第32話 萌花の弟とイケ女が対面するようです
「姉貴が女連れ込んでる」
琉璃は朔良さんを見て開口一番にそう言った。
初対面の人を前にして言うセリフではないが、琉璃の女性不信と突然の来客が合わさったらこうなるのも無理はないのだろうけど。
だからと言って、失礼すぎやしないか?
「琉璃……その言葉はとりあえず聞かなかったことにしますが、初対面の人にはまず挨拶でしょう?」
「え、あ、すまん。えっと、こんにちは」
「こんにちは。海道朔良です」
「俺は小田琉璃って言います。姉がいつもお世話になっております」
私が挨拶を促すと、琉璃はさっきまでの態度とは一変して礼儀正しく挨拶をした。
この変わり身の早さは尊敬に値する。
本当に、挨拶の前に何もなかったかのようだ。
朔良さんはあまり気にしていないようで、「礼儀正しい弟くんだな」との評価をいただいた。
……挨拶の前のセリフを思い出してほしい。
あれは礼儀もなにもあったもんじゃなかっただろう。
「で、琉璃はなんでここにいるんです?」
「なんでとはご挨拶だな。俺は夏休みのニートライフを満喫してんだよ」
「つまりは暇ってことですか」
長く自由な時間が許されている夏休みに勉強している私たちもそうだが、どこかへ遊びに行ったりしない琉璃も異端だなと思う。
琉璃の返答に呆れた表情を向けていると、朔良さんが「まぁまぁ」となだめる。
「どうかな、琉璃くんも混ぜてみんなで勉強会っていうのは?」
「え? いや、悪いですよ。朔良さんは姉貴との約束でうちに来たわけでしょう? 俺なんかが混ざったら迷惑ですよ」
朔良さんの提案に、琉璃は遠慮がちに首を横に振る。
私も、どちらかというと心境的には琉璃に近い。
弟と好きな人に囲まれるのは少し気まずいし、集中して勉強をするということができなくなってしまう。
せっかく朔良さんが私を頼ってくれたのに。
しかし、朔良さんはそれでも引き下がらなかった。
「迷惑だなんてとんでもない。あたしバカだからさ、萌花の説明だけじゃわからないかもしれなくて……琉璃くん頭良さそうだし一緒に見てくれないかな?」
「そういうことなら……」
琉璃はそう言って、私の方を一瞥する。
まるで「本当に入ってもいいのか?」と確認しているようだ。
私は朔良さんの意思を尊重したくて軽く頷いた。
「ほら、琉璃も課題持ってきたらどうですか? 一緒に片付けちゃいましょ」
「へいへい、今持ってくるわ」
そう言って琉璃は部屋に戻っていく。
「ごめんな、萌花。迷惑だったか?」
朔良さんが申し訳なさそうに謝ってきた。
私は慌てて首を振る。
迷惑なんてとんでもない。
むしろ、私こそ朔良さんの善意を無駄にするところだった。
きっと、琉璃が一人じゃ寂しいだろうと思って勉強に誘ったのだろう。
朔良さんは優しいから、琉璃のことを放っておけなかったのだ。
「いえ、全然。彼も喜んでると思うので」
琉璃は女の子と関わるのが苦手だからどちらかというと「なんでこんなことになったんだろう」と嘆いているだろうとは思うが。
どんまい琉璃。強く生きろよ。
「そっか、なら良かったよ」
朔良さんは安心したように笑った。
そんな他愛もない話をしているうちに琉璃が戻ってきた。
手には数学の教科書とノートを持って準備万端のようだ。
「じゃ、始めましょうか」
「ああ!」
「おう」
私の言葉に二人は頷く。
朔良さんは私にわからないところを聞きながらもなんとか進めていき、琉璃は緊張しているのか怖いのか手元が震えながらも必死に勉強に集中しているようだった。
私もどんどん自分の課題が進んでいくことに喜びと達成感を味わっている。
二時間ほど三人で勉強したところで、一旦休憩を挟むことにした。
私は喉が渇いたので一度部屋を出る。
そのままキッチンへ行き、人数分のコップに麦茶を注いで部屋へと戻る。
部屋の前で深呼吸をして心を落ち着かせてから、ドアを開ける。
「戻りまし……た?」
ドアを開けて目に飛び込んできた光景は、意外なものだった。
てっきり朔良さんと琉璃が勉強していると思っていたのに、なんと朔良さんは眠っていてその肩にもたれかかって琉璃がすやすやと寝息を立てているのだ。
思わず固まってしまい、状況を整理しようと部屋を見渡した。
机の上には数学の教科書とノートが開かれたままになっており、朔良さんの前には途中だった課題が残っている。
それにしても、私が麦茶を取りに行っている間二人に何があったのかが気になるところだが……
「琉璃」
私は弟の身体を揺すった。
しかし、起きる気配がない。
「琉璃」
今度は少し強めに揺らしてみる。
それでも、琉璃は起きる気配を見せない。
それどころか、朔良さんとの距離が近くなっているような……
「琉璃」
私は少し乱暴に琉璃の身体を揺すった。
すると、朔良さんが小さく声を漏らした。
「ん……」
やばい、起こしたかもしれない。
でも、このくらいなら大丈夫だと思いたい。
そんなことを考えているうちに朔良さんはうっすらと目を開いた。
寝起きでまだ焦点があっていないのか、ぼんやりとした目で私の顔を見る。
そして、琉璃が隣にいることに気が付くと、その目をだんだん丸くさせていった。
「どうなってんだ!?」
その叫びはこの家全体を震わせた……
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