第16話 イケ女との問題を置いて弟の話を聞くようです

「……私としたことが、本心を抑えられないだなんて……」


 朔良さんとのデートが終わった夜。

 私はベッドの上で今日のことを振り返っていた。

 あれから慣れない土地を歩き回ってウィンドウショッピングなどをして楽しんだ。

 そして、二人でお茶を飲んで休憩したりした。

 その時間がとても幸せだった。


 だけど……それと同時に胸が締め付けられるような感覚があった。

 理由はわかっている。

 この関係が間違っていると改めて気付かされたから。


「よっし、気を取り直しまして! 今後はシリアスな雰囲気にならないよう気をつけねば!」


 頬を軽く叩いて喝を入れる。

 これからも楽しい時間はたくさんあるだろう。

 その時にこんなことで悩んでいてはもったいない。

 それに……


「今日一日でかなり進展しましたもんね!」


 私たちはもう友達と言っていいほど親密な仲になったのだ。

 だからきっと大丈夫。

 いつか私の気持ちを伝えてもいい日が来るはず。


「姉貴、入るぞ」

「琉璃? どうしたんですか?」


 軽快なノックの音と共に、ゆっくりとドアが開く。

 入ってきたのはよそよそしい感じで目をキョロキョロさせている琉璃だった。

 普段はこうしてノックしてこないので少し驚いた。

 だが、何か用があるらしいので黙って聞くことにした。


「……姉貴さぁ、なんか悩みでもあるのか?」

「えっ!? なんですか急に……」

「いや……最近元気なさそうだなって思って……あー、話したくないなら別にいいんだけどさ」

「いえ、そんなことはありませんけど……」


 突然の質問だったので戸惑ってしまった。

 しかも、犬猿の仲と言ってもいいほどお互いに干渉しない私たちだ。

 琉璃は頭がおかしくなってしまったのだろうか。


 それとも何か裏があるのだろうか。

 そう疑いたくなってしまうほど珍しいことだった。

 しかし、ここで下手に誤魔化すと怪しまれてしまうかもしれない。

 これでも小さい頃から一緒に過ごしてきたのだ。

 小さな違和感にも気づいてしまうかもしれない。


「……琉璃こそ、なにかあったのですか?」


 なので、ここはあえて聞き返すことにしてみた。

 琉璃が私のことを気にかけるなんて珍しい。

 私たちは普段、自分たちのことにしか興味がない。

 それなのに、姉のことを心配するほど周りが見えているということは……


「べ、べつになんでもねぇよ!」

「あらら〜? 怪しいですね〜」


 明らかに動揺している。

 これは確実に何か隠していることが伺える。

 やはり、琉璃の方でなにか問題があったようだ。

 だが、それを簡単に話すとは到底思えない。


「ちっ、まあでも? どうしてもって言うなら話してやってもいいけど?」

「あ、話したいんですね」

「うるせぇ!」


 顔を真っ赤にして怒る琉璃。

 図星をつかれたからなのか、ただ単に恥ずかしかっただけなのか。

 どちらにせよ、癪なことに可愛いと思ってしまった私がいた。


「……実は、あいつと喧嘩しちまって」

「あいつって……前に家に来ていたあの子ですか?」


 こくりと小さくうなずく琉璃。

 なるほど、それで悩んでいたのか。

 確かにそれは深刻である。

 もしこのまま疎遠になってしまうようなことになったりしたら……


 出来る限り助けたいと思ってはいるが、この問題は私が口出しできるものではない。

 なぜなら、私は部外者だからだ。

 こういう時は当事者同士で解決するしかない。

 第三者が首を突っ込むべきではないのだ。


「その……喧嘩の理由はなんなのですか?」


 なので、ひとまず原因を探ることから始めた。

 理由がわからなければ対処しようもないからだ。

 すると、琉璃は少し困ったように眉を寄せたあと、ぽつりと呟いた。


「……で、揉めた」

「はい? なんて?」


 あまりにも小声すぎて聞こえなかったので、もう一度言ってほしい旨を告げたが反応はない。

 ただ俯いているだけだった。

 だが、耳まで赤く染まっているところを見ると、かなり言いにくいことなのだろう。


「だ、だからっ! する時どっちが上になるかで揉めたんだよっ!」

「……は?」


 私は耳を疑った。

 今なんて言ったのだろう。

 この変態は。


「えっと……つまりどういうことですか?」

「……察しろ」

「無理ですよ!?」


 いくら私でも……というか、普通に私ならばこの発言の意味くらいわかる。

 だけど、まさか琉璃の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 こちらから茶化すことはあれど、琉璃からそういう系の単語が出てきたことはない。

 琉璃もなかなかの変態ではあるが、言葉でそれを出すことはないから。


 というか、ふーん……二人の仲はもうそこまで進んでいるらしい。

 だけど、この問題で揉めたということは、まだ最後までしていない可能性もある。

 これからに期待、というところか。


「…………」

「な、なんだよ」


 じっと見つめると、居心地悪そうにする琉璃。


「いえ、別に?」

「あー! もう! 姉貴にこんな話するんじゃなかった!」

「それは私もそう思います」


 そんな話をされても、私も詳しいわけではないし過去にそれで揉めたこともない。

 というか、そういうのってそんなに大事なのか?

 よくわからないが、一刻も早く仲直りができることを願うばかりだ。

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