第72話 聞いてガラージュ見てガラージュ 4

「──ハッ、何がもう若くないだ。はしゃいでんじゃねぇか、若さんあのオッサンよぉ!」


 英雄が背後へと視線をやると、八重たちを拐おうとするパトカーの前で孤軍奮闘する若菜の姿があった。

 しっかり邪魔しやがるな、と少し嬉しそうに口角を上げる。


「余所見とは、余裕だなぁっ、梅吉うめよしっ!」


 その英雄の顔面めがけて、遊川がジャブを放つ。

 一発弾かれようがマシンガンの様に連発してこそ真髄。

 高速ジャブを英雄は必死に弾く──蛇のような手の動きで打ち落としていくが、スピードの差は明白、防衛は追いつかない。

 合わせて、井上が警棒を構えて突っ込んでくる。

 英雄は器用にジャブに対応した手の勢いをそのまま、井上への牽制に回していた。

 右と左、両手、二匹の蛇が遊川と井上の攻撃をいなしていく。


「ちっ、佐山、テメェ、何してるっ!? とっとと立てっ!」


 英雄の初撃、横を通り過ぎようと駆けた勝を止めた脇腹へのしなるストレート。

 八重の危機に焦りをみせた勝は、その一撃をもろに受けてしまった。

 前日からの傷に響く打撃は、足をもつれさせ地面に崩れ落ちた。


「クッ・・・・・・ソッ・・・・・・」


 呼吸することが難しいと感じるのは、昨日から何度目だろうか?

 顔を上げた先に見えるパトカーが、勝には随分遠くに見えた。


「疲労困憊、満身創痍。若いのを潰れるまでこき使うのは時代に合いませんぜ、若頭カシラぁ」


「若いのを捨てゴマにしか思ってねぇヤツに言われる筋合いはねぇなぁ!!」


 弾く蛇に合わせて、遊川のジャブの軌道が変わる。

 本体を狙わせない優秀な迎撃装置があるなら、まずはそちらから潰せばいい。

 英雄の拳を潰しにいく、遊川の拳。

 ぶつかり打ち勝つのは、遊川の拳。


「クソがぁ!」


 派手な跳躍力に、人一人を当然のように投げ飛ばす怪力、そして手数勝負も上等と言える速度。

 機転もすぐに効く上、これで左目は機能を失っているという。

 喧嘩に関して遊川陽治はチート級だと言えると、英雄は伝説を間近にしていた。

 その伝説の語り部が、クソ扱いしていた兄貴分達だったので今の今まで眉唾物だったのだが。


 蛇を一匹──英雄の左手は、手の甲の皮が破れ血が飛び散った。

 一体どうしてこうなるんだ?、と殴られた英雄もわからない痛み。

 頑丈さはそこらのヤツには負けないと自負する部分のあった英雄も、痛みで手が麻痺することに驚くばかりだ。

 厄介だ、と伸ばした左足は遊川の胸を突いたがクリーンヒットには及ばない。


 二人相手してる中、片方に前蹴りを出すなど隙の塊である。

 井上は再三迎撃された警棒を、上段に構え振りかぶった。

 仕留めるなら一撃で、気絶させて拘束するのが狙いだ。

 鈍い音を立て空を薙ぎ、警棒は英雄の頭部めがけ振り下ろされた。


「ヒャッハーッ!!」


 英雄は奇声を上げて、振り下ろされる警棒にぶつけるように頭を振る。

 こっちもぶつけ合いしようじゃねぇか!

 ガンッ!!、と音がした後、打ち勝ったのは英雄の頭突きだった。


「この石頭がっ!」


「昔からだろ? 忘れてんじゃねぇよ」


 強い衝撃は両手を麻痺させ、井上は警棒を手離してしまう。

 落下していく警棒、右足を軸に左足を引き駒のように回る英雄。

 水平一回転。

 英雄の回し蹴りが、井上の身体を吹っ飛ばす。

 続けて、シャアッッと蛇が鳴く。

 右の蛇が落ちゆく警棒を咥える。

 回転の勢いに乗せて、遊川の顔へとアッパースイング。

 左目の視界範囲、見えない死角。

 捉えた!

 崩れた姿勢、されど英雄はそのしなやかな全身の筋肉で強引に踏み込むと、強烈な一撃を振り上げる。


おせぇよ」


 遊川の突き出した拳が、英雄の左肩を打つ。

 更に崩れた姿勢、英雄のスイングの軌道がずれる。

 紙一重、顔の横を反れる一撃を遊川は毅然とした表情で済ます。


「クソがぁ!」


「それしかねぇのか、テメェは」


 崩れた姿勢、空いた腹部、振り抜くはボディブロー。

 ゴッ、とおよそ人体がぶつかった音とは思えぬ重い音と共に、英雄の身体がクの字に折れる。

 吐き出される胃液、漏れ出す呻き。


 大抵のヤツならこれで終い、だが梅吉英雄という男がこんな一撃で終わるタマじゃない。

 遊川は半身を引いて、次なる一撃へと振りかぶった。

 崩れる身体、顔面を横に振り抜けば仕留めれる。

 しかし、引いた半身を追いかけるように暴れ這う蛇が二匹。

 遊川が反応するより先に、頭に牙が食い込む。

 がっしりと掴まれた頭、こめかみに食い込む指。

 前のめりに倒れそうになる上半身を、英雄は歯を食い縛り強く踏み込んで振り上げた。


「この石頭がっ!」


 英雄の額から流れる血が飛び散り、遊川の頬に当たる。

 勢いを殺そうと半端な姿勢で振ったフックは、紙一重で届かなかった。

 ゴッ、と鼓膜を破くような音が内から聞こえた。

 それから意識を飛ばす程の強い衝撃が、遊川の頭から顎へと突き抜けていった。

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