第83話 グライムに教えられる 3

 大きな建物の一階入り口、受付となるその広間は奥に横幅のあるカウンターが設置されていた。

 入ってすぐのところに二基のエレベーターがあったが、階層表示が点灯してないところからして動いてないのだと文哉は判断した。

 カウンター横の通路に、駅の改札口のように機械が数台並んでいて、それが従業員の出退勤の記録装置代りとなるのだろう。

 つまり侵入路としてはそこからになるのだが、そこまでを簡単には行かせてくれないのは誰に言われなくてもわかっていたことで、案の定入り口広間には大勢のチンピラが待ち構えていた。


「本気で何十人いんだよ、薬の売人ってよぉ」


「隣の市とか近くの街から集まったってだけじゃ都合つかないぐらいいやがるな。佐山、なんか聞いてないのか、あの、ほら、平家さん、だったか、千代田組のオッサンによ」


「何かって、何よ?」


「あー、だから、アレだよほら、隣の市には実は数十人規模の薬売買のグループがあって、それが吸収されたとか、そういう辻褄合いそうな話?」


 文哉にそう問われ、勝は何か思い当たらないかと記憶を探るが、平家にも遊川にもそんな話を聞いた覚えはなかった。

 そもそも薬の売人グループってのは目立つのを拒むため、数十人規模で同じ場所に集まったりしないのが大体だ。

 大きなグループほど、個々は散り散りとなって活動してるものだ。


「無いよ、無い。平田さんは、あー、商店街自警団だっけか、そんなのやってたなら、話入ってこなかったの?」


 建設現場入り口からの数歩間での自己紹介。

 交わした情報は少ないものの、身の潔白を説明するために出したワードは互いに半信半疑ながら納得できるものであった。

 文哉は元自警団、勝は薬の売人狩り。

 互いにイカれたことをやっている、自分のことを棚にあげることのできないというそんな納得の仕方。


「自警団だからな、街の危険を脅かしそうなヤツらなら情報はいってきてたけど、こっちまで来ないって判断したところまでは詳しく調べてなかったな。あ、ほら、あの青髪と黄髪とかは知ってるぜ、確か六丁目の──」


 そうやって文哉が指差すと、その青髪と黄髪の二人組が、ああ!?、と前に出てきた。

 相変わらず金属バットを手に持っていて、給料がわりに支給でもされてるのかと勝は笑ってしまう。


「何笑ってやがんだ、テメェこら! わかった、すぐ殺してやんよぉ!」


 吠える青髪。

 二日続けて散々チンピラに脅し文句を言われ続け、勝にはその言葉は右から左へと流れていく。

 金属バットを振り上げ、吠え、駆け寄る青髪。

 勝は二歩踏み込むと、潜り込むように大きく前屈みになる。

 駆ける青髪、視線は前に落ちる勝の頭を追う。

 狙うは脳天直撃、スイカ割りのように頭を粉々に弾けさせる。

 あと一歩、渾身の降り下ろしまであと一歩。

 そう躍起になる青髪は仲間の警告も、眼前に近づく影にも気付けずにいた。


 青髪の駆ける勢いを利用するように、置いていく左パンチ。

 頭の動きに注意を払わせ、振りかぶりを見させないステルスブロー。

 拳で殴られるというよりも、壁にぶつかったような衝撃を受けて青髪は顎を跳ね上げて仰向けに倒れた。


「まず、一人。あと、何人だ?」


 手を払い、倒れた青髪の顔を踏みつけ気絶させる勝。

 やり過ぎるのは好きではないが、また起き上がられるのは勘弁だった。

 一人一撃、そんな低カロリーな戦いが続ければ楽な話はない。


「言うなよ、佐山。数を考えたら本当に気が滅入ってくる」


 建設現場入り口と、この建物の入り口。

 このたった二つの場所で、既に合計三十人は越えてるだろう。

 何階建てだか外から見て判断つかないが、この建物を登るうえで、各階層に待ち構えてるとなった場合、あと何十人相手取る話になるのだろうか?

 嫌な算数問題だ。


「オイ、もう止めとけ、お前ら。俺達が用があるのはお前らじゃねぇ。俺達を相手にしても痛い思いをするだけ、何の得もねぇ。お前らの相手は、警察お巡りさんだ、大人しくして捕まっとけ」


 文哉が両手を広げ、チンピラ達を煽る。

 勝の一撃で二の足を踏んでいたチンピラ達が、警察と言われ自棄になって突っ込んでくる。


「煽るねー、平田さん」


 集団が一斉に動く。

 人の壁が迫ってくる、圧迫感。

 冷静になられて、手に持つそれぞれの武器を投げつけられるのを避ける為の策だと、勝はすぐに理解した。

 十数本の金属バットを一斉にぶん投げてこられたら無傷では済まないのは、誰しもがわかることなのだが、冷静さを欠くとどうしても殴り合いに持ち込みたくなるようだ。

 集団の喧嘩慣れしているんだろうな、と勝は感心した。


 近づいてくる、無闇に振りかぶる一辺倒なチンピラ達が近づいてくる。

 武器を持つ強気、集団の強気、飛びかかって見せる変化球という強気、一歩引いて仲間を餌に隙を狙う強気。

 その数ある強気、ことごとくを勝と文哉は冷静に叩きのめしていく。

 あるいは殴り、あるいは蹴り、あるいは投げて。

 乱雑に、ぶっきらぼうに、飽き飽きしながら、二人はチンピラ達を叩きのめしていった。

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