第19話 旅行に誘われてイケ女への想いが止まらなくなりました

「ねぇねぇ琉璃、朔良さんとの仲が発展したかもしれません! 聞きたいですか? 聞きたいですよね!」

「うっさ……もう少し静かにできねぇもんか?」


 今日もいつも通り学校が終わり帰っている途中、偶然にも同じく帰宅中の琉璃と出会った。

 二人でスーパーに寄り、晩御飯の食材を買い込む。

 もうすっかり慣れた手つきでカゴを持ちながら店内を歩く琉璃だけど、私はその間ずっと興奮気味だった。

 だってやっと進展があったんだから仕方ないよね!


「ほら姉貴も必要なの取ってこいよ。早く済ませたいんだ」

「えー、なにをそんな急いでいるのです?」


 しかし、琉璃がせっかちな性格なのは嫌というほど知っている。

 それに周囲の人々も、なにやら微笑ましい顔つきで私たちを見ているような気がしてしまっているのも事実。

 もしかして私と琉璃が恋人同士だとでも思っているのだろうか。


 それはちょっと困る。

 いや、ちょっとどころではないけども。

 私たちは姉弟で、しかもそれぞれ想い人がいるのだ。

 勘違いされては色々と面倒である。


「いいから早く行ってこい」

「あ、はい……」


 そう言って私はおずおずと店内を歩き出した。

 琉璃にはああ言われたものの、やはり誰かと一緒に買い物をするというのは楽しいものだ。

 一人より二人の方が効率もいいし、話しながらだと時間の経過が早いように感じる。

 その分疲れるのは確かだけれど。


 それにしても、なぜ男女が一緒に行動しているだけでそう見られてしまうのか、不思議でならない。

 もし本当に私が琉璃の恋人ならまだわかるのだが、生憎そういうわけではないのだ。


「あれ……?」


 ふとある商品の前で足を止める。

 それは卵コーナーの隣にあるお菓子売り場の一角。

 そこには小さな子供が大好きそうなチョコ菓子が置かれていた。


「懐かしいなぁ〜……」


 思わず手に取ってしまう。

 昔はよく琉璃とこのお菓子を食べていた。

 まあ、主に食べさせていたのは私の方なのだが。

 それを思い出した途端、なんとも言えない感情に襲われる。

 寂しい気持ちと嬉しい気持ちが入り混じったような不思議な感覚。


 昔はちょっとだけ仲が良かったな、なんて思いながら。

 今でこそ犬猿の仲というか親の仇みたいなバチバチの関係だけれど、小学生くらいまでは普通に接していたし「ねーちゃん」なんて言われて懐かれていた。

 それがどうしてこうなってしまったのか。


「……って、こんなことしてる場合じゃないですね。早く戻らないと怒られてしまいます」


 感傷に浸りそうになったところで我に返る。

 今はそんな場合ではなかった。

 慌ててお菓子を元に戻し、琉璃のもとへ急ぐ。

 すると、何故か彼は棚を眺めたまま立ち止まっていた。


「どうしました? 何か欲しいものでもありました?」

「いや別に。ただ……」


 そこで言葉を切る瑠璃。

 一体何を言いたかったのだろうと首を傾げていると、彼は少し気まずそうに口を開いた。


「これ、前に姉貴が好きだったやつだよなって思って……」

「えっ!?」


 まさか覚えていてくれたとは思わなかった。

 というかそもそも興味がないと思っていたのに。

 驚きを隠せない私を見て琉璃は眉間にシワを寄せた。


「なんだよ、忘れて欲しかったわけ?」

「いえいえ! むしろ覚えてくれていたことに感動してるというか……」

「あっそ……」


 素直に喜びを口にすれば、ぶっきらぼうに答えられる。

 相変わらず照れ隠しなのか不機嫌そうな顔をしているが、ほんのりと耳元が赤く染まっていることに本人は気づいているのだろうか。


 そんなことを考えていると、琉璃が先にレジの方へ歩いて行ってしまう。

 私もその後をついて行き会計を終えると、買ったものを持って店を出た。

 そして珍しく二人で並んで帰る道。


 私は先程の言葉を思い出し、嬉しさで緩みそうになる頬を引き締める。

 私も琉璃のことを散々言うけれど、たった一人の大事な弟であることに変わりはないのだ。

 だからこうして覚えていてくれていることがとても嬉しい。


「なんだ? ニヤニヤしてキモいぞ?」

「失礼な! ……まあ確かに今の私はちょっと……ほんのちょっと気持ち悪いかもしれませんけど!」

「自覚あるのかよ……」


 呆れたような声音で呟く琉璃だけど、その表情はどこか柔らかい。

 やっぱり私たちの関係はまだまだ修復できる余地があると思う。

 あんまり自分から働きかけようとは思わないけど。


 私も琉璃も、想い人やパートナーのことで精一杯なのだ。

 今更関係改善に勤しむよりは、そっちに費やす方がよほど有意義だろう。

 それに、無理をしてまで仲良くしようとは思っていない。

 私たちには私たちなりの距離感というものがあって、それがちょうどいいのだ。


「あ、そうだ姉貴」


 不意に声をかけられて顔を上げる。

 いつの間にか家の前に到着していたようだ。

 琉璃は荷物を持っていない方の手をポケットに入れ、そこから鍵を取り出して玄関を開ける。


「朔良さんとやらの話、面白いから少しくらいなら聞いてやってもいいぜ」


 予想外の言葉に目を見開く。

 朔良さん関連のことで琉璃から歩み寄ってきてくれたことなんてなかったのに。

 これはきっと何か裏がありそうだと思いながらも、それでも嬉しいものは嬉しい。

 思わず笑顔が溢れてしまっていて、私は「覚悟しろよ」と家に入りながら朔良さんとのことを語った。

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