第3章 建てよう、竜のお家
第1話 巣作りなんとか
いつもの宿屋、いつもの食堂、そしていつもの面子。
相も変わらぬ一日が始まるかと思いきや、今朝は森ねこ亭に相応しからぬ物がシルによって持ち込まれた。
それは食堂の大きなテーブルに山となっている大量の金貨。
あまりの迫力に居合わせた者たちは目をぱちくりして口をぽかんと開けるばかり。以前、俺が奴隷商で築いた小山など問題にならぬ存在感である。
「預かってきた代金だ。皆、無くなったらまた頼むといっていたぞ」
そう、この金貨は竜たちに提供した酒の代金なのだ。
自然公園で行われた『黄金リンゴ狩り』の打ち上げ後、帰り際に竜たちが「酒くれー酒をくれー」と何かの妖怪のようにせがむため、仕方なく後払いということで望むだけ売ってやったのだが……。
「なあシル、これってユーゼリアの金貨じゃないよな?」
持ち込まれた金貨はユーゼリア王国で使われている金貨とはデザインが異なる。どっちが表か裏かわからないが、一方はくつろぐ猫、もう一方は猫の肉球という、何かのイベントで発行された記念硬貨のようなふざけ具合だ。これに気づいたノラとディアが「猫ちゃん金貨!」「猫ちゃん猫ちゃん!」とちょっとはしゃいでいる。
「これは神殿の金貨だ。どこでも使える」
「はい、シルヴェール様の仰る通り、このニャザトース金貨は大神殿が責任を持って発行している金貨です」
シルの答えを受け、クーニャがより詳しい説明をする。
「世界中で使える、というのは言いすぎかもしれませんが、かなりの広域で使えることは間違いありませんよ。当然このユーゼリアでも通用する信用の高い金貨です。もし偽造などしようものなら猫の裁きが下りますからね」
なんだ猫の裁きって。
ごろごろしていると思ったら突然噛みついて来るやつか?
「ふざけた見た目だが、ちゃんとした金貨ではあるのか。この山、ユーゼリアのユーズに換算するといくらくらいになる?」
「あー、それはちょっとわからんな」
「すみません、私もすぐには……。まずは数えるところから始めないといけませんし……」
そりゃそうか。
ちょっと考える基準にしようと、俺は売った酒の総額が元の世界でいくらになるかを計算してみる。
まず適当なウイスキーが五リットルで一万円とする。
二百リットルの樽で四十万円。
竜たちは一人当たり二十樽くらい持っていったから八百万円。
これが二十人くらいだったからしめて一億六千万円なり。
……。
えらい金額だな!
さらにここに俺しか用意できない異世界産という希少性なんかが加わると、金額は倍とかじゃすまないだろう。
あれ?
もしかしてこれ一攫千金を達成してしまったのか?
「おそらく、庶民なら子の代まで暮らせるくらいはありますよ」
「おー、ケインさん、お金持ちですね!」
エレザとシセリアが言う。
確かにお金持ちだ。
つい昨日まで無一文だったことを考えると特に。
しかし、これは……な。
「せんせー、この猫ちゃん金貨数えるー?」
「ん? あー、そうだな、数えた方がいいな」
「わかりました、じゃあわたしたちで数えますね! ラウくんも一緒に数えよ?」
「ん!」
こうしておちびーズは数えやすいようにと、せっせと金貨を積んで塔を作り始めた。
しかし、それぞれ二つ、三つと金貨の塔を築いたところで恐るべきものどもが動きを見せる。
そう猫どもだ。
猫どもはぴょんとテーブルに跳び乗ると、素知らぬ顔でちょいちょい、ちょいちょいと前足で金貨の塔をいじり始めた。
この猛攻に耐えきれず、金貨の塔はあえなくザララーと崩壊、当然おちびーズはプンスカ。
が、怒られようとも猫どもは屈しない。テーブルに飛び乗ったペロが威嚇しようともどこふく風。再びおちびーズが塔の建設に集中するのを見計い、またちょいちょいと塔をいじり崩壊させてしまう。
あーっ、と悲鳴を上げるおちびーズ。
猫どもが意地悪すると嘆くが、良くも悪くも奴らは悪気があってやっているのではない。なんとなーく動かしてみたくなり、手を出しているだけなのだ。
頑張って金貨の塔を建てるちびたち、それを嘲笑うかのように崩壊せしめる猫ども。
この世界の神が猫であることから、その様子はまるでバベル塔の崩壊を思わせるのだが、俺としては賽の河原の方がしっくりくる。
親より先に死んでしまった子らが三途の川で石積みをするというあれだ。
石積みで立派な仏塔を作れば成仏できるのだが、暇なのかなんなのか、獄卒の鬼どもはケチをつけてその塔をぶっ壊す。いつまでも成仏できず、泣きながら石を積む幼子たち。せめて獄卒がニャンゴリアーズのような猫であれば「このいたずら猫め!」と腹を立てるだけですむものを。場合によってはつらい石積みも、猫と一緒なら楽しく続けられるかもしれず、これならお地蔵さんだってにっこりだ。
「ケイン、どうしたぼうっとして。この代金では不満か?」
賽の河原に思いを馳せていたところ、ふとシルに尋ねられる。
「いや、不満ってわけじゃないんだが……何というか、自分の金のような気がしなくてな」
