第3話 犬も歩けばファンクに当たる 2
グラップル羽姫での試合は、プロレスよろしくショーであるのが前提である。
しかし、素人集団であるのでプロレスほど勇ましい試合を魅せる事はできず、格闘技の真似事を女子同士がやっているのを楽しむ程度の試合ばかり行われている。
桐山を筆頭に本格的に格闘技経験のある選手も数名いるが、彼女らが真剣勝負をやり潰しあって損するのは店側である。
店側としては潰しあわない程度の格闘技ショーを希望し、客もそういうショーを楽しみに来店している。
しかし、そんな事は重々承知の上で真剣勝負をしたいと桐山に挑戦してくる者は今までにもいた。
桐山もプロレスラーを目指しているとはいえ格闘技の道を進んで来た者、真剣勝負という言葉だけでも心踊る人間だ。
最初のうちは喜んで申し出を受けていた。
そして、幾人かの選手を壊した。
身体も心も、呆気なく容赦なく完膚なきに壊した。
桐山としては切磋琢磨するつもりで相手は再び立ち上がってくるものと思っていたが、それが儚い想いだと思い知ったのは十人目の夢を打ち砕いたその後だった。
華澄の言葉への桐山の返答はすんなりと返っては来なかった。
華澄はそれを予め予想していたのでならばと行動に出る事にした。
二人の距離は互いのリーチの一歩先で、つまり一歩踏み込めば攻撃範囲内である。
華澄は左足を一歩前へと踏み込み、腰を回し右足を高く上げた。
右上段回し蹴り。
本格的な空手のそれとは違い多少不恰好な形であったが、華澄と桐山、二人の身長差をあっという間に埋めて華澄の蹴りは桐山の左側頭部を狙う。
左足を踏み込んだ時点で蹴りが来ることを察知した桐山は余裕をもってその蹴りの軌道に対処できた。
伸ばしていた左腕を防御へと構える。
時折信じがたくなるが華澄が格闘技歴半年だというのを、その蹴りの速度が実証している。
あまりに遅い、これなら足が上がるのを見てからでも反応できただろう。
華澄は桐山の左腕が防御へと構えるのを見るや、踏み込んだ左足を外側に広げ腰を中心に身体を内側へと捻った。
桐山の左側頭部を狙う軌道を描く右足を鋭角に落とす。
桐山の左腰の辺りに上段だった蹴りが突き刺さる。
痛みと共に驚き、二つが合わさった衝撃が桐山に走る。
蹴りの軌道を変えた!?
格闘技歴半年の娘にできる芸当か、そんな馬鹿な。
桐山に走る衝撃が緩む間も与えず、新たな衝撃がまた桐山を襲う。
右側頭部。
華澄の左上段回し蹴り。
今度は反応する間もなく、桐山に心理的だけでなく物理的な衝撃が激しく襲いかかった。
左足を下ろし一歩下がり距離を置いた華澄は、今にも小躍りしたいぐらいに歓喜に包まれていた。
右の上段から中段への変化、続いての左上段回し蹴り。
頭の中で何度とシミュレーションしていたその流れがこうも綺麗に決まるとは。
あくまでも奇襲ではあるが、華澄には喜ばしい事であった。
と、同時に恐ろしくもあった。
不恰好な蹴りとはいえ、この蹴りで羽姫でいくつかのK.O.を挙げてきた。
プライベートで男子高校生をのした事だってある。
少しばかりは自信のある蹴りだ。
しかし、桐山は多少ぐらついただけで決定的なダメージには程遠そうだ。
桐山のその鍛えられた太い首がまともに入った蹴りの衝撃に耐えきっていた。
華澄の二手目の蹴りに観客達もその異変に気づきだしたようで、どよめき始めていた。
常連の客の中には初手の蹴りが軌道を変えた事に気づいた者もいたが、多くの客は二手目の蹴りが桐山にクリーンヒットしたこととそれに対してのリアクションの薄さに驚いている。
女王桐山はプロレス志望なので受け手の際のリアクションもしっかりとする選手だ。
ショーとしてより派手に魅せる為のリアクションを。
桐山がそれをしなかったという事は、できなかったという事だと観客達も感じ取っていた。
そして、そんな観客達より一呼吸遅くレフェリーをしている店長も異変を察知した。
雇われ店長の彼は格闘技経験というものが皆無で、それ故選手達に舐められていると思い込んでいた。
興行として上手くやっていく事だけを考えている彼にとって、真剣勝負をしたがる選手は悩みの種だ。
特に女王と呼ばれる桐山は難敵と言えよう。
幾度と真剣勝負をしては他の選手を潰す。
今日の相手は最近人気沸騰中の華澄。
華澄目当てに来る客が日増しに増えてる最中、潰されてはたまらない。
この試合が真剣勝負だとするなら店長である彼のする事は一つだ。
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