第6話 なれの果て
「以前クバルカ中佐から聞いたんですが『不死人』て……中佐達もたしか……」
そう言って誠はランを見つめる。
「その名の通り不老不死。年をとることも死ぬことも出来ない半端な生き物さ。多くは法術適正が高いから暴走すればその部屋の兄ちゃんと同じようになっても不思議じゃねー」
ランは笑った。その笑いには誠でも明らかに虚勢が見てとれた。
「いつまでも若いままなんでしょ?良いことじゃないの」
そう言って見せたアメリアだが、にらむようなランの視線に黙り込む。
「この中の人にはもう理性も何もないんですわ。ただ壊したいと言う衝動があるだけ。鉛の壁に覆われて干渉空間も展開できず、かといって餓死も自殺も出来ない……」
茜の言葉はあまりにも残酷に中のかつて人だった存在に向けられていた。
「じゃあ、僕も……」
「おい!ラーナ!」
かなめがそう言うと一人端末をいじっていたラーナに詰め寄る。小柄なラーナが跳ね上がるようにして目をかなめに向ける。
「テメエなんで今まで黙ってた!知ってたんだろ?なあ!力を使えばいずれこいつも……」
怒鳴りつけてくるかなめにラーナは驚いたように瞬きをする。その様子を静かに茜は見つめている。
「それは心配する必要は無いですわ。神前曹長の検体の調査では細胞の劣化は見られていますし、あの忌まわしい黒い霧……『瘴気』を出すような能力は持ち合わせていないですもの……うちではお父様とクバルカ中佐、それに……」
茜の冷たい声にかなめはラーナから手を振りほどく。
「これは、確かに他言無用だな。まあ誰も信じる話とは思えないが」
カウラはそう言うと複雑な表情の誠の肩に手を乗せた。
「でも、百歩譲ってそれが遼州人の法術の力だとして、なんで今までばれなかったの?まあこの部屋をのぞいて不死身っていえる存在があるのは分かったけど、こんな人間があっちこっち歩き回っているならいろいろと問題が出てくるはずでしょ?」
落ち着いたアメリアの声に誠もかなめも、そしてカウラも気がついた。
「情報統制だけってわけでもねえよな。アタシも非正規部隊にいたころには噂はあったが実物がこういう風に囲われてるっていう話は聞いたことねえぞ」
かなめの言葉に誠もうなづく。東和軍の士官候補生養成過程でも聞かなかった『不死人』の存在。
「ぶっちゃけて言うとだな。まず数がすげー少ないんだ。数億分の一。ほとんどいないと言っても過言ではねー割合だ……それと『ビックブラザー』の存在がある」
「『ビックブラザー』……東和を支配する謎の指導者……」
誠はランの言葉で久しぶりにこの遼州の主の名を思い出した。
「そうだ。報道管制どころか完全に記録を捏造して隠し続けてきたわけだ……どうやらそれのボロも出始めたみたいだがな」
ランはそう言ってどこか悲しげにほほ笑んだ。
「まあ『ビックブラザー』はいいとしてだ。その数億分の一がごろごろ東和に転がっているわけか?しかも、どうせこの化け物も湾岸地区でみつかったって落ちだろ?明らかに誰かの作為がある、そう茜が思っていなきゃアタシ等はここには連れてこられなかったんだろ?」
そう言って皮肉めいた笑顔で茜を見つめるかなめがいた。
「正解。お姉さまさすがですわね」
わざとらしく手を叩いて褒めてくる茜をかなめはうんざりしたような表情で見つめた。
「このかつて人間だった方は租界の元自治警察の警察官をされていた方ですの。その人が四ヶ月前に勤めていた自治警察の寮から消えて、先月大川掘の堤で発見されたときにはこうなっていた」
茜の言葉に再び誠は鉛の壁の中ののぞき穴に目をやった。
「これも僕のせいなんですか?」
足が震える、声も震えている。誠はそのまますがるような目つきで茜を見た。
「いつかは表に出る話だった、そう思いましょうよ、神前曹長。力があってもそれを引き出す人がいなければ眠っていた。確かにそうですけど今となってはどこの政府、非政府の武力を持つ組織も十分に法術の運用を行うに足る情報を掴んでしまった。そうなることは神前曹長の力が表に出たときからわかっていたことですわ。でももう隠し通すには遼州と地球の関係は深くなりすぎました……『ビックブラザー』もその点は分かって今は我々の自由にさせている……悔しいけどそれが事実ですわね」
