第78話 聞いてガラージュ見てガラージュ 10

「俺も大概ボロボロになっちまってるが、アンタも無傷ってわけじゃぁねぇよな。ヤるなら互いに壊れるまでだぜ、良いのかよ若頭?」


 左手は潰され、右手は折り曲げられ、英雄の蛇は気合のみで動かしている。

 動かす度に激痛が走る。


「互いに壊れるまで? 違ぇな、テメェがただ壊れてくだけさ」


 英雄自慢の石頭で遊川の左足は潰れたはずだったが、痛みをものともしないその胆力が足下に数人のチンピラを転がしている。


「──と、本来なら落し前をここで付けるとこだが、俺も歳を食った」


 遊川はそう言うと、差していた指を下げ、深く息を吐きながら前髪をかき上げる。

 あぁ?、と問う英雄を余所に、遊川は胸ポケットから煙草を取り出し口に咥える。

 ゆっくりとした着火、ゆったりと紫煙を吐き出す。


「若いヤツの因縁ってのは応援したくなるもんだ。例え、仕事敵だろうとな。梅吉うめよし、テメェの相手はそこのニイチャンだ。だから今は・・・・・・行け」


 遊川はそう言って背後にあるバンを親指で差した。

 乗っていけ、と言わんばかりに道を譲る。


「泳がせてつける可能性ってのを疑っても?」


「必要ねぇ、テメェらの拠点なら目星は付いてる。ここに来る前に、俺はに探りを入れてたとこだ」


 遊川が五丁目と強調して言うことに対して、英雄は何かを察して舌打ちを鳴らす。


「俺がつけなきゃならん落し前は、そこにこともわかってる」


「落とし前ねぇ・・・・・・」


「昨日、千代田組ウチもんが二人頭を弾かれて殺された。まぁ、テメェも知ってる話だろうが。その二人の内の一人、沼田ってヤツにはフロント企業の一つを任せていてな。サボりがちなんで集金の時ぐらいしか顔を出していないようなヤツだったが」


 沼田ぬまたねい

 金色のパンチパーマに紫のスーツ。

 先の尖った靴を好んで履いていて、この暴対法時代には悪目立ちする男。

 海外ドラマにハマっているとかで、シノギの管理どころか事務所の朝礼にも出ないサボり魔。


「そのフロント企業ってのが、建設業者でな。五丁目にも今度、大手物流会社の新物流倉庫を建てるってデカイ稼ぎがあるところだったんだ。だが死んじまったんでな、昨日付けで近しい弟分に一時的に引き継がせた」


 紫煙が揺れる。

 とっとと乗れよ、と遊川は顎を動かして英雄の乗車を促すが、英雄は続きを話せとじっと睨み待つ。


「昨日からテメェらが本格的に動き始めたんでな、やさ探しに組員を散らばした。持ち場の報告はきっちり上げろと指示したはずだが、俺が五丁目に行ったときにの姿は見えなかった」


「ハッ、小賢しいことをやる割にすぐ下手打ちやがる」


「殺られた組員は沼田と、神田かんだ喜一きいち。まだ入ったばかりでな、組員でも顔を知らないヤツが多いくらいの若いヤツだ。梅吉、テメェも知らねぇんじゃねぇか?」


 遊川に問われ、英雄は一瞬考えたあと、ああ、と答えた。

 金髪のソフトモヒカンで、揉み上げから顎まで髭を伸ばしている男。

 そこらにいるチンピラの量産型。

 案の定チンピラ上がりで千代田組に入り、千代田組での実入りが少ない為、組が禁止しているクスリ販売にも手を出していた男。


「神田はきっと、昨日米倉ビルの入口の見張り役にでも呼ばれたんだろう。神田の教育もに任せてたからな」


「足がつくことばかりじゃねぇか」


「わざとだろうな、辿り着かせる為の仕掛けだ。心底舐めてやがる、俺のことを。組のことを」


 紫煙が強く吹かれる。

 溜め息のように、深く吐き出される。


「二人の頭を弾いたのは、野上のがみ花康はなやす。沼田の弟分が、テメェら見知らぬ人ストレンジャーの裏で糸引いてる男なんだろ?」


 首もとまで伸びた茶髪に、赤いパーカー。

 身なりを整えるほどの稼ぎをまだ得ていない三下。


「流石は若頭、ご明察。ってところか」


 ハッ、と響く笑い声を吐き捨て、英雄は漸くバンへと歩み出す。


「さっき出ていったパトカーもやさに使ってる工事中の倉庫に向かってる。決着はそこで、ってことでいいか若頭カシラぁ?」


「確認を取るまでもねぇ、もうそう動いてんだよ、千代田組こっちはよぉ」


 遊川を横切る英雄、揺れる紫煙。

 英雄はそのままバンに乗り込むと、すぐにバンを走らせた。


「さてと・・・・・・」


 遊川はバンが走り去っていくのを目で追いかけると、一服吸ってから、俯せに倒れる井上の近くに寄る。


「起きれるか、ニイチャン?」


「・・・・・・梅は長男なんです」


 俯せのまま掠れた声でそう言う井上に、あ?、と問う遊川。

 お構いなしに井上は、たどたどしく言葉を続ける。


「・・・・・・同い年なんですけど、アイツは喧嘩が強くてそれでいて頭も回るヤツで、オレも瑛太も兄貴分みたいに慕ってました。オレなんかは身体も気も小さくて、三人の中で一番弟みたいに扱われてて──」


「何の話か知らねぇが、アシがねぇんだ。組員に持ってこさせるには時間がかかる。車があるなら貸してくれねぇか、ニイチャン?」


 話を遮られた井上はゆっくりと身体を起こし、ズボンのポケットから車のキーを取り出す。


「オレの車です。だけど、貸すには条件がある。オレは兄貴分を、弟として止めなきゃならない。・・・・・・オレも連れてってください」


 突き出す車のキーと拳。

 条件を飲まないなら貸さないという、意地。


「あ? 何言ってやがる──ニイチャン、テメェは運転役だ。さっさと車、回してこい」


 遊川は紫煙を吐くと、ニヤリと嗤った。

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