第9話 賢者、成長する!

本日ニコニコ漫画でコミカライズ最新話更新されました!

是非読んで下さいm(_ _)m


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 1年が経った……。

 俺は日々成長していた。

 貧相だった胸板は、1.5倍ほど厚くなった。

 枯れ木のようだった腕にも、筋肉が付き、目に見えて太くなっている。

 背も高くなり、体重も増えた。


 村の中を歩くだけで、領民が「おっ」と視線を向けるほど、ラセル・シン・スタークは変わっていた。


 毎日の筋力トレーニングが功を奏した形だ。

 最近では農作業も、魔法を使わずこなせるようになった。


 筋力や体格だけではない。

 体内に蓄積できる魔力量、その逆の放出量も多くなった。

 この辺りは感覚でしか感じないが、おそらくD級の【魔導士ウィザード】並ぐらいになっているはずだ。


 いつも通り、農地へ行こうとする。

 領民の会話が耳朶を振るわせた。


「去年1年は過ごしやすかったなあ」


「ああ……。魔獣も出なかったし。人死にが出なくてよかった」


 魔獣が出ないのは、当たり前だ。

 森に入ってきた魔獣を、俺が片っ端から倒しているからな。

 おかげで順調に、実戦経験を積めている。


 どうやら300年の間、魔獣個体数は減少傾向にあるらしい。

 昔は森に入れば、ゴブリンやスライムに溢れていたものだ。

 しかし、今ではそれすら見つけるのが困難な状況になっている。


 魔獣が減少している理由としては、魔力の元となる魔素マナの不足だろう。


 若干だが、昔のガルベールと比べると、大気中に含まれる魔素量が少なくなっている。

 魔獣にとって、魔素は人間でいうところの空気だ。

 それが減少傾向にあるということは、ヤツらにとっては死活問題になる。

 イッカクタイガーの体躯が、俺が知るよりも小さかったり、地中の魔力量が少なかったのも、そのせいだろう。


 これが魔族の滅亡と関係があるのかは不明だ。

 しかし、あいつらは魔素を利用した魔導技術に長けていた。

 無関係ということはないだろう。


 俺としても困った問題だ。

 スキルポイントが一向にたまらない。

 こればかりは、魔獣を倒して稼ぐしかないからだ。

 だが、低級魔獣から得られるポイントは、雀の涙。

 この1年色々あって、1万あったスキルポイントは、空になっていた。


 今のままでは万能職とは言いがたい。

 スキルを得ることができなければ、宝の持ち腐れだ。


 ポイント獲得は、直近の課題だった。

 が……。

 俺はすでに最適解を見つけだしていた。


 農作業が終わる。

 俺はすぐさま森へと入っていった。

 深く、ひたすら深く森の奥へと走って行く。

 地元の狩人すら踏み込まないほど、奥地まで来ると、足を止めた。


 目の前に現れたのは、洞穴だ。

 おそらく領民も知らないだろう。


 中は真っ暗だ。

 視界は悪く、静まり返っている。

 蝙蝠の声すら聞こえてこなかった。

 ただ獣臭と、ひやりとした冷たさが、俺の肌を舐めた。


 【探索者シーカー】の【明光】の魔法を起動する。

 魔法の明かりは、たちまち周囲を明るく照らした。

 滑りやすい足場を、慣れた動きで進んでいく。

 やがて現れたのは、結界だった。


 俺が張ったものだ。


 それをくぐり抜けた先……。

 現れたのは、魔獣だった。

 頭に鋭い角を持った虎。

 1年前、俺が屠ったイッカクタイガーと同種だ。


 それが3体……。


 暗い洞窟の中で寝そべり、低い寝息を立てていた。


 俺はわざと物音を立てる。

 1匹のイッカクタイガーが起き上がった。

 鋭い咆吼を上げる。

 すると、残りの2匹も起き上がり、俺を見て、威嚇した。


 魔獣の前で軽く準備体操をする。


 【筋量強化】、さらに【鍛冶師ブラックスミス】の魔法――【硬質化】を起動する。

 握った拳が鋼のように硬くなった。


 もう弓矢は卒業した。

 こいつらの相手は、この拳だけで十分だ。


「さあ、今日の実戦訓練を始めようか、ポチ68号、67号、69号」


 イッカクタイガーをナンバーで呼ぶ。


 【明光】の明かりに照らされ、俺と3体のイッカクタイガーは対峙した。


 魔獣たちはじりじりと詰め寄ってくる。

 野生の勘というヤツだろう。

 見た目はどう見ても子供。

 なのに、イッカクタイガーは明らかに警戒していた。


 魔獣が俺の強さを認めている。

 それは歓迎すべきことだが、少々じれったい。


 俺から行かせてもらうぞ……。


 【魔導士ウィザード】の【突風】を足の裏で起動させる。

 爆発的な推進力を持って俺は飛び出した。

 さらに【戦士ウォーリア】の【体幹強化】で、体勢を安定させる。


 一気に魔獣の懐に潜り込んだ。


「がうっ……!」


 イッカクタイガーが驚いていた。

 無理もない。

 全く視界に入らなかったのだろう。

 魔獣には、俺が消えたように見えたはずだ。


「がああああああああああああ!!!!」


 慌てて爪を振り上げる。


 反応したが遅い。

 俺がイッカクタイガーの懐に潜行した時には、攻撃の準備は出来ていた。

 キュッと魔法を起動する。

 【突風】を足の裏で全力起動した。

 それに合わせるように、弓のように引き絞った右拳を天井に向かって解き放つ。


 ごふっ!!


