第52話 昔取ったラグタイム 6

 蹴り上げられた身体は後転し、文哉は冷たいアスファルトの上にうつ伏せに倒れた。

 英雄は振り上げた足でそのまま文哉の背中を踏みつける。


「ああ、大したことねぇなぁ、つまらねぇ。所詮は自警団アマチュア憧れレジェンドってとこか」


 グリグリと背中を押さえつけられ、硬い地面に圧迫されて文哉の肋骨が軋む。

 頭突きを食らい顎を蹴られ、揺さぶられっぱなしの脳は身体に何かを伝達することを鈍らせる。

 指先も足先もろくに動かなければ、呼吸すら吐き方も吸い方も下手くそになってしまう。


「平田文哉。テメェを探す手筈だったが、わざわざそっちから出向いてくれるんだから、ラッキーだっだぜ。テメェをぶっ壊しゃ、商店街自警団なんて目障りなヤツらはしめぇだ。可愛い後輩ども、あー三十人だったか、まぁ数として数えるのもつまらねぇヤツらは、下のもんに潰させたぜ」


 グリグリと背中を押さえつけられ、その痛みが文哉の意識を繋ぎ止めていた。

 朦朧とする意識の中、皮肉にも英雄が与え続ける痛みが意識を失うことを許さなかった。

 英雄の言葉に疑問を抱く余裕も、質問をぶつける気力も文哉には無かった。

 応答する気配は無いと、英雄はつまらなそうに舌打ちをした。


「この街には街頭大型モニターとかそういう喧伝する場所が無くてな、こうして地道なPR活動に勤しんでるわけなんだが。はよ、余所者呼び込んでチームを結成してこの街をぶっ壊すことにしたんだ。チーム名は見知らぬ人ストレンジャー。良い名前だろ、ヨロシクな」


 文哉を踏みつける英雄の踵に体重が乗る。

 背中に踵がめり込んでいく、そういう錯覚を生む痛みが文哉を襲う。


「・・・・・・なぁ、誰か来ないのかよ、平田ぁ。テメェを助けに来るような、オレらの邪魔になるようなヤツがさ、ゴキブリホイホイみたいにさ、エサに寄って来てくんねぇかなぁ。テメェに会えたラッキーが続くならよ、物語じゃお決まりのパターンだろ? ああ、現実じゃそんなご都合よく誰か来るわけもねぇのか。つまらねぇな」


 飽きた、と一言漏らすように続けて英雄は踏みつけていた足を上げる。

 圧迫から解放されたのも束の間、文哉の身体は横から蹴り上げられた。

 ヒャッハー、と英雄の雄叫び。

 自分の体重が無くなったのかと思うほど文哉の身体は軽々と蹴り上げられ、少しの浮遊後アスファルトに落ちて転がる。


「チッ、これまで通り地道にやっていくしかねぇか。が長かったからよぉ、終わりは手軽に進むもんかと期待してたぜ」


 英雄は髪をかきあげて、心底面倒くさそうにため息を吐いた。


「盛大な倍返しだ、まぁ仕方ねぇか」


 そう独りごちて、英雄は蹴り飛ばした文哉に対して一、二歩と近寄る。


「平田、テメェは病院のベッドの上ででも街が壊れてくのを見ててくれや。てか、ICU送りで何もわかんねぇまま終わってるかもしらねぇが」


 転がり倒れる文哉は、今度は仰向けに倒れていた。

 眼前に迫る英雄の靴底。

 何処を踏まれても、痛い、で済む話にはならないだろう。 

 僅かに出来る鼻呼吸。

 息を吸い込むと身体は軋み、息を吹き出すと身体は意識と共に沈みそうになる。

 僅かに、鼻呼吸。

 自分の意思を持って、脳から伝達した動き。

 身体は動く、その証左。


「ご・・・・・・ちゃ、ご・・・・・・ちゃ、うる・・・・・・せぇ・・・・・・」


「つまらねぇ遺言だなっ!!」


 踏みつける足、転がす身体。

 アスファルトを強く叩く、足と手。

 文哉は転がり避けて、両手で地面を叩きうつ伏せになった身体を起こす。

 腕立ての体勢を英雄の蹴りが狩りに動く。

 水平に薙ぐ下段足払い。

 文哉の眼前に迫り来る蹴り。

 文哉は地面を強く押し込むと、軋む背筋に力を込めて爪先を支点にして上半身を反らし、地面から離した両手で英雄の蹴りを掴んだ。

 爪先に力を込めて指先の僅かなバネで足を跳ね上げ、迫り来る蹴りに

 逆立ちするように掴んだ蹴りの上で前転、極限の曲芸。

 身体はピンと伸びていて、跳ねさせた足裏で英雄の横顔をぶっ叩いた。


 ぐえっ、と顔を歪ませ倒れる英雄。

 バランスを崩しながら何とか着地し、文哉は辛うじて立ち上がる。

 軋む身体、朦朧とする意識、鋭さと鈍さが混ざりあい襲う頭痛。

 鼓動の速さと呼吸のリズムが合わなくて、耳の奥で打つ脈が激しさを増していく。

 口の何処かを切っていて鉄の味がする、痛みが広がりすぎて何処を切ったのかはわからない。


「ごちゃごちゃ・・・・・・うるせぇ。はぁ、はぁ、この街を壊すだぁ? 何言ってんだ、ぶっ飛ばすぞ、この野郎!」


 二十歳を過ぎて自警団を卒業した。

 元々若いヤツらの為の捌け口、暴力に正当性を持たせるため商店街の大人が用意した集まりだ。

 だから、自分が大人になるまでの居場所だと文哉は思っていた。

 清廉潔白な正義感のもと在籍していたわけじゃない、ただ暴力への憧れと欲望を街を守るだ何だのの正しさの上に置かさせてもらっていただけだ。

 だから、その場所を離れた自分がそう感じるのはイカれているのだと思っていた。

 青春を費やす長年の経験が感覚を麻痺させているのだと思っていた。

 ただ、文哉はその感覚に素直に従うことにした。

 誰かが助けに来る? 馬鹿を言うな。

 助けるのは俺だ、この街を守るのは俺だ。


 文哉は笑い飛ばしたくなるその心意気を込めて、倒れる英雄の顔を蹴飛ばした。

 借りは返せ、そんな感じのことを職場の年の離れた同僚が言っていたのを思い出した。

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