第37話
鉄太郎は
お満が手当をしてくれている。
傷口に
「
鉄太郎は立ち上がって、そっと左足に体重をのせた。それから確かめるように何度か地面を踏みしめる。
「うむ。動くには差し障りはないようだ。かたじけない」
鉄太郎は笑みを浮かべる。
「痛みはあるでしょう」
「武士たる者、戦場においては気合で傷口を塞ぐものだ」
「まあ。強がりを」
「どうした」
「おまえたちまるで
お満はうつむく。
「何を言うか」
「おまえはそんおなごを
「いかにも……」
すでに
「まあ、おいの知ったことじゃなかがな」
鉄太郎は刀を腰に差す。
竹の水筒に入った水をあおる。
「行くのか」
「うむ。中村半次郎、おぬしには世話になったな。礼を言う」
「それは鬼童衆と戦いが終わってからでよか」
半次郎は照れくさそうに鼻の下をこすった。初めて見せる仕草であった。
「さあ。こん先に
「そうしよう」
お互いににやりと笑う。
「鬼童衆の
「存じておる。藤沢宿で手合わせをした時にはまだ何かを隠していた。おそらくは八瀬忍法」
「正直に言う。おいはおまえと勝負をした。じゃっで分かる、おまえは十中八九、連月には勝てん」
半次郎の力強い眼差しが鉄太郎の目を射抜く。
「かもしれぬ。だが、おれはまたあの女に会いたい」
お満が
「おぬしが言ったであろう。おれは剣士だからこそあの女と再びまみえて戦いたい。最強の敵と命のやりとりをしたいという望みを抑えることができぬのだ」
鉄太郎の身体に期待とも恐れともつかぬ奮えが走っていた。
「山岡鉄太郎。おまえもこん闘争ん中で強うなっちょっ。おいと戸塚宿で勝負をした時よりもな。おまえのすべてを出し切ればえ」
鉄太郎は力強く
「この旅が終わったら、おれはもう刀を持たぬだろう。命のやりとりはこれが最後だ」
鉄太郎の声には一抹の寂しさが交じる。
「ならば、すべてが終わったらおいと一緒に来い。西郷先生はすばらしかお人じゃ。
「どこまで――」
「そうじゃな。行けるところまでじゃ」
志士である半次郎が鉄太郎には眩しく見えた。
鉄太郎がこの闘争に勝って江戸を火の海から救ったとしても、世の流れは
――ならば、おれが日本のためにできることはあるのか。
漠然と考えがよぎったが、すぐには答えが出ない……。
「では」
「先に
鉄太郎は頷いた。半次郎を残してお満と共に歩き出した。
二人は
「お満……」
「はい」
「おれは、なぜ
「わたしには分かりません」
「地の龍、と言ったな」
「はい」
「たとえば、そなたは知らぬうちに地の龍なるものを知っている、あるいは持っている……」
「そんなことはあり得ません」
お満の声の最後の方は消え入りそうであった。
「西郷吉之助は、いや
鉄太郎の驚愕の発想にお満は言葉を失っている。
「いや、勝さんの言葉を思い返せば、西郷吉之助はおれたちにそなたを駿府に送り届けてほしいと思っているのかもしれない」
だんだんと鉄太郎の言葉に確信の色があらわれてきた。
「なるほど、西郷という男は
「……西郷さまならそのようなお考えをなさるかもしれません」
「となれば地の龍とは何なのか。それは薩摩藩、いや官軍に渡して良いものなのか」
「山岡さま」
「どうした」
「わたしを斬ってください」
「なに」
「そうすればすべてが終わります。山岡さまが命をかける必要もありません」
「だが、江戸が火の海になる」
鉄太郎の考えが正しいとすれば、お満を駿府まで送り届けることが
「安心せよお満。そなたはおれが駿府まで連れて行く」
鉄太郎はいつもの朗らかな笑みを浮かべた。
「おれはいつかそなたの本当の顔がみたいと言ったな――」
鉄太郎はお満の顔をのぞき込む。
「おれがこの旅で見てきたそなたが本当のお満だ」
「山岡さま……。お満はあなたを好いております」
鉄太郎はその言葉には答えることができない。
「もしわたしが、山岡さまの知るわたしでなくなった時。その時は斬ってくれますか」
鉄太郎はゆっくりと目を閉じてから開いた。
「
鉄太郎は振り向いた。
街道の先からこちらに向かって歩いてくる美麗な
鬼童衆首魁、太田垣蓮月――。
こちらに気が付いて優美な所作で頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます