尋常ならざる戦の開幕
エネゼウル港での「火烈」お出迎え
「ザンキ様、エネゼウルの結界が」
「ははぁ、アレが例の結界ねぇ?」
「破壊を?」
「当たり前だ。このまま突っ込んで海の藻屑になりてえってのか? とっとと消せ」
「た、只今!」
ザンキの指示で対エネゼウルの結界用に特殊な呪を施した超巨大砲弾を大砲に大急ぎで準備していく別の船に乗る兵士たちを退屈そう遠目に眺めるザンキだったが、すぐさま殺戮に備えて凶器を創造。土の属性によってつくられたのは一振りの凶暴な刀だった。
刃には間を開けて棘が生えている。返し付の棘は刺さったが最後肉を搔き裂かれる仕様になっている。各国が抱える国の武将頭が備える武器とは異質で邪悪そのものである彼の凶器は使用者の狂気と狂喜が形になったかのよう虐殺を愉しむ為の道具として在る。
土の応用で細かな粒子の砂が鑢のように刃にまとわりついている。刀の腹で撫でられても肉を抉られる。という残酷な設計がなされている、という寸法だ。握りの柄も含め長さ八十は固い長刀が殺戮の時をいついつと待ち焦がれるよう、主人に呼応して鳴いた。
――ドォオオオオンンンン!!
ザンキが自身の手のうちで悦ぶ凶器に悪鬼の微笑みを零していると耳を劈く爆音がして結界破壊砲撃が開始された。砲弾をこめるだけで五人がかり。発射にもふたり要る。
なので、船一隻が結界用で埋まっている。が、そこはどうでもいい。最初の一発で結界がひび割れる。次の一発はさらに強力な呪をこめて発射される。ひび割れが広がり、欠片が海に落ちていく。落剝しだした結界を見てザンキは身構える。三発目が襲撃した。
結界にぶち当たった瞬間、ザンキは船から飛びだそうとして背に悪寒を覚え、咄嗟に海に身を投げる。海水に沈みながら海中を泳ぎ、船の方を見上げたザンキは生まれてはじめて我が目を疑った。あったのは赤。弾けるように在る赤き炎が船を炎上させていた。
「ぶはっ」
海面に顔をだしたザンキの上に火の塊が落ちてきた。叩き切る。……火の塊は人間だった。もっと言って自分の乗る船を操舵させるのに乗せてきた兵士のひとりだ。それが恐怖と絶望に染まった顔で真っ二つになり海に沈んでジュ、と鎮火ついでに沈んでいく。
ざんばら髪の間から見上げた船は惨状になっていた。屈強で怖いもの知らずと知れ渡るクドモストの兵士が恐怖の悲鳴をあげて逃げ惑い、どんどん火に炙られて狂ったように踊っていき、やがて全身の火傷が致命傷に及んではドタドタと崩れ落ち、倒れていく。
「とっとと船を捨てねえか、バカ共がっ!」
ザンキの吠え声が海上を渡り、まだ襲撃されていない船の兵士たちが続々と海に身を躍らせては着水して必死で岸、白い浜を目指す。ザンキは一足先に到着してざんばら髪を搔きまわし、水気を適当に払って悪態をつきかかったが、ふと気づいた。ひとがいる。
それもまだ若い男だ。この戦国にまずいない紺色の髪。藍色の瞳なので異国の傭兵と判断したが、それよりなによりおかしな男だ。とはいえ見てくれは特におかしくない。戦国の戦士にありきたりながら、《
どうして奇妙だ、などと思うのか、理由なるものが最初はてんでわからなかった。
赤い剣を持っている男で装いも戦国の者のモノだが、そう、連れている者がおかしいのだ。なんと女を連れている。それも普通じゃない女。とんがり耳に裸の隣みたいな格好。金の髪。
「ちちちちち、なんだ、結構生き残ったな」
ザンキも、部下たちも女の存在に首を傾げていたが、燃える女が男のそばで小鳥のような笑い声を零す。可憐な声だが、言っていることはかなり物騒だ。まるで、生きているザンキたちに残念賞とつけそうなほどがっかり、と惨いほどの邪悪な表情を浮かべる。
「んなこども騙しの奇襲程度で潰れるんじゃ世話ねえよ、ピィ。ピミニミトリシア」
「ふーん。ユーア、あちちを喚んだ時よりは度胸と根性ついたねえ~、ちちちちち」
「当たり前の確認すんなよ。ほれ、お客様を歓迎申しあげねえと俺が拳骨喰らうわ」
男、まだ青年っ気が残っていそうな若い男の言葉を咀嚼してみるに彼はここエネゼウルの戦士で最前線を任されて浜で待ち伏せをしていた。だが、高官というわけじゃなければ指揮官という地位にいるわけでもない。彼には上官がいて、腕を買われて任された。
そういうことらしいが、だったらあの奇怪な女はなんだという最初の疑問に戻る。訊いても易々と教えてくれるとは思えないが、知らぬまま挑んで死ぬのは阿呆な死に様。
「見ねえ顔だな、ガキんちょ?」
「ああ。一年前に越してきたんで。格好とその悪相からしてアンタが話に聞いていた悪将ザンキか? 当たり前ながらいい判断力だな。ピィを視認するより早い回避だった」
「そういうてめえは誰だ、ガキ。そこの熱そうなちび女はなんだ? 燃えてんぜ?」
「ピミニミトリシアのことが気になるか? 噂通り油断ならねえらしいな、ザンキ。俺はジュニセル・ウラ・クルブルト。ザラと平常は呼ばれているアンタにしちゃ雑魚さ」
「自分で自分を雑魚呼ばわりするようなのはその実、てめえの実力を過信しない相応の実力者と相場は決まっている。よって、てめえら、油断しやがったら承知しねえぞ?」
ザラに言葉を向けていたザンキだが、最後の言葉は自身の後ろにいる兵士たちに脅しとして放った。油断大敵だの禁物だのとよく言うが、そういうやつは事前情報に惑う。
あると言われ、ありもしない壁を手探りしかかって死の落とし穴に落ちる、という典型的なアホと呼ばれるやつだ。兵士を捨て石程度にしか見ないザンキだが、一応捨て石にも相応しい捨て場を考えているので無駄死にを事前に防ぐことはする。と、女が笑う。
舌を噛みそうな意味不明な名を持つ女はおかしそうにけらけら笑い、女の笑い声に呼応して彼女を包む炎が火の粉を散らして弾ける。火の粉の涙を零し、女はバカ笑った。
「ちちちちちっ、獄卒が珍しいかい?」
「ごくそつ?」
「ああ、そうさ。あちちは
「はっ、とんだ冗句だ」
「ちちちちち、好きに取りな。どっちにせよ、みぃんなあちちの炎で悶え狂い死ぬ」
整理するに先ほど船を燃やした炎はこの女の仕業らしい。ピミニミトリシアと自らを呼称した小さな女はザラと名乗った男の腰までしか背丈がないものの身に纏う空気は確実に強者のそれだ。難攻不落のエネゼウルとは聞いていたがさらに強い者が増えたよう。
それも不可解な戦力、獄卒だとかを連れている者が。この浜でひとり待ち構えていたことからしてマシーズ王に実力のほどを見込まれている男はだが、進行を頑なに拒もうという意思が欠落しているように見えた。まるで「通りたければお好きに?」とばかり。
疑問に思ったザンキをザラは即見咎めてふっ、とまあ色男に相応しい笑みを零す。
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