第9話 萌花の妄想はよくわからない方向へ飛んでいきました

 寝すぎてだるくなった身体を起こす。

 夏休みに入ってから、こうしてのんびり過ごせる日が多くてありがたい。

 ただ一つ問題があるとすれば――


「……おい、なにしがみついてんだよ」

「えへへぇ、朔良さんあったかくてやわらかくて落ち着きますねぇ」

「暑いだろ、離れろよ」

「えー? 私は暑くないので大丈夫ですよ?」

「いや、あたしが暑いんだよ……」


 休みの日だと、萌花がベタベタくっついてきてなかなか離れてくれなくて困る。

 なんか色々なところ揉んでくるし。

 まあそれよりも、寝すぎてだるい。

 長く寝ても疲れが取れるわけではないということみたいだ。


「はぁ……それより、今日は祭りあるんだっけか……」

「えっ! 朔良さん、私を祭りに連れていってくれるんですか!?」

「そんなことは言ってない」

「もーっ! 朔良さんはいつも冷たいんですからぁ!」


 そう、今日は地元でやっている小さなお祭りの日。

 小さい頃は楽しくてはしゃぎ回っていたけど、今となっては人混みがウザくて行く気が起きない。

 純粋な子どもの頃に戻りたいという思いも少しだけあるけども。


「もういいから離れてくれ」


 無理やり萌花を引き剥がし、ベッドから下りる。

 さて、今日はなにをしようか。


「あ、今日も私がご飯作りますね」

「……おう、お願いするわ」

「はーい!」


 萌花は実に嬉しそうにスキップしながら台所へ向かう。

 元気なことだ。

 あたしはそれを羨ましそうに、微笑ましそうに見つめる。

 それが、悪夢の始まりであることに気づかずに――


「朔良さん。今日はお祭りということで、お祭り気分を味わえるようなラインナップを取り揃えてみました!」

「……いや、普通にあっさりめのご飯作って欲しかったな……」


 木製のテーブルの上には、これでもかというほど焼きそばやたこ焼きやクレープやらが並べられている。

 こんなに作って食べ切れるのだろうか。

 いや、ツッコミどころはそこじゃない。

 なんでお祭りに合わせて朝ごはんを作ったのか。

 いくらお祭りの日だからと言えども、これはやりすぎな気がする。というかおかしい。


「……お気に召しませんか?」

「え、だから普通のご飯作って欲しかっただけなんだが……」

「いいから食べてください……! 一生懸命作ったので……!」

「うーん、わかったよ……」


 萌花の押しが強くて、あたしは折れてしまった。

 しかし、よく見るとチョコバナナやポン菓子のようなものなどもあり、朝ごはんに出されても違和感がさほどないであろう……と思うものも混ざっている。

 これならばなんとかなりそうだ。


「えっと、じゃあ、いただきます……」

「はーい」


 それにしても、萌花は本当に料理がうまい。

 家庭的で顔が整っていておまけに巨乳とくると、かなり男子ウケはいいだろう。

 ちょっと天然で空回りするところもあるが、そこもまた心を掴まれてしまうようだった。

 金色のストレートなところも、なんというか、魅力がある。


 対して、あたしはガサツでなんの取り柄もないような女だ。

 特に特筆すべきものはなにもない。

 強いて言うなら、茶髪ポニーテールでスポーツが得意というところだろうか。

 いや、別にこんなことなんの自慢にもならないな。


「ど、どうですか? 美味しいですか?」

「えっ? あ、あぁ、もちろん。ほんと料理がうまくて憧れるなーって……」

「えへへ、嬉しいです。もっと作っちゃいますね!」

「もうこれ以上は……やめてく、れ……」


 萌花の本気とも冗談とも取れない言葉を笑って釘を刺そうとしたら、突如身体が熱くなった。


「なっ……」

「ふぅ、やっと効果出てくれましたか……」


 なにが起きたのか。

 意識が朦朧としてきて、なにも考えられない。

 でも、いつもより少し低めの萌花の声が聴こえて、なにかを混入された可能性があることだけはわかった。

 あたしのことが好きな萌花のことだから、殺したりはしないと思うが……思った以上にヤンデレだったらかなりやばい。


「あ、安心してくださいね。ただの媚薬ですので」

「……はぁ!?」

「これで朔良さんは身体がむずむずして、私にすがるしかなくなるんです。よだれを垂らしながら、はしたなく腰を振っちゃう雌犬さんに……うふふふ……」


 ――やばい。逃げなきゃ。でも、どうやって?

 この異常なまでの身体の熱さと動悸は、媚薬による症状に違いない。

 時間が立てば、媚薬の効果もだんだんなくなってくるだろう。


 そう考えたあたしは、椅子から立ち上がって逃げようとする。

 リビングを出て廊下を走り、玄関のドアまでたどり着いた。

 もうあとは外に出たら人目もあるし、えっちなことはしてこないだろう。


 ――そんな呑気なことを考えていたあたしが馬鹿だった。


「朔良さん……どこ行くんですか?」

「ひゃうっ!」


 もう外に出たのに、萌花が後ろからぎゅぅっと抱きしめてくる。

 媚薬の効果で感度がよくなっていたあたしは、それだけで声を上げてしまった。

 萌花の吐息が背中にかかり、背筋がゾワゾワする。


「朔良さん……逃がしませんよ……?」

「ふぅっ……やっ……」


 萌花が身体中まさぐってきて、立っていられないほどになった。

 こんなふうに外でするなんて間違っている。誰かに見られたら人生が終わってしまう。萌花の鋭い眼光が怖くて逃げられない。

 それなのに、どうして――


「うふふ、大好きです。朔良さん」


 ――こんなにも、幸せだと思っているのだろう。

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