第34話 黄金の果実 6/6
長きにわたり連綿と行われてきたんじゃないかなと思う金のリンゴ収穫祭(勝手に命名)は特にアクシデントに見舞われることもなく順調に続けられた。
やがて山頂に漂う香りがずいぶんと薄くなってくると、その香りに脳をやられていた魔獣も我に返るものが現れ始める。
魔獣とてバカではない。
むしろ絶対に敵わない相手とみれば、すみやかに退く潔さがある。
何が悲しくて竜の集団に突撃しなければならないのか――そこまで考えているかどうかは定かではないが、すごすごと引き返していく魔獣たちは徐々に増えていき、ある一定の段階までくると潮が引くようにまとめてお帰りになった。
こうなるともう気を抜いてもいいのか、二、三度ほど瓦解しそうになったエルフたちはへなへなとその場に座り込み、婆さんたちは足取りも軽く霊樹の根元へと集まってくる。
これであとは収穫をすれば終わりか。
そう思われた、その時だった。
「まずいぞ!」
竜族の誰かが叫んだ。
何事かと目を向けると、その竜がいる方角、ずっと向こうの空に何やら帯状の黒い靄が漂っているのが見えた。
「んなぁ! あれは緑尽蝗かい!?」
「香りに誘われて……これは面倒なことになったね!」
婆さんたちがざわめき、それを聞いたエルフたちは「そんな……」と絶望の表情に。
どうやらよろしくない状況らしいが、俺には何がまずいのかわからない。
「なあシル、緑尽蝗って?」
「ときおり大発生して緑を食い尽くすバッタだ。前にその発生と収穫の時期が重なって、大変なことになったらしい」
ふむ、まんま蝗害だな。
つまりあの空に浮かぶ黒い靄がその緑尽蝗の大群で、眼下に広がる緑なんぞガン無視で霊樹を目指しているわけか。
「やっかいなのはわかるが、どうしてこんな深刻そうなんだ? みんなで攻撃すれば一網打尽にできるだろ」
「確かにそれでほとんどは駆除できる。問題は駆除しきれなかったやつらだ。何しろ小さい、今はまとまっているからわかりやすいが、攻撃によって散ってしまうと捕捉が難しい」
あー、部屋のどこかに蚊がいるのはわかっているが、なかなか見つけられない、みたいな話になっちゃうのか。
「奴らは果実だけでなく、葉も食らう。前回はまだ認識が甘かったようで、何百匹かを討ち漏らし霊樹に取りつかれたようだ。葉が食い荒らされて霊樹が弱るわ、産卵されて増えるわ、大変だったらしい」
何百とかガバガバかよと思ってしまうが、考えてみれば蝗害って億規模だからな、千億とか二千億とか。そのうちの数百ならかなり頑張って駆除したんだと思う。
良く茂った樹冠に紛れ込まれたら、見つけだすのは至難だろうしな。
「なあシル、もしかしたらなんとかなるかもしれないんだけど、ちょっと試してみていいか?」
「なんとかなる?」
「ああ、まだ視界に収まっている今のうちなら」
「視界……ああ、あれか。あー、そうだな、試してもらうか」
俺が何をしようとしているか気づいたシルはちょっと嫌そうな顔をしたものの、やらせる価値はあると判断したのか、すぐに竜、婆さん、エルフたちを霊樹の根元に集合させると、間違ってもこれから俺の視界内に入らないようにと口酸っぱく言って聞かせた。
そこまで注意する必要はないのだが……まあいい。
準備が整ったので、俺は目頭をもみもみしてから迫り来る緑尽蝗の大群を注視。
でもって――
「〈鑑定〉」
未だ不完全な魔法を発動する。
この魔法は異世界へ移住してきた俺が、それなりに魔法を使えるようになったところで実現を試みたものである。
いくら『適応』があるからといっても、未知の植物を口にするたびに上から下からフルバーストする生活はさすがにこたえたのだ。
そんな切実な想いから始まった〈鑑定〉は、確かに対象を鑑定しようとする魔法ではあったものの困った問題点があった。
鑑定対象に『鑑定に耐えうる強度』が求められるのである。
「あ、なんか光りだした!」
そうノラが指摘した通り、鑑定対象となった『緑尽蝗の大群』は遠目でもわかるほどの光を放ち始め、その光は徐々に強くなり、最終的にはビカビカッと眩い閃光となる。
そして――。
空に浮かぶ黒い帯となっていた『緑尽蝗の大群』は、光の消滅とともに跡形もなく消え失せた。
鑑定失敗。
強度不足により鑑定対象は消滅。
一応、『バッタの群れ』という中途半端な鑑定結果は得られたが、だからなんだという話である。
こうして緑尽蝗の脅威は去ったが、あまりにあっさり片付いたためだろうか、居合わせた者たちは喜びの声を上げるようなこともなく、ただ唖然とするばかりであった。
「なんじゃあのえげつない魔法は……」
婆さんの一人が呟く。
どうも誤解があるようだったので、俺はこの魔法が決して攻撃魔法ではなく、ただ対象の情報を強引に取得しようとした結果、不完全なため対象を消滅させてしまうだけであることを説明した。
「最初のうちは視界に入るものがなんでも対象になっちまって、目に付くものをあらかた消し飛ばすような状態だったんだよな」
あれは本当に難儀した、と懐かしみながら語ったところ、集まっていた者たちが悲鳴を上げながら逃げだした。
竜も婆さんもエルフも、あられもない悲鳴をあげて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
うちの面々は逃げることはなかったものの、なるべくなら俺の視界に入らないようにとそれとなく死角へと移動しているし、おちびーズはその場にしゃがみ込んで両手で頭を抱えての防御態勢だ。
「えー、ひどくね?」
「無理もないだろ……」
そう言うのは、かつて俺に目潰しを食らわせてきたシルである。
鑑定しちゃうぞー、とからかったところ、マジギレされたのだ。
それ以降、〈鑑定〉は使用を控えていたのだが、こうして役立つところを見せても不評どころか恐怖を与えてしまうことからして、どうも封印しておいた方が良いようである。
切ない。
△◆▽
一目散に逃げだした失礼な連中が恐る恐る戻り、果実の収穫が始まった。
巨大な霊樹であるが、収穫できた数は百個ほどと、規模に対してごく少数であった。
「あひゃひゃひゃひゃ!」
「いーっひっひっひ!」
「うひょひょーひょー!」
報酬として果実を与えられた婆さんたちは、恐ろしげな笑い声を響かせながら踊り狂う。
これが
そしてひとしきり踊った婆さんたちは、今度は一心不乱に果実を貪り始め、食い終わったところでほわほわと発光し始めた。
……おや!? ババアの様子が……!
おめでとう! ババアはババアに進化した!
「って同じじゃねえか!」
嘘だろ!?
あの果実、食べると肉体年齢が半分になるんだぜ!?
なのに見た目がまったく変わらないとかどんなババアだ!?
予想を覆すあまりの事態に俺は叫ぶことになったが、これを聞いた
「ぜんぜん違うじゃろうに! この馬鹿もんが!」
「これだから男はのう、この違いもわからんとは!」
大顰蹙だ。
で、でも……見た目変わってないよ?
「もー、駄目ですよケイン様、ちゃんと見てください。肌なんて見違えるようじゃないですか」
「えっ」
エレザがなんか言いだした。
同じだよ? 相も変わらずシワシワだよ?
愕然とする俺などお構いなしに、エレザは婆さんたちの若返りようを褒め、婆さんたちはそうじゃろうそうじゃろうと満足げにしている。
マジかよ、これ婆さんたちのビフォー・アフター間違い探しで正解しないと出られない部屋とかあったら余裕で即身仏だぜ。
もしかして自分の目が腐ってるのかと、俺はすがるように竜さんたちに視線を向けた。
すると竜さんたちはそっと顔を逸らした。
次に俺はエルフたちに視線を向けてみたが、こちらも『尋ねてくれるな』とばかりに顔を逸らされた。
よかった……俺は一人じゃない。
一人じゃないんだ、みんな一緒に即身仏だ。
「さて、ケインくんの活躍で、なんとか無事にすんだね。もうそろそろ日も暮れ始めるし、ここでもう一泊して、明日の朝に帰るってことでいいかな?」
あとは解散、という雰囲気の中、ヴィグ兄さんが提案してくる。
今から帰るとなると、到着は深夜。
ここは一泊するのが妥当だろう。
そう思っていたところ、なんかニャンゴリアーズが集まって来た。
でもって宙の一点を見つめ、怪しい合唱を始める。
『のこのこのこのこのこのこ、おぁ~ん! のこの……おぁ~ん! よんにょんにょむぅー、おぁーうあぅおぅ、よんにょん、のこのこのこのこの……!』
繰り返される合唱。
いったい何の儀式だと驚いていたところ、猫どもが見つめる宙に上下に長い楕円形の光が生まれた。
そこで猫どもは合唱をやめ、みゃん、とひと鳴きしてからのこのこと光に入っていく。
「あの、ケイン様、付いてこいと言っているようですが……」
「付いてこいって……」
クーニャが通訳してくれたが、だからとこんな怪しげな光に飛び込む勇気は俺にはない。
ところが――
「私、一番!」
「あ、待って! じゃあわたし二番ー!」
恐れを知らぬノラとディアが止める間もなく飛び込んでしまう。
まったく、あのおちびたちは、光の向こう側が猫の国とかだったらどうするんだ。
猫になっちゃうぞ!?
さすがに俺も焦る。
しかし飛び込んだ二人は、すぐにこちらへ飛び出してきた。
「せんせー、すごいよ! この向こうはディアちゃんちなの!」
「うちの庭です!」
「え?」
早く早くとノラとディアに手を引かれ、光へと引きずり込まれるとそこは森ねこ亭の裏庭で、使わない馬房の取り壊しをしていたとおぼしきグラウとシディアが唖然としていた。
そうか、空間を渡るとはこういうことか……。
置き去りにしたニャンゴリアーズが、霊峰に出現したのはこの手段を用いてのことだったのだろう。
そのあと残された面々も光のゲートをくぐって宿に戻り、さらには竜や婆さんたちまでやってきた。
結果、グラウが錯乱。
「ま、まさか……お客さんかい!? やっぱり増築して百部屋くらいは……!」
「いや違うから、まずは落ち着こうか」
放ってもおけずなだめていると、光のゲートが消失。
竜や婆さんたちはこちら側に取り残されることになったが、特に焦るようなことはなかった。それどころかむしろ面白がっており、打ち上げはどうしようと暢気なことを言い始める。するとこれをアイルが安請け合い。宿では手狭だからと森林公園へ移動することになり、俺もそれに付き合わされることになった。
こうして夕方から始まった打ち上げは、どこからともなく湧いてきたドワーフなども交え、深夜遅くまで続くことになった。
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