「うーん?」
「えっとな――」
と、俺は今抱いている気持ちをシルに説明する。
大金を得たことは嬉しい。これは確かだ。だが、適当に用意した酒の代金というのが、なんか釈然としない。
この金があれこれ悩み、頭を使い、見事何かを成し遂げて得たものであれば、俺は大喜びしていたのだろう。しかしこの金にはそういった『ドラマ』が存在しないため、何というか『つまらない』のだ。
きっとこの金でもって悠々自適な生活を始めたとしても、俺はすっきりしない気持ちを引きずることになる。それは果たして悠々自適を満喫していると言えるのだろうか? またこの金を元手に何かうまいことやって増やしたとしても、元手が納得のいく金ではないのだからやっぱり心に痼りが残ってしまう。
つまるところ、この酒の代金は俺にとって『どう扱ったらいいのかわからない金』なのだ。これが金貨一枚とかであれば、皆に何か奢ってやって使い切ってしまえばいいのだが……。
「お前……森から出ても面倒くさい奴だな……」
「ええぇ……」
丁寧に説明してやったというのに、なんて奴だ。
「なあ師匠、じゃあさ、オレに投資してくれよ。この宿の近くに店構えるから」
「屋台で手一杯の奴が無茶言うな。投資するのはかまわんが、単純な話、お前一人じゃどうにもならんだろ」
「まあそりゃそうだけど……」
「ケイン様! では神殿を建てましょう!」
「もうこの都市には立派なのがあんだろが」
まったく、とアイルやクーニャにあきれつつも、使い切るとなったらそれくらいの規模で何かしないといけないだろう。
いっそこれまでの宿代がわりにこの森ねこ亭を増築……いや、やめた方がいいな。グラウは増築したがっているけど、それで宿屋が繁盛するかはわからない。
あ、でもシルが泊まる部屋くらい増やしてもいいか?
そう考えた――その時だ。
「――ッ!?」
稲妻のごとき閃きが……!
「そうだ、家を建てよう!」
「んお!? お、おお、そうか、いいんじゃないか? お前は森でも家にこだわっていたから――」
「えー! ケインさん、家って、もしかしてうちから出ていっちゃうんですかー!?」
大声を上げたのはディアで、これにびっくりした猫どもは逃げる拍子にすべての塔を崩壊させていった。
「で、出ていかないでほしいです! もしかして何か気に入らないところがあるんですか!? がんばってなおすんで言ってください!」
「……いって、いって」
「がるるる!」
ディアは大慌てでもう猫金貨を数えるどころではなく、ラウくんは目をうるうる。ペロに至ってはテーブルから飛び降りると俺の元に駆け寄り、ズボンの裾に食らいつく始末だ。
「いやいや、待て待て、落ち着け。誰もこの宿を出て行くなんて話はしていないから」
「で、でもケインさん、家を建てるって……」
「……るって」
「がるる! がるるるるるる!」
「家を建てるとは言っても――ってペロはなんでこんなにキレてんの? ほら、燻製肉あげるから機嫌を直せ。もう裾がしっちゃかめっちゃかじゃねえか」
「がるる……」
燻製肉を与えたことで、ひとまずペロは落ち着く。
それでもまだ機嫌は直っていないようだが。
「家は建てる。でもそれは俺じゃなくてシルの家だ」
「……は?」
俺の発言に、静観していたシルが呆気にとられる。
そして――
「お、おおお、おまっ、家って、それがどういう――って知るわけがないな……」
急に慌てだしたと思ったら、すぐに落ち着いた。
「どうした?」
「待て。ちょっと落ち着かせろ」
シルはすーはーと深呼吸。
でもってあらためて俺に言う。
「さて、ではどうして私の家を建てようと思ったのだ?」
「え、だって家があれば日帰りしなくてもすむだろ? それにお前、俺の家に遊びに来たとき、ここはのんびりできるとか言っていたし、なら別荘があれば嬉しいかなって」
「それは……言った、かな? いや、だが実感のない金だとしても、それはお前の金だぞ? それも結構な金額だ。それで私の家を建ててどうする」
「世話になったお返しだから」
「お返しってな、まぎら――大げさすぎるだろ」
「それだけありがたかったと思ってくれ。何しろ、何も無い状態だったからな。まあ降って湧いたような金でのお返しってのがちょっと申し訳ないところだが……。どうだろう、思いついたばかりで用意するにしても時間がかかると思うけど……受け取ってもらえないか?」
いらないならまた何か考えないといけない。
しかし名案だとは思うので、ここは受け取ってもらいたいところ。
それからシルはうんうん唸り始め、何をそこまで悩むのか百面相を披露し、最終的には両手で顔を隠しての『いないいないばあ』の『いないいない』状態のままか細い声で答えた。
「う、受け取るぅ……」
「よし、では決まりだな」
こうして森ねこ亭の隣りに、竜のお家を作ることが決定した。
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