第19話 賢者、領地を離れる

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 ヴァーラルの試験もクリアし、レムゼンを説得した。

 こうして俺は晴れて冒険者学校を受験することが許された。


 教官であるヴァーラルからいわせれば、十分入校する力があるらしい。

 だが、レムゼンは大反対した。

 個人的な試験と冒険者学校の入試は違うという。

 やはり、まだ納得していないようだ。

 方法が方法だけに仕方ないが、この後またちょっかいを出してくるかもしれない。


 ま――。その時はその時だ。

 また恥を掻かせてやろう。


 やがて俺の方も準備が整い、晴れて今日冒険者学校にある王都に旅立つことになった。


 王都までは領地を往来している行商人の馬車に乗せてもらうことになった。

 すでに俺の旅立ちの日を知る領民達は、馬車を囲み、総出で見送りに来ていた。

 1人ずつ握手をし、涙する者もいた。

 その中には、子供の頃にラセルをいじめていた人間も含まれる。

 だが、今――俺を【村人】と馬鹿にする人間はいなかった。


 俺は何も6年間、ただ強さを求め、鍛えていたわけではない。


 ちゃんと職業としての【村人】の仕事も全うしていた。

 鍬や鋤に魔法を付与し、農作業の効率化を進め、【合成】を使い、旱魃や冷害に強い農作物を開発した。

 牛や馬、あるいは植物などが早熟する肥料を作ったり、領地の人間に自分の力を還元してきた。


 その成果もあって、赤字と黒字を行ったり来たりしていたスターク領は、周辺の諸侯も驚くほど発展を遂げたのだ。


 だが、1番大きいのは、たとえ【村人】だとしても、6大魔法職業の人間と変わらない効率を生み出すことに成功したことだろう。

 俺と同じように、領地ではうだつの上がらなかった【村人】の顔も、どこか活き活きとしていた。


 皆が俺の別れを惜しんでいた。

 【村人】の村の村長や助けた娘、アリサやその母親、マーナレが見送りに来てくれた。

 アリサや子供たちは、俺にたくさんの花輪を送ってくれた。

 「ラセルお兄ちゃん、また帰ってきてね」と成長したアリサに涙ながらにいわれると、俺は少し泣きそうになった。


 そして父――ルキソルも、その1人だ。


「気持ち良く送り出したいと思っていたが、いざ別れの時となると名残惜しいものだな」


「今生の別れというわけではありませんよ、父上。神聖祭と国祖祭には、長期の休暇を取れるそうですから、戻ってきます。必ず」


「ふふ……。もう受かった気でいるのか?」


「ダメですか?」


 俺はニヤリと笑う。

 ルキソルは肩を竦めた。


「お前なら問題なかろう。体調には気をつけよ。いくらお前でも、力を出し切れなければ、わからぬぞ」


「気を付けます」


「あと、前々からいっていることではあるが……」


「はい。俺の妹のことですね」


 そう――。

 ラセル・シン・スタークには、1歳違いの妹がいる。

 しかし、ずっと俺の生活の中に、彼女が現れなかったのは、単純に屋敷にいなかったからだ。


 俺の妹シーラ・シン・スタークは、今から向かう王都にいる。


 【村人】の俺とは違い、妹の職業は【魔導士ウィザード】。

 6大魔法職業の中でも、最強といわれる職業だ。

 俺もかつては【魔導士ウィザード】だった。

 その有用性は十分理解している。

 スキルポイントを獲得出来れば、遠く離れた場所から指定した範囲を殲滅できる魔法まで存在する。


 その職業1騎だけで、1個の兵器だといってもいい。

 6大魔法職業の中でも、別格の存在だった。


 出生率は、【村人】が50%に対して、【魔導士ウィザード】は1%を切る。

 言うまでもなくレア。

 冒険者としても国の一戦力としても、重宝される職業だった。


 特にシーラの素質の高さは、子供のレベルを超えていたらしい。

 そのため3歳の時に、国にスカウトされ、王都の軍事学校の初等部に通うことになったという。


 まだ3つの子供を、国に供出しなければならない。

 ルキソルは忸怩たる思いだったという。

 しかし、スターク家はまがりなりにも貴族だ。

 国の要請というならば、従うしかなかった。


「シーラは父を恨んでいるだろう」


 ルキソルは寂しそうな表情を浮かべる

 何度か妹の話は聞いていたが、決まって同じ台詞を呟いた。


 軍の学校は全寮制とはいえ、神聖祭と国祖祭には長期の休みが取れるようになっている。


 しかし、シーラは1度もスターク領に帰ってこなかった。


「大丈夫ですよ、父上」


「ん?」


「シーラはそんな弱い人間じゃありません。きっと何か事情があると思います」


「我が子に励まされるとはな……。お前は完全に私の上をいったようだ」


「まだまだですよ」


「謙遜するな。……ラセル、シーラのことを頼む」


「はい。その前に、試験に受からないといけませんけどね」


「わかっているならいい。まずは自分の事をしっかりしなさい」


 2回、父は肩を叩く。

 手が震えているような気がした。

 泣くのを、ぐっと堪えているようだ。


 土と鉄の匂いがする。

 これが父親の匂いというものなのだろう。

 俺はそっと父の手を掴まえ、目一杯吸い込んだ。


「行ってきます、父上」


「うむ! 行ってこい! そしてお前自身を世界に証明してこい!」


 俺は手を振り、馬車に乗り込んだ。

 幌もない空の荷台に乗り込む。

 行商人が老馬に鞭を打った。

 ゆっくりと、木の車輪が回り始める。


 俺は大きく手を振った。

 ルキソルも含めた領民全員が、手を振り、応じた。


 滲んだ涙を拭う。

 自分に渦巻いた感情に、俺は戸惑っていた。

 胸が熱い。

 これが人の温かさというヤツか……。


 今までの転生では、俺は常に1人だった。

 1人自分の強さを極め続けていた。

 人の付き合いなど、強さには不要だと思っていたから、極力避けてきた。

 弟子はとったことはあったが、それもまた強くなるため、人材というだけだった。


 しかし、スターク領で経験したことは違う。

 確かに強くなるための発見があった。

 だが、それ以上に何か得たものがあったような気がする。


 その1つがおそらく、正体不明の“熱さ”なのだろう。


 領地が見えなくなり、俺は前方を望む。

 すると、木の陰に人が立っていた。

 本人は隠れているつもりなのだろう。

 やや横に広い大腹が、木の幹からはみ出ていた。


 止めてくれ、と指示を出すと、行商人は従った。


「ボルンガ、俺がいない間、領地を頼むぞ」


 俺はただそれだけ言って、また馬車を走らせるようにいった。


 大きなお腹がぴくりと動く。

 馬車が通り過ぎた瞬間、不意打ちのように声が響き渡った。


「うっせぇ! 俺も絶対冒険者学校に入学してやる! それまでせいぜい首を洗って待ってろ! ラセルの馬鹿野郎!!」


 街道に大声が広がった。


 馬鹿野郎って……。

 清々しいぐらい負け犬の台詞だな。

 でも……。


 悪くない。


 まあ、期待はしていないが……。

 あいつが来るまで、首だけは洗って待っててやろう。

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