第74話 聞いてガラージュ見てガラージュ 6
名前を呼ばれ井上は、力の入りきらない身体を奮い立たせ起き上がる。
強打した左胸がヒリヒリと痛む。
車の音に視線を向けると、英雄の背後、警察署の出入り口からパトカーが一台。
運転席には作業服の男、助手席に一連の騒動の重要人物、怯えた目で誰かを見つめる女子高生。
その視線の先は──。
「佐山っ、いい加減に立てっ! テメェが始めた、尻拭いだろうがぁっ!」
意識を飛ばしたのは一瞬、遊川はすぐに気を取り戻して状況の悪化を把握する。
パトカーが出たということは、若菜の防衛は失敗に終わったのだ。
すぐに止めなければならないが、自分の目の前にはまだ厄介な奴が立ち塞がっている。
うつ伏せになっていた勝は、歯を食い縛りアスファルトを拳で殴ると気合いだけでその満身創痍の身体を起き上がらせる。
「クソがあっっ!!」
全身に走る痛みに抗うように、跳び跳ねるように立ち上がる勝。
舌打ちをし、勝を食い止めようと手を伸ばす英雄を、井上の体当たりが邪魔をする。
「若さんの発破が効いたかっ、
「うるさいっ! そんなことより梅っ、お前っ──」
井上の視界に入ったパトカーの後部座席に座る人物、金髪の男にナイフを押し当てられた女子高生。
「村山愛依さんは、安堂さんの娘さんだぞ! あの家族までお前の暴走に巻き込むつもりかぁっ、梅っっ!!」
英雄の襟首を掴み怒鳴る井上。
「な、」
何でその名前が出てくる、英雄の頭にその疑問が浮かび、背後を過ぎ去ろうとするパトカーに視線をやる。
後部座席に知らない顔の女子高生。
森川八重の知り合いが運悪く巻き込まれたぐらいなら、街全体を巻き込む計画だ、致し方なかっただろう。
だけどその名前が絡むなら、瑛太の家族が絡むなら話は大きく変わってくる。
「あの家族を巻き込むっていうなら、お前の暴走に瑛太の家族をまた傷つけるっていうなら、俺は絶対にお前を止めてやる。何が何でも絶対だっ!!」
井上の手に力が入る。
襟首を捻り絞め、英雄の呼吸を阻害する。
振り絞る怒り。
壊そうと暴れる力を捩じ伏せる為の、護る為の怒り。
怒りを押しつけるように伸ばす腕。
そして、瞬時に引き戻し、手は英雄の襟首と右腕を掴む。
前後の揺さぶりに抗おうとする英雄、その注意が井上の手に向いた瞬間。
井上の足が、英雄の足を刈り、英雄のその長身が宙に浮く。
大外刈。
地面に叩きつけられる英雄。
受け身を取れる余裕もなく、硬いアスファルトに頭を強く打ちつけた。
パトカーが出ていく。
森川っ、と勝は名前を呼ぶが、それで止まるわけもなく加速していく。
荒々しい運転で近寄る勝へ車体をぶつけんとするパトカー。
一瞬の警戒に距離を空けられ、パトカーは車道へと飛び出す。
走って追いかけれるか、と勝はその辛うじて立っている身体に鞭を打とうと腹を括っていると、そこへ──。
「
平家が車をUターンさせてやってきた。
運転席の窓から身を乗り出して、遊川の指示を仰ぐ。
遊川は何事かを考え込んでいたようで、一瞬反応が遅れたがすぐに平家に答える。
「佐山を乗せて、あの車を追いかけろ、平家! 俺は後で行く」
倒れる英雄を、遊川はクイッと動かした顎で差す。
「わかりましたっ。さぁ乗れっ、ニイチャン!」
開かれた助手席側のドアに、倒れ込むように乗り込む勝。
行くぞ、と平家は一言告げて、アクセルを踏み込んだ。
警察署前だが、車の運転のルールを気にしてる余裕は無い。
前方を随分先に行ったパトカーを、強引な追い越しで追跡していく。
「・・・・・・安堂さんか。なるほどな」
井上が腕を絞めて膝で身体を押さえつける英雄の顔を、見下ろす遊川。
「ハッ、気になるかよ、流石によぉ。アンタが轢き殺したんだからなぁ、安堂瑛太をよぉ」
蛇のような鋭い目つきで遊川を睨む英雄。
テメェも標的なんだよ、と訴えかける。
英雄の言葉に、遊川は辛そうに目を細める。
「・・・・・・言いたいことがあるなら、署の中でだ、梅」
「そりゃ、早計だぜ、
右腕を掴まれ、手首は捻られている。
英雄の身体は、井上の体重を乗せた膝で押さえつけられている。
だが、それがどうしたというのか。
手の甲の破れた左手──潰れた蛇を動かす。
瞬時に反応した遊川の踏みつけを避ける。
出来ることは叩くのみ、押さえつける井上を払い除けるのみ。
蛇が井上にぶつかる。
掴まれた右腕、捻られた手首がゴキッと嫌な音を立て、手首から先があらぬ方向に曲がる。
激痛を歯を食い縛り耐える英雄。
左半身を起き上がらせて、井上を払い除ける。
ぶつけた蛇でそのまま井上を地面に押さえつけ、右腕を解放する。
「俺は、俺は復讐をやり遂げる! もう始めちまったんだ、全部を巻き込んでぶち壊す、アイツの墓に誓って、始めたんだ!! もう止めることはできないし、止めるつもりもねぇ!!」
吠える英雄。
立ち上がろうとするその顔面めがけ、蹴りが一つ。
それを正面から頭突きで受ける英雄。
「例え、アンタでもな、遊川さんよぉ!」
左手を潰された返し。
威力と威力のぶつかり合い。
英雄の頭突きは、遊川の左足を叩き潰した。
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