第28話 妖精事件、またしても 後編

『まえがき』


 今回は三人称、第三者一人称、主人公一人称の変則でお送りします。



――――――――――――――――――――――――――――



 自室に戻ろうとしていたメリアは、その途中で肝心なことを忘れていたことに気づいた。


「あっ、またあいつの名前聞きそびれた……!」


 あの黒髪のちょっと人相が悪い少年――いや青年? たぶん自分より五歳ほど上だろう。

 彼と知り合ったのは従魔ギルド主催の従魔レース、その会場だ。幼い従魔を無謀にもレースに参加させようとしていたので思わず食ってかかってしまった。誰だってあんな子犬(子狼?)があれほど強いとは思わないから、仕方のない話だとメリアは思っているが。


 その日はフリードが優勝したことを報告するついでに、彼と従魔のことを父親に話した。すると父親は「おや?」と何か思い当たるような表情をした。しかし知り合いなのかと尋ねてみても、父親は含みのある笑顔をするばかりで、詳しいことは何も話してはくれなかった。


「また会ったら色々と聞……あ、お礼も言い忘れてるじゃない!」


 フリードを肥えさせる犯人かと思ったせいでつい乱暴な対応になってしまったが、そう言えば押しつけられるように高級な燻製肉を貰ってしまっていた。


「あーもう、どうも調子が狂うわね」


 相性が悪いのだろうか。

 そんなことを思いつつ、メリアは自室に戻り、ドアを閉める。

 すると――


『みゃ~ん』


 ふいに聞こえた、猫の声。


「あら? 猫ちゃん?」


 どこかから入り込んだのか。


「猫ちゃん、どこどこー? 猫ちゃーん」


 室内をうろうろ、探してみるが姿はない。

 では廊下だろうかとメリアはドアを開ける。


『みゃお~ん』


 するとまた猫の鳴き声が聞こえた。

 けれども、廊下にも猫の姿は見当たらなかった。


「???」


 しばし困惑。

 そしてドアを閉めると――


『みゃ~ん』


 三度みたびの鳴き声。

 ここでメリアは閃いた。


「え……? これ、ドアを開け閉めすると……?」


 確認のためにドアをさっさっと素早く開け閉めしてみると『みゃ』『みゃん』と予想通り猫の鳴き声が聞こえた。


「やっぱり……!」


 因果関係がはっきりする。

 だが――だが……?


「え、なにこれ? どういうことなの?」


 鳴き声の発生源は明らかになった。

 しかし、それがわかっても困惑は晴れるどころかますばかりだ。


「もしかして……魔法? でもドアを開け閉めすると猫ちゃんの鳴き声が聞こえる魔法ってどういうことなの?」


 魔導学園の学生であったメリアはすぐにこの現象が魔導に関係するものと予想したが、それ以上となるとさすがに見当も付かなかった。


「ひとまず……これは検証ね」


 メリアは自室のドアを開け閉めして、猫の鳴き声が発生し続けるかを確認する。その過程で、ドアを動かして止めたところで鳴き声が発生することがわかり、さらに開け閉めの勢いによってその鳴き方、声量が変わることも判明した。


 素早く開けると小さく、短く、可愛らしく。

 ゆっくり開けると、大きく、長く、猛々しく。


 検証しているうちにメリアはなんだか楽しくなってきたが――


「え? ちょっと待って」


 ハッとある可能性に気づき、隣の部屋のドアを開けてみる。

 すると――


『みゃお~ん』


 同じように猫の鳴き声が発生した。


「ええっ!? まさかこの家の扉すべて……!? ど、どど、どういうことよ……! なにこれ……!?」


 猫の鳴き声は可愛らしいが、まったく意図の知れぬ魔法が屋敷全体にかかっているというのは気味の悪い話だ。

 猫の鳴き声は可愛らしいが。


 メリアはこの異変を知らせるべく母親の元へ向かう。

 おそらく母親は自分の部屋で手紙をしたため続けているはず。それは父がどこからか入手してきたシャンプー、リンス、ボディソープなる商品を売ってくれと、富裕層から貴族階級まで、母と縁のある女性から送られてきた手紙の返事である。届く手紙は日に日に増えていくため、母は部屋に篭もる時間が長くなっていた。


 また一方の父も、店舗に押しかける御婦人方の対応に追われることでやるべき仕事がなかなか片付かず、結果として帰宅がどんどん遅くなっていた。現在その商品は『入荷待ち』ということでお帰り願っているのだが、実はこの家に在庫を移したのでまだ存在する。要はこの家からの『入荷待ち』という詭弁なのだが、売ってくれ売ってくれと大挙されても対応しきれないが故の苦肉の策なのだ。


「お母さま、メリアです」


「……はーい、どうぞー……」


 急いで母親の部屋まで来たメリアはドアをノックし、返事を待ってゆっくりめにドアを開いた。


『みゃお~ん!』


 そして聞こえる、元気な猫の鳴き声。

 机に向かっていた母が、おや、と顔を向ける。


「あら? いま猫ちゃんの鳴き声が……?」


「お母さま、それなんですが!」


 と、メリアは今この家に起きている謎の現象について説明をした。


「ドアを開け閉めすると、猫ちゃんの鳴き声がするの?」


「そうなんです」


 と、メリアはドアを開け閉めして見せる。

 やはり聞こえる猫の鳴き声。


「どうして?」


「どうしてでしょう?」


 母と娘、仲良く首を傾げる。


「う~ん、猫の……呪いでしょうか?」


「それはずいぶんと可愛らしい呪いね。でも私は猫ちゃんにひどいことした心当たりはないし、メリアちゃんもないでしょう?」


「もちろんです」


「とくに害はないようだし、妖精の悪戯かもしれないわね」


「妖精の悪戯……」


 なるほど、言われてみれば確かに悪戯のような現象だ、とメリアは妙に納得する。


「ひとまずあの人が帰るのを待ちましょうか。あ、メリアちゃんはみんなにこのことを説明してくれる?」


「わかりました」


 こうしてメリアは使用人や警備の者たちにこの怪現象について説明すべく退室――とはいかず、ふと立ち止まって母親に言う。


「お母さま、私、猫ちゃん飼いたいです」


「あら、でもそれで貴方が猫ちゃんばかり構うと、フリードが嫉妬して喧嘩になっちゃうんじゃないかしら?」


「う、うぅー……」


 可愛らしい鳴き声ばかりが聞こえるこの状況。

 なんとももどかしく、実はこれひどい悪戯なのではないか、とメリアは悶えた。



    △◆▽



 俺の名はパルン三世。

 かの名高き大泥棒パルンの孫だ。

 いま俺がいるのはユーゼリア王国の首都ウィンディア。

 もちろんお仕事のためだ。


 ひと月ほど前にウィンディアを訪れた俺は、まず盗みに入る家や店舗を選んで回り、そこから念入りな下調べと準備を始めた。

 で、そろそろ仕事を始めるかってときに、俺がぞっこんになってるサキュバスのフィジコちゃんからお願いされたんだ。


 なんでも最近、ボディソープ、シャンプー、リンスつー体や髪を洗うための商品が話題になっていて、自分のためにまずそれを盗み出して欲しいってな。


 俺としては貴族の屋敷やあくどいことをやっていると噂のバーデン商会なんかを手始めに~、と思ってたんだが、フィジコちゃんのお願いとあっては仕方ねえ。


 最初の標的をヘイベスト商会に決めた俺は、念入りにヘイベスト商会を調べた。すると店舗では品切れ、入荷待ちなんて言ってるが、実はまだ屋敷に保管されていることを突き止めた。


 つまり盗みに入るべきはお屋敷の方ってわけだ。

 幸い、そっちも下準備したうちに含まれていたから、盗みに入るのはどちらかと言ったら簡単な方だ。

 屋敷の警備はそこそこ。

 問題は知らない奴が近づいただけで警戒して吠えてくる犬の魔獣がいることだろう。

 でも俺にとっちゃまったく問題じゃない。

 賢い俺は考えたね。

 番犬と仲良くなっちまえばいいんだって。

 だから下準備でたっぷり旨い肉を食わせてやって、俺を警戒しないように躾けてやった。

 へへっ、懐かれ過ぎて近づくと大歓迎で吠えまくるようになっちまったのは予想外だったけどな……!