そう言って茜は誠の手に握られた剣を触る。
「そして、やはりこの剣に神前さんの力が注がれた。多分この中の方のわずかな理性もその剣で終わりがほしいと願っているはずですわ。だからそれで……」
「力?確かに手が熱くなったのは事実ですけど」
誠はじっと手にしている剣を見る。地球で鍛えられた名刀『バスバの剣』。その名は渡されたときに司法局実働部隊隊長嵯峨惟基に知らされていた。
「法術は単に本人の能力だけで発動するものではありませんの。発動する場所、それを増幅するシステム、他にも触媒になるものがあればさらに効果的に発現しますわ」
そう言ってラーナの手にした端末のモニターを全員に見せる。
「たとえば叔父貴の腰の人斬り包丁か? 確かに憲兵隊時代に斬ったゲリラの数は驚異的だからな……元々日本刀なんざ十人斬れば人の油で切れ味が落ちるもんだそれを……」
かなめの言うとおり相変わらず画面を広げているラーナの端末には刀の映像が映っていた。そこには嵯峨の帯剣『
「でもなんでだ?遼州人の力なんだろ?法術は。叔父貴のダンビラは日本製だぞ。なんで遼州人の力が地球の刀を触媒に……」
「かなめさん」
文句を言おうとしたかなめを茜が生暖かい視線で見つめている。
「地球人がこの星に入植を開始したころには、遼州の文明は衰退して鉄すら作ることが出来ない文明に退化してましたのよ。今でも遼南の一部で信仰されている遼南精霊信仰では文明を悪と捉えていることはご存知ですわよね」
まるで歴史の教師のように茜は丁寧に言葉を選んで話す。自然とかなめはうなづいていた。
「当然、法術の力がいかに危険かと言うことも私達遼州人の祖先は知っていて、それを使わない生き方を選んだというのが最近の研究の成果として報告されていますわ。その結果、力の有無は忘れられていくことになった。これも当然ご存知でしょ?」
茜の皮肉にかなめはタレ目を引きつらせる。
「つまり誰かが神前の活躍を耳にしてそれまでの基礎研究段階だった法術の発現に関する人体実験でも行っている。そう言いたい訳か」
カウラの言葉に茜は大きくうなづいた。かなめはそんな様子に少しばかり自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
「しかもこれだけ証拠が見つかっているわけだ。機密の管理については素人……いや、わざとばら撒いたのかもしれねえな。『俺達は法術の研究をしている。しかも大国がそれまでつぎ込んだ莫大な予算と時間が馬鹿馬鹿しくなるほどお手軽に。もし出来るなら見つけてみろ』って言いてえんだろうな。いや、もしかするとどこかの政府がお手軽な研究施設を作って面白がっているのかねえ」
かなめの言葉がさらに場を沈ませる。
「いいですか?」
これまで黙り込んでいたサラが手を上げた。意外な人物の言葉に茜が驚いたような顔をしている。
「これ凄くひどいことだと思うんです。そんな言葉で表すことが出来ないかもしれませんけど……。私やアメリアは作られた……戦うために作られた存在ですけど、今はこうして平和に暮らしているんです。元々遼州の先住民の『リャオ』の人達は戦いを終わらせるために文明を捨てた、そう聞いています。でもこれじゃあ何のために文明を捨てて野に帰ったのか分からないじゃないですか」
「これからは出てくるのさ、こう言う犠牲者が。実験する連中から見ればまるでおもちゃ。しかも出来が悪ければ捨てられる。おもちゃ以下というところか?」
隣でサラの肩に手を置いた島田がそう吐き捨てるように言った。この中では遺伝的には誠と島田がほぼ純血に近い遼州の先住民族『リャオ』だった。
「そうですわね。一刻も早くこれらのきっかけを作った組織を炙り出さないといけませんわ。そのために皆さんにご覧いただいたんですもの」
そう言ってみた茜だが、隣に明らかに冷めた顔をしているかなめとアメリアを見て静かに二人が何を話すのかを待った。
