第86話  グライムに教えられる 6

 一方その頃、建設現場入口。

 十数人のチンピラを相手に奮闘する平家。

 しかし、そこへ次々と押し寄せる見知らぬ人ストレンジャーの増援。

 勝と文哉が乗り込んだ倉庫以外にも一応配置されていた集団がぞろぞろと集まってきていた。


「野上の人脈だけで、こんな人数集めたってのか? にわかに信じ難い話だな」


 平家の足元に転がる気を失ったチンピラ達が十数人。

 ヤクザに辿り着いた平家の人生でも、ここまでの孤軍奮闘は初のことだ。

 茶髪のオールバックは乱れ、額からは血が垂れる。

 濃緑の上着は脱ぎ捨て、白いワイシャツは飛んだ血と蹴られた靴跡で汚れていた。

 これだけの数を相手にすると、殴る拳も無事では済まない。

 手の甲はすっかり紫色に腫れ上がり、殴るのもいちいち痛いのだが、だからといって蹴りで済ませばいいのかと言えば脚もいい加減上げるのに疲れがきていた。


 疲れで僅かに鈍くなった反応と動き。

 それを嗅ぎつける増援組。

 平家の正面に二人、息の合わない個々の動き。

 平家は若干遅れながらもその二人には反応が出来た。

 先に手を振りかざす黒髪ツーブロックの攻撃を捌き、もう一方の赤髪ソフトモヒカンの妨害をする。

 しかし、それは囮であった。

 平家の正面に立つ二人に隠れ、死角から回り込む小柄な影。

 低い姿勢で側面からの奇襲、手に持つナイフが自動照明の明かりを反射させる。


「オイ、平家!  なんだもう疲れてやがんのか!?」


 身体を震わせるほどの突然の大声に、その場にいたチンピラ達は一瞬身じろぎしてしまう。

 その一瞬が、平家を救う。

 わざとらしい叱咤激励、自分の危機を知らせる相棒の言葉。

 平家は側面の小柄なチンピラの首元に手刀を振り落とした。

 ナイフよりも速い、意識を切り落とす一振り。


「来んのが遅いんじゃねぇか、馬宮!」


 平家は振り向かず、後ろから駆けつけたであろう相棒を呼ぶ。

 ドタドタと、足音が二つ。

 平家の正面に立つチンピラ二人の視線が僅かにそちらに向いたのを見るや、平家は歯を食いしばり大きく踏み込み二人の顔面を手で掴んだ。

 ベアクロー、と呼ばれる顔面鷲掴みは痛手を追った両手では長く維持出来なかったが、押し退けるのには十分だった。


「オイオイ、暴れたりねぇって電話したのに独り占めしてんじゃねぇよ」


 馬宮はそう言いながら、駆けつけた勢いそのままに平家が押し退けたチンピラの一人、赤髪にタックルをかます。

 ぶつかられた赤髪が勢いよくぶっ飛ばされ、他のチンピラ達を巻き込み派手に倒れていく。


「平家さん、だっけ? 疲れてんなら、交代といこうか? こちとら病院帰りで、休憩は十分だからね」


 駆けつけた足音のもう一人――邦子は平家の返事を聞くことなく前へと出ていく。

 平家に押し退けられたもう一方、黒髪の方への追撃と言わんばかりに飛び上がり、華麗で豪快なドロップキック。

 黒髪チンピラは、口から唾液を吐き出しながらありえない程の勢いで吹っ飛ばされ、それにぶつかったチンピラ達を巻き込んでいく。


「オイ、テメェら後からやって来て人の見せ場かっさらって行くんじゃねぇよ」


 悪態をつきながらも、うんざりするほど続く窮地から抜け出せたことに安堵する平家。

 一息つきながら、ようやっと自分の負傷具合を確認していく。

 拳、脚、腹、顔面。

 痛む場所は多いけれど、もう戦えないという訳では無い。


 嬉々として暴れ始める邦子と馬宮。

 ヤクザはともかくプロ目指してるレスラーが喧嘩沙汰はどうかと、平家はツッコミを入れるか悩んだが言って止まる人物では無いのはここに来てしまった以上、わかりきった話だった。

 とりあえずもう好きに暴れさせるかと、二人のことはともかく状況把握だと、平家が一歩下がってチンピラ集団の様子を窺っていると、何やら後ろの方で呻き声が聞こえだした。


 うっ、などと小さな呻き声は次第に、うわぁっ、という悲鳴に変わる。

 平家が悲鳴の聞こえる方を見やると、集団の最後方に頭二つ三つ大きな男の姿がのそのそと迫り来るのが見えた。


 体格の良さでは自負のある平家から見ても巨人だと思ってしまう、長身のロシア人。

 白銀のような輝くモヒカンを揺らし、壁の様な筋肉の塊は千鳥足で、チンピラ集団を強引に押し退けながら近づいてくる。

 押し退ける、いや殴り飛ばすの方がより正確だろう。

 敵味方の分別もつかないほど、酒に酔っ払ったロシア人――ティホンは何やらブツブツと呟きながら誰彼構わず殴り飛ばしていく。


「なんかヤベェヤツが来てないか、平家」


 異変に気づいたチンピラ達の動きが止まり、馬宮も攻撃の手を止める。

 せっかくの隙だがそこに気を取られていると、この後襲い来る異変に対応が遅れると判断した。

 それは邦子も同じようで、邦子も攻撃の手を止める。


「ああ、アレが佐山のニィチャンが昨日戦ったらしい、ロシア人の大男だろうな」


 マジかよあのニィチャン、と平家は先程まで助手席で身体を休めていた勝のボロボロ具合を、改めて理解する。

 遠目に見えるティホンについた顔面の傷を、あの若い男がつけたのだとしたら大したもんだと言ってやりたいと思ってしまった。


「アカイ、オトコ、コロス」


 だんだんと明瞭に聞こえてくるティホンの呟き。

 つけ狙われてるのかよ、と平家は勝の不幸を苦笑した。

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