 鈍い音が響いた。

 子供の小さな手が、魔獣の頭蓋を割った音だ。

 口や鼻から血がほとばしる。

 割れた顎骨が、脳髄を貫いていた。

 白目を剥き、イッカクタイガーはどおと倒れる。


 一撃……。


 かつて遠距離戦でしか勝てなかった相手に、近接戦しかも素手で打ち倒していた。


 俺は気を緩めない。

 まだ2体いる。

 俺の眼光は、倒れた魔獣ではなく、残りの魔獣に向けられていた。


 2体は明らかに猛っていた。

 仲間を殺された恨みを吐き出すように、吠え立てる。

 虎柄の毛を、針のように逆立たせた。


 1匹が爪を立てて襲いかかってくる。


 その軌道を確実に見切った。

 爪の先端をギリギリでかわす。

 誘い込むと側面へと回った。


 手を体毛に押し当てる。


 魔力を込めた。


「ぐごごごごおおおおおおおお!!」


 イッカクタイガーは悶絶する。

 突然、目、鼻、口から炎を吐き出した。

 一気に絶命へと追い込まれる


 【魔導士ウィザード】の【初炎】。

 初級の魔法で、本来イッカクタイガーの毛を燃やすこともできないほど、弱い。

 だが、俺は接近することによって、魔法を魔獣の体内で起動させた。


 遠距離戦を主とする【魔導士ウィザード】では、一生かかっても思いつかない戦法だ。


 残りは1体……。

 ポチ67号だ。


 67号は怯むかと思ったが、魔獣の戦意は落ちていない。

 爪を立て、牙を剥きだし、俺に飛びかかってきた。


「良い子だ……」


 にやりと笑う。

 魔獣の爪、あるいは牙、角の攻撃をかわす。

 俺は魔獣と交錯するたびに、拳を突き入れた。

 サンドバッグ状態だ。

 灰色の毛が、血に濡れ、真っ青に染まっていく。

 それでも、最後までイッカクタイガーは倒れなかった。


 虫の息になっても、俺の方に鋭い眼光を浴びせてくる。


 頃合いだろう。


 俺は手を掲げた。

 【聖職者クレリック】の魔法――【安眠】を起動する。

 文字通り、相手を眠らせる魔法。

 ただ【睡眠】と違って、この魔法には自動回復が付与されている。


 ポチ67号の瞼が閉じていく。

 ドスッと凄い音を立てて、眠りについた。

 借りて来た猫のように大人しくなる。


 スキルポイントが付与される。

 2体合わせて、120pt。

 少ないように見えるかもしれないが、スライムやゴブリンが持つおよそ100倍の量だ。


 2匹のイッカクタイガーを倒し、1匹を戦意喪失させた。

 実戦訓練はこれで終わるかといえば、そうではない。


 俺は眠ったイッカクタイガーの背中に手を置く。

 【安眠】によって、すでに完全回復していた。


 魔法を起動する。

 【鍛冶師ブラックスミス】の【複製】。

 手を置いた対象を複製するための高等魔法だ。

 この魔法を覚えるだけで、1万ptあったスキルポイントの大半を失ってしまった。


 だが、その恩恵はデカい。


 本来、武具などを複製する魔法だ。

 が、この魔法が魔獣を複製できることを知らない者は多い。

 まあ、好き好んで魔獣を複製する人間など、俺ぐらいなものだろうがな。


 俺は2体のイッカクタイガーを複製し、今日の訓練は終えた。


 【複製】は対象が大きい程、魔力を使う。

 現状で、イッカクタイガーの大きさがギリギリだ。


 甲斐はあった。

 この方法で俺は、取り逃していた初級魔法をすべて獲得した。

 たかが初級魔法というが、俺の年齢でそのすべてを修めることは、ほぼ不可能だ。


 そもそも7才児が、イッカクタイガーを素手で倒していることが異常だろう。


 だが、この後の中級、上級はさらにポイントがいる。

 イッカクタイガーでは、かなり効率が悪い。


 その問題を解決する最適解が必要だ。

 そして、すでに俺はその問題クリアしていた。



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カクヨムに新作読切短編を投稿しました。

「勇者のいきつけ」という作品です。

こちらも読んでいただけると嬉しいです。

レビューも何卒よろしくお願いします。

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