第9話 鳥を喰らう者 1/3
アイルが鳥を狩りに行こうとしつこい。
とてもしつこい。
気乗りしない俺は「そのうちなー」と生返事で誤魔化していたのだが――
「みんなも薬草採取以外のことやりたいよな?」
『やりたーい!』
小癪なことに、アイルはおちびーズを唆した。
アイルが行きたい行きたい言おうと知ったことではないが、おちびーズがせがむとなると俺も動かざるを得なくなる。
「狩りは魔法を覚えさせてからと思っていたが……いや、なにもいきなり狩らせる必要はないか」
切羽詰まっていた俺とは状況が違うからな。
ノラとディアについては、まず狩りの様子を見学させるのが順当というものだろう。
「わかったわかった。じゃあ鳥を狩りに行くか」
「やったぜ!」
そう喜ぶアイルは、出会った時のような奇抜な姿ではなく、いたって普通の格好をしている。
こうなるとアイルは口の悪いオレっ娘エルフという、ごくありきたりな美少女にすぎず、面白みはあんまりない。
聞けば、椰子頭や隈取り、民族衣装は外出用であるらしい。
故郷の風習なのかと思いきや、見た目で舐められないよう自分で考案したものであるらしく、これによりアイルがエルフ内の突然変異(あるいは珍種)である可能性が濃厚になった。
もしかすると、その名前も鳥を愛する心優しいエルフになってほしいと願ってつけられたものなのでは……。
いや、詮無いことか。
「で、計画とかはあるのか?」
「もちろん考えてあるぜ!」
「そうか、じゃあちょっとみんなを集めよう」
ウキウキで計画を説明したがるアイルを待たせ、俺は食堂に皆を集合させる。そしてテーブルを囲むことで『冒険者パーティーが計画を話し合う会議の場』みたいな雰囲気を作り上げた。
これにはノラとディアもにっこり。
お菓子やジュースも用意したので尚更にっこり。
ただそれ以上に――
「はは、なんだか昔を思い出すな」
「そうねぇ。こうやって場所を借りて、色々と計画を立てたものね」
宿屋夫婦――グラウとシディアが冒険者時代を懐かしみ、まったりとした雰囲気を醸しだしている。
「それが自分の宿屋で行われるようになるなんて……くっ」
「あらあら」
感極まってグラウが泣き出した。
シディアやディアは温かい眼差しを向けるのだが……正直、困惑している者の方が多く、説明を始めようとしていたアイルに至っては動揺しすぎて挙動不審になっていた。
「な、なあ、この宿ってちょっとへ……変わってね? こっちに泊まることにした日も、なんか不安になるくらい歓迎されたし……」
「細かいことを気にしてくれるな。それより説明を始めてくれ」
「お、おう、そうだな」
気を取り直したアイルはテーブルに大きな本――鳥の図鑑を広げ、そこに描かれている鳥を指差す。
「狙うのはこいつ、戦斧鳥だ」
気合いの入った様子でアイルは告げる。
ぱっと見であればダチョウのような戦斧鳥。しかし並べられた人との対比からして、ダチョウよりも二回りほど大きく、太く逞しい首に支えられた巨大な頭部にはその名の由来なのだろう、斧のごとき歪なクチバシが異彩を放っている。
「森では見なかった鳥だな……」
「それは生息域が原野だからでしょう」
そう応えたエレザで、さらにアイルを見て小さなため息をつく。
「一人で行けばいいものを、熱心にケイン様を誘っていたのはこういうことですか……」
「どういうことだ?」
「戦斧鳥は、アイウェンディルさん一人では手に余るのですよ」
聞けば、戦斧鳥は獰猛で好戦的な『動物』であり、これを『狩る』ならばパーティーで当たるのが望ましいとのこと。
「単独で狩るならば、金級程度の実力がないと厳しいでしょうね。ちなみに、ユーゼリア騎士団の騎士は金級相当なのですが……」
つい、とエレザが視線を向けた先には――
「あむあむ」
シセリアが幸せそうにお菓子を頬張っていた。
うん、あの騎士では無理だろうな。
で、アイルなのだが、エレザの指摘に渋い顔をしている。
「確かに狩るとなるとオレだけじゃな。いや、討伐するだけならオレだけでもなんとかなるぜ? でもそれじゃ意味がねえ。ズタボロにしちまったらせっかく美味いと評判の味が落ちる」
語る雰囲気からして、見栄や虚勢ではなく本当に味が落ちることをアイルは嫌っているようだ。
鳥を食うことにかける熱意だけは立派なもの、嫌いではない。
「こいつをうまいこと仕留められたら、ケインが知ってる鳥料理を全部試せて、みんな腹一杯食えるはずだ」
「いや腹一杯つっても、こんなでかい鳥じゃなくてもいいのよ?」
俺が知っている鳥料理の数なんて知れたもの。
期待されすぎてもちょっと困る。
「いいって、あまったら全部カラアゲにすりゃいいんだから」
「だから量がね!?」
出会った時からアレなエルフだが、鳥の事となるとますますアレになるな。
「で、実際にどう狩るかについてだが、アンタが動くとオレはただ付いていっただけになりそうなんだよ。だからまずはオレの作戦につきあってもらって、それでダメなら倒してもらうってことでいいか?」