「だから、この人数で何をするんだ?確かに湾岸地区から租界。治安は最低、警察も疎開の駐留軍もショバ争いでまじめに仕事をするつもりなんてねえ。こう言う怪しい研究をするのにはぴったりの場所だ。加えて元々ある土地は細かく張り巡らされた水路があって逃げるには好都合だ。最近の再開発では町工場は壊滅して地上げの対象でほとんどの建造物ががら空きで人の目も無い、さらに租界は自治警察の解体と同盟軍の直轄当地でなんとか治安は回復したがそれでもあそこ魔都であることに変わりはねえ」
かなめはそう言って再び先ほどののぞき窓に向かう。
「今回は私もかなめちゃんと同意見ね。確かに逃げられる公算は高いけど東都警察の人的資源を生かしてのローラー作戦が一番効率的よ。相手が公的機関ならなおさら表ざたになるのは避けるでしょうからこの研究を少しでも遅らせることくらいは出来るでしょうし……いっそのこと『ビックブラザー』に『情報ちょうだい』って言ってみたら?きっと宇宙と交信して教えてくれるわよ」
アメリアがふざけて答える。その様を一人壁際で腕を組んで眺めていたランが眺めていた。
「まー普通の意見だな。アタシもこれまで出た情報だけから判断すればクラウゼの論に賛成だ。それでもなあ……」
ランはそう言うと誠を見つめた。
「僕が何か?」
見つめられた誠はただランの意図が読めずに立ち尽くすだけだった。
誠は何も言葉にできずに立ち尽くしていた。黙り込む誠達を見てランは難しそうな顔をして話を切り出した。
「これから話すことはアタシの憶測だ。かなり希望的要素があるからはじめに断っとく」
見た目はどう見ても小学校低学年の女の子のようなランが極めて慎重な物言いをするのに違和感を感じながら誠はランがラーナの端末に手を伸ばすのを見ていた。
「そもそもこの法術暴走を人為的に繰り返している組織が東和で行動を始める必要がどこにあったのか。アタシはまずそこを考えたわけだ」
そういうと再び言葉を選ぶように黙り込む。小さな腕を胸の前に組んで考え込むラン。
「どこの組織も管理していないと言うことならベルルカン大陸の失敗国家のレアメタルの廃鉱山や麻薬の精製基地なんかでやるのが一番だ。利権だの国際法規だの、人体実験マニアをとっ捕まえるのに障害になることは山ほどある……何より『ビックブラザー』の監視から逃れることができる……良いことずくめだ」
ラーナの手元のモニターにベルルカン大陸が映る。先日のバルキスタン事変でも同盟軍の治安維持行動をめぐり西モスレムと東和が同盟会議で非難の応酬を繰り広げるようになったことは、その同盟軍の切り札として動いた誠にもベルルカンに介入することがいかに難しいかを感じさせていた。
「それに手っ取り早くデモンストレーションをするならはじめから覚醒している人材を使えば良いだろうな。誠に突っかかったアロハの男。東和でアタシ等に挑戦するように法術のマルチタスクを見せ付けた奴、そしてバルキスタンでなぜか誠を助けた炎熱系法術に長けた術師」
そこまで言うと再びランは深呼吸をした。緊張が誠を黙らせている。ランは言葉を続ける。
「アタシ等に喧嘩を売るってことなら例の連中みたいに完成された法術師をぶつけるのが一番手っ取りばえーよ。でもこの事件では法術を実用的に使えるような人物は表には出てきてねーわけだ」
そこまで言ってランは頭を掻きながら誠を見つめた。
「つまり今の段階ではこの組織……まあアタシはある程度のでかい組織が動いていると見ているんだがね。その組織の連中には正直そこまでの技術はねーだろうな。確かに実験のラインには乗らなかった規格外品だとしても、司法執行機関も馬鹿じゃねーからな。そう遠からず手は後ろに回るわけだ。だがばれたとしてもすでに十分成果を挙げている……それかばれても問題を握りつぶせるようなお偉いさんがつるんでいる……なんて状況を考えちまうんだよ」
そう言ってランは頭を掻く。
「現在の彼等の技術ではこれまで私達を襲撃したような法術師は作り出せない……以前神前を襲った法術師のグループとは別の組織が動いていると?」
カウラはいつにない強い調子でランに迫る。
「でも、つながりがねえとは思えないな。どちらも活動開始時期が誠の法術の使用を全宇宙に中継したころから動き出したわけだ。しかもこの東和を中心に動いている。バルキスタンの件も司法局実働部隊の活動を監視していたって事は東和の地と無関係とは思えないしな」
