第6話 いつも心にニャンニャンを
スローライフという幻想の崩壊と共に我が家まで崩壊した。
だがそんなことはどうでもいい。
今気にすべきは、これからどうするか、それだけなのだ。
「ふーむ、今後の方針は悠々自適な生活の実現だな……」
俺は家があった場所――すり鉢状にえぐれた爆心地の中心に座り込んで考える。
ついさきほどまでの自分であれば『それがスローライフなのでは?』などと、とぼけた疑問を持つところだろうが、スローライフと悠々自適はべつもの、今ならばそれがわかる。
スローライフとはあくまで生活様式。
修行に例えるなら苦行だろう。
苦行とは肉体を痛めつけることで精神を高めようとする行為であるが、『悟るための苦行』はやがて『苦行によって悟れる』という手段の目的化を引き起こす、釈迦には『無駄』と切り捨てられた愚かな試みである。
そう、様式や形式はそれに『頼る』という堕落を生むのだ。
対し、悠々自適とは『世間など気にせず自分の好きなように心安らかに暮らすこと』である。大げさに言えば魂の在り方であり、これはいかなる環境だろうが、どんな生活をおくろうが関係ない。要は自分が満足であればそれでいいということ。
こう聞くと悠々自適は実に楽そうに思えるが、その『満足』を得るための様式や形式などは存在しないため、己で探し求め、歩み続ける覚悟と努力が必要だ。もし『ほどほど』で自分を誤魔化し、そこで満足してしまっては永遠に辿り着けない、ある意味、それは悟りそのものであろう。
俺はようやく気づいた。
本当に求めていたものは、悠々自適な生活だったのだ。
まったく、気づくまでにたいへんな回り道をすることになってしまったが、幸い、まだ手遅れではない。
この森ですごした三年は、自分が本当に望んでいたものへと至るための過程であったと前向きに考え、これからは悠々自適な生活を実現するために行動すべきだと自分を奮い立たせる。
「すくなくとも、このまま森でサバイバルしてるんじゃダメだな」
さしあたり、生活環境が整っている場所へ移動すべきだろう。こんな科学未発達の田舎世界であっても、大都市ともなればそれなりに発展しているはずだ。
「と、なると……いるな、金が」
都市で暮らすとなれば、当然ながら必要になるもの。
正直、働きたくはないが、ここは悠々自適を実現するためぐっと我慢して、なんとか一生遊んで暮らせるだけの大金を手に入れたい。
「どうやって稼ぐかは……まあ、行ってから考えるか」
そもそも金が存在しない森の中であれこれ考えてもしかたない。
まずは金があるところへ移動しなければ、いくら望んだところで手に入れることなどできないのだ。
まあシルにおねだりすれば恵んでくれるだろうし、今となっては自分で作り出すことも可能なのだが……そういうズルはあまり気乗りしないので、本当に切羽詰まった状況に陥ったら、ということにする。
「よし。んじゃ、さっそく出発だ」
思い立ったが吉日。善は急げ。
着の身着のまま、すみやかに移動を開始する。
主に食料など、必要なものは〈猫袋〉――苦労して実現した魔法〈
まあほかは全部吹っ飛ばしたので荷造りもなにもないのだが……。
「まずは森を出て、とりあえず王都を目指すか」
シルの話によると、この森はけわしいアロンダール山脈の麓に広がる大きな森で、名前はそのままアロンダール大森林というらしい。
この森を出ると、そこはユーゼリア王国という小国の領土。
昔は大国の一部――ユーゼリア辺境伯領だったらしいが、治世が乱れ各地で分裂がおきた際に独立したとのこと。
これから俺が目指すのは、そんな小国の首都ウィンディアだ。
△◆▽
六日にわたる森歩き。
最初こそスローライフに対する激しい思い出し怒りで森を破壊しながら進んでいたが、この頃になるとさすがに気持ちも落ち着いてきたので無益な環境破壊もやめていた。
まあ森に立派な道もできて歩きやすくなったので、まったくの無益というわけでもないのだろうが。
「んー、もうそろそろ森を抜けてもいいと思うんだが……」
続くひたすらの森歩き。
たっぷりとある時間は、主に『悠々自適な生活』というものについて、より具体的なイメージを得るための思索に費やされていた。
しかし――
「うーん、せせこましい人生だったから、悠々自適ってのがいまいちイメージできないな……」
のんびりと、気楽に、のほほんと、穏やかに。
そんな言葉を連ねてみても、実際に悠々自適な生活を送っている自分というものがなかなか思い描けない。
「もし『悠々自適な生活をおくれるようにしてください』ってお願いしていたら、神さまは叶えてくれたかな……?」
いい加減、煮詰まってきてつぶやき――
「――ッ!?」
そこから稲妻のような閃きが発生した。
「そうだ! 猫だ!」
得た、確信を。
猫ほどに悠々自適という言葉が似合う存在もおるまい。
お手本にすべきは、そう、猫なのだ。
「ふふ、悠々自適へ一歩前進だ。となると……そうだな、ここはひとつ心の中に猫を飼ってみるか」
この考えを聞いた者は『貴様はいったい何を言っている? 何故、本物の猫を飼い、そこから学ばないのか!』と憤ることだろう。
理由は単純。
実際に猫を飼ってしまうと、悠々自適が遠のくと俺は実体験から教訓を得ているのだ。
俺がまだ幼気な少年であった頃、腹を空かせた子猫が家に迷い込んで来た。徳の高い少年であった俺は、子猫を哀れに思い餌を与えた。腹が膨れ満足したら去るだろう、そう思った。ところがだ、結局その子猫は天命を迎えるまで出て行かなかった。
その期間、実に21年。
時には天真爛漫に、またある時には傍若無人に振る舞った猫。
あいつは悠々自適な生活を送っていたのだろうが、どういうわけかよく世話をすることになってしまった俺はまったく悠々自適ではなかった。
ともかく、俺は天命のごとき閃きに従い、心に猫を飼うことにした。
神さまは白猫だったので、ここは……まあいいや、よく見知った茶白にしよう。
それから名前は――。
と、考えた時だ。
『――――ッ!』
悲鳴か、それとも雄叫びか。
判断はつけにくいものの、聞こえたのは確かに人の声。
「やっと人がいるところまで来たか!」
イマジナリーニャンニャンは後回し。すぐに駆け出す。
つい一週間前まで自分から現地人と交流をもつ気などまったくなかったのに、我ながら現金なものだ。
やがて声がよく聞こえ、気配を捉えられる位置までやってくる。
と――
「ん? もしかしてお取り込み中か?」
気配は人が三人、それから魔獣が一匹。
声の感じからして、戦闘が行われているようだ。
急いで声のもとへたどりつくと、そこにはしっかりと防具に身を包んだ現地人が三人、それからやたらでかい鼬がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます