第14話 閑話 アイウェンディル

 オレの名はアイウェンディル。

 グロールソロンの里のエルフで歳は二十八。

 オレとしてはもう一人前のつもりなんだけど、エルフとしてはまだまだ子供扱いされちまう。


 オレの名前は族長やってる曽祖の爺ちゃんが決めた。

 古いエルフの言葉で『鳥を愛する者』を意味する。

 その名の通り、オレは鳥が大好きなエルフに育った。


 そんなオレの夢は、世界を巡っていろんな鳥を食べることだった。

 でもそうなると里を出なきゃならない。

 お願いしても許可は下りなくて、こりゃ百歳くらいまで我慢かなー、って思ってた。


 でもある日、なんかあっさり旅に出る許可が下りた。

 なんでだ?

 よくわかんねえけど、里がある森の守護幻獣――グロールソロン様が許可してくれたとかなんとか。


 んー?

 ま、いっか!


 里を出られるのは都合がいい話、余計なことをしつこく尋ねて許可が取り消しなんてことになったら目も当てられねえ。

 オレはすぐに旅の準備を始めて、整ったところで里を出た。


 まず目指したのは、ユーゼリア王国っていうちょっと離れたところにある小国だ。

 お目当てはその国の隣りにあるアロンダール大森林。

 もっと言えばそこに住む鳥たちなんだけどな。


 魔境とも言われるアロンダール大森林は魔素が豊富な地域。

 そういう場所にいる動物はウマい。

 きっとそこにいる鳥たちは、これまでオレが食べた鳥よりもずっとウマい、そう考えていた。


 とは言え、大森林は濃い魔素の影響を受けた魔獣がひしめく危険地帯。

 そんな場所にいきなり突撃するほどオレは馬鹿じゃない。

 まずは冒険者として活動しつつ生活基盤を整え、落ち着いたところで経験を積むことに集中、でもって充分な実力が備わったところで挑戦することにした。

 まあ十年もあればなんとかなるだろう、そう思っていた。


 ユーゼリア王国の王都に到着したオレは、まず冒険者ギルド第一支部で冒険者登録を行い、その後は地道に依頼をこなした。

 はっきり言って、下級冒険者の仕事はオレには簡単すぎた。

 特に採取や狩猟なんて、里でさんざんやっていたこと。

 逆に都市内での『簡単な仕事』の方が面倒で難儀するくらいだった。


 冒険者を始めて一年もすると、オレの等級は銀級にまで上がった。

 もともと実力があるんだから当然の話だが、第一支部の支部長はさすが期待の新人だって褒める。

 最初は「はんっ、エルフか」みたいな顔してやがったクセに、調子のいい奴だぜ。


 支部長はいずれオレがこの王都で知らぬ者はいない冒険者になるだろうと言うが、なかなか簡単な話じゃなさそうだ。

 それは引退しているにもかかわらず、有名な元冒険者が二人もいやがるせいだ。


 順当に考えれば、そいつらを超える名声を手に入れることでオレの方が上だって認められるんだろうけど……回りくどいんだよなぁ。


 手っとり早いのはそいつらに勝負を挑んで勝つことだろう。

 でも二人のうちの一人、ルデラは第二王子と結婚して王家の一員になってる。さすがに喧嘩を売るのは厳しい。それくらいオレでもわかる。


 となると、相手をするのはもう一人、エレザリスだ。

 こっちは冒険者からユーゼリア騎士団の副団長になったらしい。


 聞けばユーゼリア騎士団は門戸が広く、実力があればすぐに仲間入りできるどころか騎士にすらなれるらしい。

 これなら入団希望と称して殴り込みを掛け、騎士たちをばったばったと薙ぎ倒していけば、いずれ副団長が出てきて戦うことができるだろう。


 この方法に問題があるとすれば、エレザリスが只人ってことかな。

 エルフと違って、只人はすぐ老いる。

 急がないと、婆さんになったエレザリスと戦うことになっちまう。

 婆さんイジメたって何の自慢にもなりゃしねえ。


 対決は近いうち……来年か、厳しいなら再来年か。

 まあそんなわけで、オレはエレザリスとの対決を目標に仕事をこなしながらも訓練をする毎日だった。


 が、ある日、遠出から戻ったオレは活きのいい新人が現れたという話を耳にした。

 なんでも猫を使い、大勢の冒険者たちをまとめてやっつけたらしい。

 ……。

 猫?