かなめの指摘に誠もうなづく。
「となると、アメリア。さっきお前さんが言ったローラー作戦は危険だぞ。研究の成果がばれてもいいとなれば自棄になった連中が虎の子のより完成度の高い人工的に作られた法術師が動くことになるだろーな。対応する装備の無い所轄の捜査官に相当な被害が出ることも考えなきゃいけねーや」
そう言ってランはこの事件の捜査責任者である茜を見上げた。
「そうですわね。とりあえず捜査方針については同盟司法局で再考いたしますわ。それと、誠さんにはしていただきたいことがあってここに来ていただきましたの」
茜は真剣な視線を誠に投げた。そしてその意味が分かったと言うようにかなめとカウラ、そしてアメリアが沈痛な面持ちで誠を見つめる。誠はその目を見てそしてランが見つめている誠の剣を握りなおした。
「このかつて人だった人に休んでもらうって事ですか?僕の剣で」
搾り出すように誠がそう言うと彼女達は一斉にうなづいた。
「え!それって……どうして?この人だって……」
驚いたようにサラが叫ぶ。
「無理ですわ。もうこの人の大脳は血流も無く壊死して腐りかけてますの。それがただたんぱく質の塊のような状態で再生するだけ、ただ未だに機能している小脳で痛みと苦しみを感じるだけの存在になってしまった。数週間後には再生すら出来なくなって全身が腐り始める」
その茜の言葉にサラは反論を止めて黙り込むしか無かった。
「僕に、人殺しをしろと?」
「馬鹿言うんじゃねー。こいつを休ませてやれってことだ。こいつを苦しみから、痛みから救ってやれるのは『法術師』だけだ。そしてそれがオメーの司法局実働部隊での役目なんだ」
ランの言葉に誠は剣を眺めた。黒い漆で覆われた剣の鞘。誠はそれを見つめた後、視線を茜に向けた。
「やります!やらせてください!」
誠に迷いは無かった。
「いいのね」
確認するような茜の声に誠はうなづく。
「止めろとは言えないか」
カウラがつぶやく。アメリアは黙って誠の剣を見つめていた。
「俺は何も言える立場じゃないけどさ。やると決めたんだ、全力を尽くせよ」
島田に肩を叩かれて誠は我に返った。しかし、先ほどの決意は勢いに任せた強がりでないことは自分の手に力が入っていることから分かっていた。
静かに誠は手にした『バスバの剣』を抜いた、鞘から出た刃は銀色の光を放って静かに揺れている。
「それじゃあ、ラーナさん。部屋を開放、神前曹長には中に入ってもらいます」
茜の言葉でラーナは端末のキーボードを叩き始めた。二つの部屋の中ほどに人が入れる通路が開いた。
「そこから入ってくれますか?指示はアタシが出しますんで」
ラーナの言葉を聞いて誠はその鉛の色が鈍く光る壁面の間に出来た通路に入っていった。
膨れ上がった眼球が誠の恐怖をさらに煽る。だがもはやそれは形が眼球の形をしているだけ、もうすでに見るということなどできる代物ではなく、ただ誠の恐怖をあおる程度の役にしか立たない代物だった。
『神前曹長!狙うのは延髄っす!そこに剣を突き立てて干渉空間を展開たのんます!神経中枢のアストラル係数を反転させれば再生は止まるっす!』
ラーナの言葉を聞いて誠は剣を正眼に構える。突きを繰り出せるように左足を下げてじりじりと間合いをつめる。
しばらくして飛び出した眼球が誠を捉えたように見えた。その人だった怪物は誠の気配を感じたのか、不気味なうなり声を上げる。次の瞬間、その生物からの強力な空間操作による衝撃波が誠を襲う。だが誠もそれは覚悟の上で、そのまま一気に剣を化け物の口に突きたてた。
「ウギェーヤー!」
喉元に突き立つ刀。化け物から血しぶきが上がった。誠の服を血が赤く染め上げていく。しばらく目の前の化け物はもだえ苦しんでいるように暴れた。突きたてた誠はそのまま刀を通して法術を展開させる。
『こ・レデ・・やす・める』
脳裏にそんな言葉が響いたように感じた。誠の体をすぐに黒い霧が化け物を包む。もがく化け物の四肢が次第に力を失って……。
そんな目の前の光景を見ながら同じように誠も意識を失っていった。
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