クドモスト王に「お届け物」


「ザンキのやつめ、いつまでかかっている」


 地はクドモスト領内。場所はクドモスト城天守付近の一室。悪態とも取れる独り言が吐かれていく。ここクドモストの武将頭に文句を吐く声。ティジスタ・バーナクト王がぶつくさとザンキ本人を前には絶対に言えない文句を吐いて吐いて吐き散らかしている。


 ニタの生き残りが逃げ込んだエネゼウルに戦を仕掛けにでかけていって早六日。


 本島最南端のハルグマハラまで最低でも丸一日。船でエネゼウルまで半日はかかると頭ではわかっていても気持ちが逸る。本当ならばウッペにいるのをと思っていたが、ひょんなことでエネゼウルに喧嘩を売る理由ができたのでエネゼウルの鎮守をいただこう。


 そのように計画してひとりにやけていたティジスタ。なのに、いつもだったら戦というお遊戯を楽しみ終わったならばさっさと帰ってくるザンキがなかなか戻ってこない。


 やはり戦国の強者ヒイラギがいるエネゼウルは難攻なのかと思い、なんとか気持ちを落ち着ける。気が逸り貧乏揺すりが止まらない。畳を指でトントン叩く。叩き続ける。


 ティジスタは窓の向こうに視線をやる。遠く見えないエネゼウルがザンキという悪鬼に喰われて悲鳴をあげているだろうと想像し、ほくそ笑む。と、不意に城下町が騒がしいことに気づく。人々の活気と違う声。悲鳴のような……? 首を傾げると同時だった。


「こんにちはー! お届け物でーす!」


 つい、だろうが突然の大きな声に驚いてティジスタがびくっとなる。元気なお届け物ですの声を張った主は断りもなく襖戸を開ける。そこにいた者に王は一瞬唖然となる。短い下穿きと長袖シャツを着込んで、裾や袖丈の短い若葉色の衣を着ているのは若い女。


 くすんだ金の髪に桃色の瞳。異国人。そして若葉色、ウッペの色を着ていることからしてウッペ国の所属者だとわかるが、わからない。どうしてここにウッペの者がいる?


「お届け物で~す♪」


 ティジスタが事態についていけないでいると相手の女が繰り返した。届け物だと。これにティジスタはハッと我に返る。盟国エネゼウルに侵攻したのを知り、ウッペが許しを乞う為にとうとう鎮守を差しだしてきた。と思い、ティジスタは姿勢を正して期待顔。


 期待に満ちた顔の中年男に異国人の女は廊下に手招きし、籠のようなものを運び込ませた。ウッペの兵士たちでみな兵装を整えているが、みながみなウッペの下級貴族出身だとわかる。振る舞いに品がある。よって確定的に鎮守をここまで護衛するに選ばれた。


「お、おお、使者殿、感謝しよう! フェネアめ、はじめからこうしておればエネゼウルが犠牲になることもなかっただろうに阿呆め。本当の本当に底抜けのド阿呆だな!」


「……。そうですねー。開けません?」


「おお。ぜひ、御目通りしようじゃないか」


 ティジスタの様子に、舞い踊らんばかりの浮かれように女は一瞬目を細めたが、すぐ同調して籠の中を開けてみないかと提案。ティジスタはいそいそ身支度整えて構える。


 女の手が籠の御簾にかかるのを見てティジスタは唾を呑んだ。噂によれば鎮守はそれはもう美しい、まさしく女神の如き美しさだと聞いていたので興奮で鼻息が荒くなる。


 女の表情をティジスタは見ていない。深い侮蔑と嘲弄に彩られている彼女の表情に気づかず、身を乗りだすティジスタに女はだが一言もやらずさら、と御簾をあげてやる。


「お目にか、ぎ、ぎゃあああああああ!?」


 守護の神に挨拶を述べかけてティジスタは悲鳴をあげる。籠の中にあったのは守護の神ではなかったからだ。白濁している薄墨の目玉がふたつと削がれた鼻そして大きな切り傷が刻まれた頬肉と思しき肉片。折られた前歯。四本の手足が血のシミと共に転がる。


 鎮守がいる、と思っていただけに恐怖にして狂気の贈り物にティジスタは腰が抜けて後退るが硬いナニカが背に触れて止めてきた。振り向く。雅な装いの女郎といった雰囲気の女が土足の下駄の歯でティジスタの後退を止めていた。女は気だるく煙管をふかす。


「なあ、ユーアよぉ。んな肝のちんめえ野郎にわざわざここまでする必要あんのか? あちしにゃあさっぱりわかりんせんぜ。むしろアレじゃあ。意味不明いうやつじゃあ」


「しょうがないの。鎮守様方のご指示だし」


「ふぅーん? あの時の御仁でござんしょ? 見た目とお口に似合わずずいぶんと趣味の悪い真似させなさるんじゃのう。それともこいつもあちしの勘違いってーやつか?」


「シェンデルー、それ、ご当人というかエネゼウル鎮守様の前では言うなよっ」


「なんかえ。あちらさんのご発案かえ?」


「……。んも、黙秘で」


「そら言うとるようなもんじゃ、クィース」


 からから笑うシェンデルーは変わらず退屈そうに煙管をふかし続けている。主人を呼び捨てにしている獄卒の花魁は退屈そうにしつつも、ティジスタを逃がさぬように足蹴にし続ける。ティジスタの周囲にはシェンデルーのつくりだした水弾がぷかぷかと浮く。


 万が一にも逃げだそうものなら手足を蜂の巣にする。そうした思惑が見え隠れする水弾の配置にクィースはやれやれ、だ。お前ひとのこと言えんだろ、と思ってしまって。


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