出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン

城戸圭一郎

第一話 赤色「攻撃と対立」

第1節


「ということで、よろしいでしょうか?」

 その男は、ホワイトボードマーカーのキャップを閉めつつ、問いかけた。男の前には、パイプ椅子に腰掛けたまま唖然とする三人がいる。

「よろしいもなにも、もう決まっちゃったんですよね」

「いえいえ、みなさんの同意がなければ決まりません」

「私らに、反対する権利はあるんですか?」

「んー」

 男は顎に手を当てて、二秒だけ考えた。

「ないですね」

「ですよね」

「ではこれで決まりってことで、よろしいでしょうか?」

「はい」

「ありとうございます。全員の同意が得られましたので、今日からみなさんは『中間管理職戦隊ジェントルマン』として、治安維持の任務についていただきます」

 男は赤色のマーカーを手に取り、ホワイトボードにそれを大書きした。白衣の裾が、腕の動きに合わせて揺れている。

「では、コードネームなんですけど、なにか希望はありますか?」

「あの、希望を聞いていただけるんですか?」

 男は、やはり顎に手を当てた。

「ダメですね」

「ですよね」

「ではこちらで決めさせていただきます。事前アンケートに記入してくださった好きな居酒屋メニューから。松永さんは『アゲダシドウフ』、横島さんは『トリカワポンズ』、城之内さんは『ナンコツ』でいきたいと思います。では只今をもって新生ジェントルマン誕生です!」

 拍手したのは男だけだった。

「あの」

「なんでしょう。トリカワポンズ」

「新生ってことは、前にも誰かが?」

「その質問は却下」

「あ、すいません」

「あの」

「なんでしょう。ナンコツ」

「なにかと戦うんですか?」

 男は片頬だけで笑った。それとほぼ時を同じくして、モニターを凝視していた助手が叫ぶ。

「博士。エスエナジーの濃度が上昇中です。中心は港区赤坂」

 男の視線は足元に向いた。前髪が垂れ、三人からはその表情はうかがい知れないが、両方の口角があがっているように見えた。

「そうか。このタイミングとは。まぁ、悪くない」

 男は髪をかきあげ、助手を顧みた。

「千堂くん。具現化まではどれくらいだ? 推測でいい」

「このペースだと、七分以内かと」

「そうか」

 ふたたび顔を三人に向ける。眼鏡のレンズが蛍光灯を反射して、男の視線を隠してしまっていた。

「では、これから皆さんを転送します」

「て、転送?」

「諸々の説明をするつもりでしたが、こうなっては仕方ありません。実戦で、学んでいただきましょう」

 男の背後で、天井にとどくほどの巨大な水槽が、その色を変えた。湛えられていた透明な液体は、またたく間に赤に変化していく。

「さぁ、衝撃に備えて」

 男の犬歯は、異常に白かった。


つづく

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