第54話 昔取ったラグタイム 8

「お前らっ! 何してるんだっっ!!」


 狭い道路に怒声が響く。

 駆けつけてきた若い刑事──井上梅吉は周りで倒れるものたちに目をやりながら英雄の正面で対峙する。

 後ろからゆっくりと歩いてくる中年の刑事──若菜歩は携帯電話で救急車の要請をしている。


「よぉ、梅吉うめきち、久しぶりだな」


 英雄はゆっくりと片手を上げて、僅かに微笑んだ。

 旧友を懐かしむような、嘲笑うような笑み。


「梅っ、お前・・・・・・千代田組は商店街の連中とやりあうほど今回の件、お構い無しなのかよ」


 梅と呼ばれ、英雄は──梅吉うめよし英雄えいゆうはハッと笑う。

 井上と英雄は小学生の頃、偶然にも似た名前であった為仲良くなり周りからは吉吉よしきちとコンビ名で呼ばれていた。


「千代田組なら、昨日抜けた」


「抜けた? 梅、やっとその気になってくれたのか?」


 井上が警察官になった頃、英雄は極道になった。

 子供の頃の親友が何故道を踏み外したのか、井上は問い質し極道を辞めさせようと何度も詰め寄ったが英雄は意に返すことは無かった。

 千代田組の活動自体、即逮捕となる行動まで行かなかったので井上は強引に止めることができなかった。

 暴行、傷害で捕まえたところで英雄にとっては軽度の邪魔にしか思わないだろう。


「井上、千代田組だって暴力団組織の一つだぞ。そんなポンポン簡単に抜けれるわけじゃないだろ。組にも上にも筋を通さなきゃならない。梅吉のような若いヤツが五体満足気軽に抜けれる話じゃない」


 電話を終えて、若菜は顎の無精髭をポリポリとかきながら口を挟む。


「ハッ、わかってんな、若さんはよ。そうだよ、オレは筋なんてもんは通さず勝手に抜けた」


「なっ!? 梅、お前、何やってんだよ?」


 井上の問いに英雄は肩をすくめ、ハッ、と嘲笑う。


「梅吉、オレはよ、千代田組をぶっ壊す為に組に入ったんだよ」


「お前、まさか──」


「・・・・・・瑛太を殺した千代田組をよぉ、ぶっ壊してやろうってそうやって数年待ってたんだ」


 井上梅吉と梅吉英雄、そして安堂瑛太。

 小学生の頃、ずっと遊んでいた三人組。

 梅梅堂うめうめどう、などとトリオ名を自分達で考えて付けていた。


「梅吉、お前が警察となり真っ当に千代田組を取り締まろうとしてたのは理解してたがよ、そんなんじゃオレの怒りは押さえきれなかった。それで、中からぶっ壊してやる、そんな浅はかな考えで組に入ったんだがよ、それもオレの怒りに対しては甘いんだと思ったんだよ」


 笑いあって駆け回って、幼い頃の出逢いはそれからも永遠に紡がれるものであると心の底から思えていた。

 中学高校大学と背伸びした悪ふざけを共にして大きくなって、社会に出て酒に呑まれて愚痴を溢しあったりして、家族が出来てそれを互いに見せあって自慢して、誰かが老いで亡くなる時には最期まで看取ってやる。

 そして、遺されたもの同士で語り合ってやるのだと、最後の最後まで繋がりはなくならないのだと幼さ故に信じた。

 それを、千代田組はあっさりと轢き殺し、街は弾劾することなく守護者であることを許し続けた。

 だから、壊すのだ。

 自分の手で、安堂瑛太の親友である梅吉英雄自らの手で、千代田組も街も壊すのである。


「瑛太の死を、何の罪も問わず許したこの街ごとオレはブチ切れたままなんだよ。だから壊すことにしたぜ、梅吉。お前には、役立たずの警察お前らには止められやしねぇ!!」


 英雄の激昂に再び問おうとする井上の言葉を遮るように、井上と若菜の携帯電話が同時に鳴り出した。

 若菜はすぐに電話を取ると、振り向く井上を手で制した。

 電話を気にするな、梅吉英雄を押さえろ。


 一瞬のハンドサイン、それは隙であった。

 梅吉英雄は井上梅吉にとって、もうすでに幼き頃の親友ではなく捕まえる相手なのだと理解しておくべきだった。

 若菜の目が鋭くなり、井上はそれに気づき英雄へと向き直した。

 飛んでくる拳。

 井上は咄嗟に反応して伸びてくる腕を掴まえる。

 警察学校で習った護身術、投げるために手首を捻ろうと動くも、英雄は掴まれた腕を曲げると身体をぶつけてきた。


 警察との揉め事で馴れてるのか、と井上は教科書通りの動きを取ったことを反省する。

 身体を押し退けられ掴んだ手を離したところに、英雄の前蹴り。

 胸部に突き刺さり、井上は後ろに倒れた。


「梅吉、オレのことを、見知らぬ人オレらのことを止めるってなら、次にあったときにはお前でも容赦しねぇ。邪魔するってならお前も、瑛太の仇だ! ぶっ壊してやる!!」


 倒れる井上に英雄は言葉を吐き捨てる。

 若菜に向けて視線をやると、若菜は行けと顎を動かし差した。


「俺も若くないんでな、お前を相手にするのに一人じゃ荷が重い」


 ハッと笑い、英雄は歩き出し若菜の横を通り過ぎていく。


「若さんっ!」


「梅吉英雄のこと、迷いなく止めれるか、井上?」


「お、オレは──」


 口よどむ井上。

 若菜は、だろうな、と小さく頷いた。


「いいか、井上。応援が来たらすぐに鎮圧に動く。仇討ちかなんだか知らんが、街を壊すだとか戯言たわごとを言って街で暴れるヤツらに対して俺達警察がやることは一つだ。それをしっかり考えろ」


 若菜の言葉は井上に向けてだけではなく、英雄に向けての宣告でもあった。

 負け惜しみに近く情けなくもなるが、冷静さを欠いては事を仕損じる。

 携帯電話の連絡は、何者かの集団が街中で暴れまわってる被害報告だった。

 誘拐騒ぎに千代田組が強引な手段を用いるかもしれないので警戒する、などと甘い姿勢を取っている場合ではない。

 鎮圧だ、撲滅だ。

 警察が真の守護者であると、改めて示す必要がある。

 その為の準備が必要だ、その為に梅吉英雄を泳がす必要がある。


「お前は必ず捕まえるからな、梅吉英雄」


 奥歯を噛む若菜。


「いつも遅いんだよ、警察アンタらは」


 ハッと嘲笑い英雄はその場を悠々と後にした。

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