 でもまあ、そこは機転を利かせて眠り薬を混ぜた肉を食わせることで解決だ。

 殺すような毒は使わない。

 無益な殺しは主義に反するんだ。


 そしていよいよ決行の夜。

 まず俺は闇に紛れて屋敷の敷地に睡眠薬入りの餌を放り込む。

 すると番犬はがつがつと嬉しそうに餌を食い、しばらく待つと静かに眠りについた。

 これでやっかいなワンちゃんは片付いた。

 すぐに俺は敷地に忍び込み、窓からの侵入を試みる。

 窓の鍵は機械式と魔導式の二段構え。

 だがこのパルン様にかかればちょちょいのちょいよ。


 あっという間に解錠して、俺は室内へと侵入を果たす。

 さて、ここからが本番だ。

 俺はすぐに部屋のドアに取りつき、そぉ~っと、わずかですら音を立てないように細心の注意を払いながら時間をかけて動かす。

 そして止める。

 瞬間――


「んにゃおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんッ!!」


「ふわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 静寂をぶち破る、とんでもない猫の鳴き声が。

 これ間違いなく屋敷中に響き渡っただろ!


 びっくりして思わず尻もちをついた俺は、失敗を悟りすみやかに撤退を決めた。

 だが――


「あっれぇ!?」


 立ち上がれない。

 おいおい、腰が抜けてやがるじゃねえか!


 こうなりゃ仕方ないと、俺は這って逃げようとした。だがすぐにドタバタと足音が聞こえ始め、窓にすがりつく頃にはこの部屋のすぐ側まで近づいてきていた。


 あっちゃ~、こいつはまいったぜ。

 とんだドジ踏んじまったようだ。



    △◆▽



 今日はひさしぶりの薬草採取ピクニックということで、まずは冒険者ギルドを訪れた。

 これまでは俺、おちびーズ、エレザにシセリアという集まりだったが、ここに何故かクーニャとニャンゴリアーズが加わっている。

 おかげでようやく場違いな感じのする俺たちに慣れた職員や居合わせた冒険者たちがまた怪訝そうな目を向けてくる。

 いや、それどころか冒険者たちが「やべえ、〈猫使い〉が猫を増やしやがった……!」って凄くざわついてんですけど。


「クーニャ、やっぱり猫どもを連れて帰ってくれないか」


「ケイン様、おそらく猫たちは付いて来てくれないので、私だけが帰るだけになってしまいます」


「ぐぬぬぬ……」


 そう、べつにクーニャが猫どもを引き連れて参加してきたわけではなく、実態は猫どもが付いてくるので、その監督役としてクーニャが同行しているだけなのだ。


 何とかならんものかと思いながら、俺はいつも通りに手持ちの薬草を納品して常駐してる錬金術ギルドの職員を喜ばせ、次に薬草採取の依頼を受ける。

 いつもならここで専属(?)受付嬢であるコルコルからお小言があるのだが、今日は心ここにあらずといった感じで好き勝手に室内を徘徊するニャンゴリアーズに目を向けっぱなしだった。


 珍しくスムーズに手続きを終えた俺は、そのまま冒険者ギルドを後にしようとしたが、エレザとシセリアが手配書が張られている辺りで冒険者から話を聞いていた。


「本当にパルンが捕まったのですか?」


「ああ、みたいだぜ。なんでも、忍び込んだ金持ちの屋敷のドアを開いたらものすごい大きさの猫の鳴き声がして、びっくりして腰を抜かしたところを捕まったんだとよ。嘘みたいだが、本当らしいぜ」


「ふえー、パルンって腰抜かして捕まったんですかー……」


「だとしたら、ずいぶん間抜けな結末ですね」


 ふむ、これは……俺には関係のない話だな。

 金持ちの屋敷とか、猫とか、なんとなく気になるワードもあったが、きっと俺には関係ない。


「しかしなんだってドアを開いたら猫の鳴き声がしたんです?」


「それが謎なんだよ。なんでも、その日はドアを開け閉めすると猫の鳴き声がするようになったらしくてな、その屋敷の住人もずっと困惑していたらしい。特に害があるわけでもないし、妖精の悪戯なんじゃないかって考えてたようだ。まあ本当かどうかはわからんが、本当だとしたら妖精の悪戯もたまには良い方に転がるってこったな」


 なるほど、妖精か。

 またしても妖精なのか。

 これはいつか……そう、もしいつか何かの拍子に出会うことがあったら、いっぱい贈り物をしてご機嫌をとることにしよう。

 なんとなく、俺はそう思うのだった。

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