 最低限の視界を保つため篝火が焚かれた野営地は、多くが地面に雑魚寝状態で休息をとっている。しかしその集団の内側となると、整然と天幕が並び、中心には周囲から間隔をあけられぽつんと大きな天幕が存在していた。

 あれが王の天幕だろう。

 さすがにあれで実は公衆便所でした、なんてことはないはずだ。


「降りるぞ!」


「おうよ!」


「ピヨ!」


 直ちに急降下し、俺たちは王の天幕前へ。

 もうあと少しで着地というところで、アイルが下からの強風を発生させ落下速度を殺し、これにより俺たちはちょっと高いところから飛び降りた程度の衝撃で地面に下り立った。

 しかし次の瞬間――


「貴様ら、どこから現れた!」


 周囲の天幕で警戒していた兵たちがすぐに反応し、俺がアイルを縛り付けていた縄をほどいている間にすっかり囲まれてしまった。

 まあ、だからなんだという話なのだが。


「師匠、どうする? 蹴散らすか?」


「いや、なるべくなら王以外には手出しをしないでおきたい」


 と、そう言ったのがまずかったか――


「陛下を狙う刺客か! 貴様ら、どこの手の者だ!」


 がるるる、とばかりに、ますますいきり立つ兵たち。

 そして――


「ああん? どこの手の者だぁ? はっ、オレたちをそこらの使いっ走りと一緒にしてもらっちゃ困るぜ! オレの名は金色の鷲グロールソロンのアイウェンディル! いずれ世界一の鳥料理人になる女だ! そしてこっちのはオレの師匠! 使徒のケインだ!」


 のりのりで自己紹介しちゃうアイル。


「その自己紹介はいらないなぁ……」


 正体を隠せとは言わなかったにしても、だからってこうも堂々と名乗ることはないと思う。

 だが――


「使徒、だと……?」


「本当に使徒なのか……?」


 思いのほか『使徒』に影響力があったらしく、今にも襲いかかってきそうだった兵が戸惑いを見せる。

 そういや魔界って熱心な信徒が多いんだっけか。

 これなら穏便に王様を懲らしめることができそう、と思ったが――


「ええい! このような場所に使徒が現れるものか! なにをぼさっとしておる! 使徒を騙る不届き者を成敗するのだ!」


 当然の反応をする者が一人。

 老人とまではいかないが、それなりに歳をくった普通の――只人って言うんだったか、まあ要するに犬耳ではない奴だ。

 この男の言葉によって、再び兵たちが臨戦態勢になる。

 が――


「待て! お前たちの敵う相手ではない!」


 王の天幕より鋭い声があり、にじり寄ろうとしていた兵たちがその動きをぴたりと止める。

 まさに『待て』を言いつけられたわんこのごとし。


 やがて天幕から、一人の犬耳が姿を現した。

 でかい男だ。そして実に逞しい。アフロ王子の部下たちよりもさらに大柄で、そして引き締まった筋肉をしている。短く整えられた茶色の髪、細められた目は褐色、厳めしい面貌は見る者に威圧感を覚えさせる。


「すまんな。着飾るのに手間取り、出迎えるのが遅れた。俺がジンスフィーグ王国の王、ゴーディンだ」


 現れるなり、逞しい犬耳――ゴーディンは告げた。

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