第5話

梅雨が開けて、暑い初夏の季節がやってきた。雲ひとつない快晴が続き、外では蝉が鳴いている。

『もう、来ないの?』

下駄箱を開くと靴の上に無地のメモ用紙が置いてあった。主語がなくても、送り主が書いていなくても、誰が何のことを伝えようとしているのかすぐにわかった。

(僕に怒っているんじゃないのか?)

君の行動は僕には理解し難い時が多々ある。


翌日、僕は昼休み屋上へ向かった。彼女は先に来ていた。僕の気配に気がついたのか、振り返って、にっこり笑った。その時だった。

「別に死にたいわけじゃないよ。」

君がそう言ったのは。

(こいつは、何を言っているんだ。)

その後も彼女は怒っている様子もなく、楽しそうに話を続けた。僕は安心した。また、この心地いい場所に戻ってこられて嬉しかった。これは僕の素直な気持ちだろう。


教室に戻っても彼女は普通だった。

ただずっと彼女の事が気になってしまうのは、彼女の少し悲しい顔と、屋上に立つ後ろ姿が頭から離れないからだろうか。

まだ出会って数ヶ月しか経っていないが、彼女のあんな切ない笑顔を見たのは初めてだった。それゆえか、その顔が脳裏に貼り付けている。

(なぜだろう。)

突然、清々しい顔をした彼女の口から放たれた『死』という言葉に動揺しているのだろうか。気になって仕方がない。


翌日もそのまた翌日も、彼女は普通だった。

『死』という言葉に触れることもなく、笑ったり、拗ねたり、表情をコロコロ変えながら、楽しそうに話をしている。

やはり、僕の考えすぎだったかもしれない。特に気に留める必要はなさそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る