【発売記念】ラセルの母。ルキソルの最愛の人(前編)

本日『劣等職の最強賢者』単行本2巻が発売されました。

それを祝しまして、外伝を書きました。楽しんでいただければ幸いです。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 これは【村人】に転生し、ラセル・シン・スタークと名付けられ、後に六大職業魔法のすべてを収める賢者――その7歳の時の話である。





 ある日、俺はスターク男爵家にある本を読んでいた。

 粗方、【速読】の魔法で読んで内容は頭に入っているが、時々こうしてゆっくりとページをめくり、復習をしている。

 意外と見落としや、新たな発見があったりするからだ。


 そして、それが今日だったらしい。


 パラパラとめくっていると、ページとページが貼り付いているのを見つける。


 俺は慎重にページを剥がすと、出てきたのは、手の平よりも少し大きな絵画だった。


 絵画といっても、【学者プロフェッサー】による【自動書記】で書かれたもので、かなり精緻なものだ。


 そこには3人の家族らしきものが移っている。

 椅子に座った母親が生まれたばかりの赤ん坊を抱き、その横に父親らしき男が立っていた。


 母親と赤ん坊には見覚えがないが、男の方には覚えがあった。


「これ、ルキソルか?」


 思わず父親の名前を呼んでしまう。

 間違いない。顔の骨格、髪と瞳の色。

 我が父ルキソル・シン・スタークだ。


 それにしても、今と全然変わらない。

 この時はまだ騎士団長をやっていただろうから、多少筋肉がついているがな。


「ということは横にいるのは……」


 ラセルの母親、そして抱かれているのは察するに、ラセル自身――つまり、俺だろう。


 そう言えば、妹のシーラの話もルキソルから聞いたことがないが、母親の話も聞いたことがない。


 シーラを生んですぐに亡くなったとは聞いた。

 そのためラセルの記憶の仲にも、おぼろげにしかない。

 何か理由があるのだろうか。

 あまりいい母親ではなかった、とか。


 思えば、母親の形見のようなものもないし、それとわかる肖像画などは1枚も屋敷に飾られていない。

 考えてみれば、母親の顔を見たのも、この絵画が初めてだ。


 ふむ。少し気になるなあ。


 俺は思い切って夕食時に尋ねてみた。


「父上、1つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「ん? 珍しいな。ラセルが私に質問など。いいぞ。どんな質問でもドンッと来たまえ」


「では、母上のことですが……」


 ガチャンッ!


 すると、突然ルキソルは立ち上がった。

 すでに空になっている食器を手早くまとめると、流しに置く。


「あ、あの……。父上?」


「ラセル……」


「は、はい」


「その話はまた今度でいいか? 最近ポルンガとの剣術修業でかなり疲れていてな」


「は、はあ……」


「というわけで、先に寝る。お前も早く寝ろ。明日は朝練の日だからな」


 俺を指差し、忠告すると自分の私室へと戻っていってしまった。


 な、なんだ、あの態度は……。


 やはりルキソルとその妻との間に何かあったのか。



 ◆◇◆◇◆



 次の日のルキソルはいつも通りだった。

 『ラセル復讐同盟』の盟友ポルンガとともに、朝から汗を流している。

 随分鍛え上げられただけあって、ポルンガの動きはかなりマシになってきた。

 ルキソルの六大職業魔法は【戦士ウォーリア】。ポルンガも【戦士ウォーリア】だから、ルキソルとして指導しやすかったのだろう。


 その様子をぼんやり眺めていると、スターク領の領民が慌てて駆け込んできた。


「ルキソルさん、大変だ! 西の森に魔物が出た!!」


「西の森?」


 珍しいな。

 西の森は比較的魔物が少ない地域のはず。滅多に魔物が出ないはずだ。


「かなりの大物だ。猟師の話じゃ、コングベアじゃないかって……」


 コングベアか。

 厄介だな。

 特に癖はないが、全体的に基礎能力が高く、イッカクタイガーと同じCランクの魔物だ。

 熊を簡単にねじ切る能力と、馬よりも速く動けるのが特徴。

 目を付けられたら最後、地の果てまで追いかけてくる執念深さも持つ。


「どうする、ルキソルさん? 討伐隊を組織して……あっ! ルキソルさん!!」


 突如、ルキソルは飛び出した。


「領民を安全な場所に避難させてくれ。コングベアは私1人でどうにかする!?」


「1人でって……。いくらあんたでもコングベアを単独なんて」


 領民の制止を聞かず、ついにルキソルは西の森に消えてしまった。


 どうしたんだ、ルキソルのヤツ?


 いつも魔物が出ても、的確に指示を出して、領民の命を最優先にするのに。

 あんなスタンドプレーをする人間ではない。


 昨日の母親についての反応といい。

 どうもおかしいな。


「さっ! ラセル坊ちゃん、避難しましょう」


 領民たちはひとまず非戦闘員を避難させることに決めたらしい。

 俺とポルンガは、避難所となったスターク家の屋敷に戻るよう促された。


「あ。そうだ。木こりのおじさん、今日は西の森でお仕事するって言ってたよ」


「え? そうなのかい?」


「僕、木こりのおじさんと仲がいいから知らせてくるよ」


「あ! ちょっと! 坊ちゃん!!」


「大丈夫! すぐ戻ってくるから」


 俺は軽く手を振り、ルキソルの足跡を追った。



 ◆◇◆◇◆



 今は初春――。

 里の雪は溶けてしまったが、森の中にはまだ雪が残っていた。

 おかげでルキソルの足跡を辿るのは用意だ。


「おかしいな」


 魔物を討伐するというなら、周りを見て立ち止まったと思われる形跡が残るはず。

 実際、コングベアが通ったと思われる痕を見つけたが、ルキソルがそれに気づいた様子はない。


 一心不乱に森の向こうへ走っている。

 そんな感じだった。


「コングベアも気になるが、まずはルキソルと合流することが重要だな」


 俺は一旦屋敷に戻って、持ってきた弓と矢を背にして、ひたすらルキソルの後を追った。


 すると、獣臭が濃くなる。


『ぐおおおおおおおおおおおお!!』


 森を震わせるような叫び声が上がった。さらにドドドドドッという激しいドラミングが聞こえる。


 コングベアだ。


 最悪なことにルキソルがつけた足跡の先から聞こえた。

 微かにだが、剣戟の音が耳朶を打つ。

 どうやら、すでに戦闘に入っているらしい。


 現地に辿り着くと、思った通りだ。

 ルキソルvsコングベアの戦いが始まっていた。




~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


後編は明日更新です。

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