第24話

 山岡鉄太郎一行が向かう先は松並木に挟まれた街道。

 木陰の中に二人の男がいる。

 一人は身の丈七尺(二・一メートル)はある山伏。

 もう一人は遠目にも美形と見える薬売りの若者。

 鉄太郎たちを目にとめて立ち止まった。

 見合うこと数瞬。

「山岡鉄太郎よな」

 大男の割れ鐘のような声。

「いかにも。八瀬鬼童衆か」

 鉄太郎は応じる。

「うむ。わしは金嶽剛斎かなだけごうさい。そして――」

「……」

 剛斎と名乗った男が慌てた様子で横に立つ青白い顔をした青年に顔を向ける。

「おい、どうした」

「あ、あれが、や、山岡鉄太郎……。強そうだなあ」

 薬売りの青年は首をすぼめてこちらをうかがっている。

「なんと。また妖剣士から元に戻ってしまったか。あれから一刻(二時間)ほど経っているからなあ」

 剛斎は顎を撫でている。

「ひとまずわしだけでなんとかするか……」

 八瀬童子の二人は小声でなにやら話し合っている。

「どういたした。何やら具合が悪いようだが。立会いならまた日を改めても良いぞ」

 しばらく二人の様子を眺めていた鉄太郎が声をかけた。

 剛斎はこちらを見ると大きな赤い口を開いてにやりと笑ってから、大きな歩幅で歩き出した。

「気遣い無用。うぬらの相手などわし一人で十分」

 後ろの薬売りに振り返る。

「紅之丞、いずれ目覚めるであろう。それまでわしの後ろに控えておれ。うふふ」

 巨体が大地を踏みしめつつ、見る間に近づいて来る。

「あの者らはまさしく鬼童衆の金嶽剛斎と月ノ輪紅之丞つきのわこうのじょうでしょう」

 お満が西郷吉之助さいごうきちのすけからの書状を開いていた。

「心得た。では、立会人はさがって、この勝負しかと見届けよ」

 鉄太郎の視界からお満の姿は消えていった。

「先生もさがっていておくんなさい。ここはあっしらが」

「油断するでないぞ。相手は鬼童衆だ」

「へいへい」

 鉄太郎の横に五寸釘が進み出た。

「おい、でかいの。一人であっしらをまとめて相手にしようってのかい。お仲間の闇丸ってのがどうなったか知っているだろ」

 言うや、五寸釘は釘を一本放った。

 硬いものに弾き返される乾いた音。

 鉄太郎は目を細める。

 釘は過たず剛斎の額に命中した。だが、突き刺さらずに、跳ね返って回転しながら落ちていった。

「え」

 五寸釘は呆然とする。

「ぐふふ。蚊が刺したかあ。いや、蚊の季節にはまだ早いか」

 剛斎は何事もなかったかのように笑みを浮かべた。

 一陣の風が流れた。

 電光石火で市が走り出て剛斎の懐に入り込む。

 仕込み杖を抜刀すると同時に金属を叩くような高い音が三回響く。

 剛斎の着物の左右の脇腹が都合三箇所斬れたが、その下の身体からは一滴の血も流れていない。

「効かぬなあ!」

 剛斎は腕を広げる。

「いかん! 市、戻れ」

 鉄太郎は思わず声をあげた。

 籠の中の鳥のように、剛斎の腕の中に市は捕らえられている。

 剛斎が市の両肩をつかんだ――。

 いや、つかまれてはいなかった。その前に、石松が剛斎の両腕をとらえていた。

 石松も剛斎に引けをとらない体格だ。

 お互いに両腕をつかみ合って、びくとも動かない。いや、動けないのだ。

 その証拠に両巨漢の腕には太い血管が浮き出て岩のような力瘤が盛り上がり、よく見ると小刻みに震えている。

 二人の力は互角。

「ぐおお」

「ふ、ふ、ふう」

 二つの唸り声が交じり合う。

 市はすでにその場から退いていた。

「石松やっちまえ!」

 五寸釘が声をかける。

「あわわ」

 紅之丞は剛斎の背後で狼狽えている。

 いつまでも続くかと思ったとき、石松と剛斎が同時に腕を放した。

「ぐふふ」

 顎に伝った汗を剛斎は手の甲で拭う。

「たいそうな力自慢のようだが。わしは力では負けぬぞ」

 剛斎は上半身を右に捻る。

 身体を戻す勢いで、右拳を石松の左頬の辺りに叩き込んだ。

 石松の身体が右に傾く。

 しかし倒れない。ゆっくりと身体を元に戻した。

 剛斎は信じられないものを見た顔をしている。

「ふん」

 石松は無造作な姿勢から右拳を剛斎の左頬に叩きつけた。

「ぐふふ」

 剛斎は首の力だけで耐えている。

「そんなものではわしの――」

 その場に剛斎は膝を着いた。右手も地面について倒れないように身体を支えている。

 石松は自慢げに鼻を擦る。

「でかした! 石松」

 正雪と五寸釘が飛び上がらんばかりに喜ぶ。

 剛斎はなんとか立ち上がった。

「やるのう。さて、次はわしの番だな」

 石松は人差し指をくいっと手前に二回曲げて、次の一撃を誘う。

 剛斎は身体を捻って、再び鉄拳を石松の顔に叩き込んだ。

 今度は石松はびくともしない。

「へ」

 剛斎が目を見開いている。

「やったぜ、石松。とどめを刺しちまえ」

 五寸釘が踊り上がる。

 すると――。

 石松が直立の姿勢のままゆっくりと背後に倒れた。

「うわあ!」

 正雪と五寸釘から悲鳴のような声があがる。

 石松はやりきった顔のまま気絶している。

「驚かせおって。わしの勝ちだなあ」

 剛斎が鉄太郎に目を向ける。

「八瀬忍法金剛胴こんごうどう。わしの身体は鉄の如く硬くなる。刀も通らない」

 鉄より硬い難攻不落の巨漢がゆっくり歩み寄って来る。

「せ、先生。奴は化物ですよ」

 正雪が鉄太郎を見上げる。

「もとより承知」

 鉄太郎も剛斎に向かって歩き出す。

 白刃が鞘走った。

 知らず、その顔には笑みが浮かんでいる。そしてこう言った。

「面白い――」

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