「わかった。俺としては、実際の狩りの様子をノラとディアに見学させるのが一番の目的だからな。むしろその方がいい」
俺だと駆け寄ってぶん殴ってそれで終わりだろう。
学ぶところなんてありゃしない。
「よっしゃ。じゃあ作戦の前に、まずどこへ向かうか確認するぜ」
アイルはばさっと王都周辺の地図を広げる。
かなり大雑把な地図で、簡略化した地形と目印となる特徴物が描かれたそれはなんだかよくある宝の地図のようにも見えた。
いや、地図のあちこちに鳥の狩猟に関する情報が書き込まれていることを考えれば、これは確かにアイルにとって『宝の地図』なのだろう。
「戦斧鳥がいるのはここ、王都からちょっと離れた地域だ」
「確かにちょっと離れてるな」
「これは日帰りというわけにはいきませんね。往復で考えると……三回は野宿をする必要がありそうです」
このエレザの発言に――
『野宿!?』
ノラとディアが過敏に反応。
「狩りにでかけて野宿、すごく冒険者っぽい!」
「お外でお泊まり! すごいです!」
二人のテンションは爆上がり。
しかし――
「あ、でもお泊まりになると宿のお仕事が……!」
ディアがはたと気づき、どうしようと両親を見る。
「いやいや、宿のことは気にしなくていいから。行ってきなさい」
「そうそう。これまでたくさん頑張ってくれたもの。これからは貴方の好きなようにしてもいいのよ」
「ありがとー!」
あっさり許可してくれた両親にディアは感謝し、その様子を見ていたノラはエレザに言う。
「私もお父さまに報告するー」
「それがよいですね」
多くは語らず、エレザは小さく微笑んでノラに応えた。
△◆▽
野営もしなければならないとなると、普通の冒険者なら必要な道具を揃えるなど、それ相応の準備をしなければならない。
だがあいにくと、俺はその『準備』とやらに縁がなく、何をすべきかまったくわからなかったので、ここは先輩冒険者であるアイルにノラとディアの指導をお願いする。
アイルは最初こそ面倒そうにしていたが、すぐに熱心に指導を始めた。あれで面倒見はよいのだ。あと、教えを受けるノラとディアの勤勉な姿勢が好感を与えたというのもあるだろう。
そしていよいよ出発の日。
アイルは再び奇抜な格好になっており、その姿を見ると「ああ、アイルだな」と謎の感慨を覚える。
「いやちょっと待てよ! なんでみんな手ぶらなんだ!?」
一人だけ荷物を背負ったアイルは困惑していたが、俺がその荷物を〈猫袋〉に収納したことで、アイルも手ぶらになった。
「えー、楽すぎるだろこんなん……。いやまあ楽させてもらうのはありがたいんだけどさ」
釈然としないような顔のアイルであったが、身軽になったことは素直(?)に喜んでいた。
そのあと、俺たちはグラウとシディアに見送られて出発。
まず向かうは冒険者ギルド。
今回の狩りは依頼ではなく自分たちのためだが、ギルドに報告しておくことで何かあった場合は捜索班を出してくれるらしい。
他にも、普通であれば獲物運搬用の荷車を借りるなどの手続きをするようだ。
「なるほど、これが普通の段取りというものか」
「お前、嬢ちゃんたちの先生だろうに……」
アイルが何か呟いていたが気にしない。
人には得手不得手というものがあるのだ。
手続きをすませ冒険者ギルドを出たあと、俺たちはピクニックの時と同じように王都を出て街道を進み、やがていつも薬草採取している辺りを通り過ぎる。
途中、休憩を挟みはしたが、さすがにおちびーズはお疲れ。
そこで俺は宿で借りてきた荷車を〈猫袋〉から出して、おちびーズを乗せる。そのまま座るだけでは衝撃でケツが世紀末になるので、クッションを創造して敷いてやり、多少の快適性を確保する。
この荷車を引くのは、進んで引き受けたシセリアだ。
「これくらいはしないと、ケインさんの側に居る意味がホント行方不明になってしまうので!」
シセリアは無為に耐えられないタイプか。
俺がシセリアくらいの頃は『窓際族』に憧れていたんだがな。
やがて俺たちは初日の野営予定地へと到着。
休憩する間もなく、アイルは野宿の手順をノラとディアに指導。
一方の俺は土の魔法で頑丈な拠点を作り上げ、さらに炊事場や風呂場を設置していく。
「なにこれー!」
「ケインさんすごーい!」
「……!」
ノラとディアが興奮。
ラウくんも密かに興奮。
「土の魔法が使えるようになれば、なにかと便利だぞ」
俺はしっかりと魔法を覚えることの有用性をアピール。
自分のテントを用意していたアイルはぽかーんとしていた。
「よし、まあこんなもんだな。じゃあアイル、俺たちはこっちに泊まるから、お前は引き続きノラとディアに野宿する様子を見せてやってくれ」
「……?」
アイルはふと首を傾げ――
「うおぉぉぉい! オレもそっちに泊めてくれよぉぉぉ!? 仲間はずれにすんなよぉぉぉ!」
猛烈に駄々をこねはじめた。
仕方ないので、アイルもこっちに泊めることになった。
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