 よくわかんねえが……まあ凄い魔猫を従魔にしてるんだろう。

 通り名も〈猫使い〉だしな。


 で、その〈猫使い〉なんだが、どうやら第八支部所属みたいだ。

 第八支部か……。

 いい評判は聞かねえな。


 冒険者の支部ってのは、所在する地区によって特色が出る。

 これといった特色もなく、まして行政の目が隅々まで届かない荒廃地区が近い第八支部は、気の毒だけど支部の中で一番程度が低いと言わざるを得ない。


 裕福な地区にある支部には当然割のいい依頼が集まり、それを目当てで冒険者も集まる。でも割りのいい依頼を受けられるのは、等級が上の奴で、あぶれた連中は格下の支部へと流れていく。

 割りのいい依頼や優秀な冒険者は上へ上へ、割に合わない依頼や実力のない冒険者は下へ下へってわけだ。


 この自然と生まれた流れにおける第八支部の立場は、落ちに落ちていった冒険者の吹き溜まりってことになる。


 それなのに、第一支部でも噂されるような新人が現れた?

 気に入らねえぜ。

 オレでもまだ他の支部の奴らが噂するほどじゃねえってのによ。

 これはエレザリスより先に、決着をつけなきゃいけない奴が現れたようだ。


 オレはすぐに第八支部へと向かった。



    △◆▽



 オレは学んだ。

 情報はちゃんと集めないとひどい目に遭うことを。

 つかなんだよ使徒ってよぉ~。

 そういう大事なことは先に言っておいてほしかった。

 本気で死を覚悟したぜ。


 で、その使徒で〈猫使い〉のケインだが、オレの知らない鳥料理を幾つも知っているらしい。

 カラアゲ、超ウマかったから、きっとほかの料理も超ウマい。

 こりゃあ何としても作ってもらわないとな!

 となると鳥を狩りにいかないと!


 オレはお願いしまくって、いずれはと狙っていた戦斧鳥の狩りにケインを引っぱり出すことができた。


 まあこの狩りも色々とあったが、これでケインの鳥料理が食えるんだからどうでもいいや。


 まずケインは鳥料理を二種類作ってくれた。

 ただ……うーん、チキンカレーは確かにウマいけど、これ、べつに鳥じゃなくてもよくね?

 あ、でも焼き鳥は良かった!

 すごく良かった!

 調理によって鳥の味わい方こんなに変わるのは本当に衝撃で、オレはこの驚きをみんなに伝えたいって思った。

 きっと、それは一種の天啓だったんだろう。

 オレはすぐに鳥専門の料理人になることを決めた。

 多くの人々に――いや、世界中の人々に鳥のウマさを知ってもらう。

 これはオレの使命なんだ。


 使命に目覚めたオレは、ケインを師と仰ぎ、知っている鳥料理を教わった。

 それから教わった料理を完璧に作れるよう努力した。


 たぶん師匠はその頑張りを認めてくれたんだろう、ある日、オレに屋台を始めてみないかと提案してきた。

 最初は戸惑ったけど、師匠の話を聞いてやってみようという気になった。


 それから師匠は屋台を始めるために必要なものをすべて用意してくれた。

 まさかこんなに応援してくれるなんて……。


 師匠、オレ、頑張るぜ!


 すべての準備が整ったその日、オレは師匠たちに見送られて市が開かれる広場へと向かう。

 頑固者ばかりのドワーフたちに無理言って作ってもらった屋台、そこに掲げられる看板には『鳥家族』とある。

 これはオレが決めた。

 鳥好きに悪い奴はいねえ。

 言ってみりゃ、鳥好きは家族。

 だから『鳥家族』だ。


 広場に到着したオレは、師匠が懇意にしている商人に用意してもらった場所でさっそく営業のための準備を始めた。

 そしたら、なんかイスやテーブルを抱えたドワーフたちがわらわら集まって来て、屋台の周囲に陣取り始めた。


 何だお前ら!?


 え?

 この屋台を作ってくれた人たち?

 そ、そうなのか……ありがとな!

 大切に使うよ!


 で……さっそく注文だって?

 ああ、わかった、ちょっと待ってくれよな!


 初めての客は無理を押して屋台を作ってくれた恩人たちだ。

 オレは気合いを入れてカラアゲを揚げた。

 まあそこまでは良かったんだが……。


 集まったドワーフたち、まったく落ち着きがねえ!

 味わって食えとまでは言わないからさ!

 つかまだ昼にもなってねえのに、宴会始めんなよ!

 いやウマいウマいって食ってくれるのは嬉しいんだけど、だけどさ、もうちょっと落ち着いて……ああ、追加な! わかった、今揚げてるところだか……ああもう! 酒は自分で注げよ! お前らそのまま全部飲む勢いだろ!?

 っておいぃぃ! それ二度揚げするために置いといたやつだから食うな! 駄目ッ! 待つの! んで――でぇぇぇぇぇ!?

 誰が酒樽の蓋ぶち破ってジョッキで汲み上げろなんつったぁ!? ちゃんと捻れば酒が出る栓がついてんだろうが! せっかく師匠が用意してくれた、いつも冷たい特別な樽なのに! 恩人だからって無茶苦茶していいわけじゃねえんだぞ!?

 で、おめえは二度揚げする前に食うなっつうんだよぉぉぉ!

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