酒酔い幽霊船長が持ってきた伝言
その声は酒で焼け、今現在進行形で酔っているのか気持ちよさそうなしゃっくりをしている。ツナヒデのことを威勢のいいじいさん呼ばわりした者の名をマナは呼ぶ。その名グロムモート。異国の名なので、上位の貴族か、とニタの者が身構えた。マナは笑う。
ニタ国の所属で唯一身構えていないナフィツは無表情で飯を食べ続けている。彼の心に響くものは今もうこの世にない。なにひとつとしてないのだろう。痛ましい姿にツナヒデもハツも苦しそうに、自らの力不足を嘆きかかった。が、グロムモートの声が早い。
「どうもクドモストの連中が王子の死体がないのに気づき、諸国に圧かけたみてえでハルグマハラだかが吐いたようだぜい。王子はここ、エネゼウルに渡ったようだ、とな」
「来るか?」
「ああ。らしいな。んで、ユーアの偉大なる姉上様が言うには結界が壊されるとよ」
「……。……わしの結界が、のう?」
「おっかねえ声だすなや、女王陛下。俺様ぁお使いで来て伝言しているだけなんだからな。ただ、ありがてえことにユーアは有事の際、俺様たちに武装許可をくださるとさ」
「被害を抑える為、か?」
「多分な。それに半人前戦士がいるんじゃご心配なんじゃねえの? ザラとかザラ」
「おい。それアンタの勝手な偏見だよな?」
グロムモートの茶化した声にザラがすごんでみせるが実際は、内心はびびりまくり。なにしろ彼、グロムモートはエネゼウル国は鎮守――ヒサメが使役する獄卒の一体だ。
それもザラが使役するのとは明らかに格の違う者、なのだから。それこそ補助特化であるザラの獄卒と違い、彼は、グロムモートは前衛系の戦士職。そして、その番号は。
「おぉっと、自己紹介が遅れたな、お客な人間共。俺様は
「は? ぐ、ぐど? もいー?」
「あ? なんだ、
絶妙にバカにした物言いの相手にハツは真っ赤になるが喰ってかかる真似はしない。そんなことをすればツナヒデがそれこそエネゼウル城すべての廊下を掃除して歩け、と言いだしかねないので。家事業務を女に、というのは古臭いとナフィツに言われてもだ。
罰則には妥当に値すると考えている。せっかく側付にしてもいい、という今は亡きニタ王に言われていた彼女に側近修業、と称した家事雑務はかなり嫌みっぽい罰となる。
嫌みだとわかっていて仕掛けてくるのでさらに乗倍で嫌み臭いツナヒデだがグロムモートもたいがいだ、とハツは思った。こんな嫌みな男がいるなんて。しかも幽霊船長?
酒酔いはまだかろうじてわからなくもないが、幽霊船長だなどと頭が沸いているとしか思えない。名前の響き的にそれらの単語が似合うので併せてグロムモートになったのだろうとしか予想できないが、こちらも嫌みで返してやろうか? など思うハツである。
だけどもまあ、相手にしない方が賢かろうと思って無視することにしたハツはグロムモートが続きを言うか待ったものの相手は言うだけ言ってとっとと去ったらしい。まったくわからないうちに。去りゆく足音も聞こえないとは……まず、間違いなく手練れだ。
「ふむ。ツチイエ、今のうちに隊編成の大幅な変更を頼もうぞ。グロムモートとシィシエを守備に組み込むのじゃ。主はわしとナフィツを守護。ザラ、前線を任せてよいか」
「え゛っ!?」
「主に与えられし厳しい調練のほどからなる主の実力を見込んで頼んでいるのじゃ。我が国の鎮守様にはおそらく蛙ちゃんがついておろうからなんの心配も要らぬじゃろう」
「かえ、ってアレですか?」
「うむ。アレじゃ。鎮守様の特殊結界での限定的な召喚となろう。のちほど掃除に駆りだされることもない、とわしがひとまず保証しておこう。どうだ、頼まれてくれるか」
「……これで退いたら男が廃ります」
「うむ。それでこそよい男ぞ、ザラ。ツナヒデ、ハツ、主らもわしやナフィツと同じ部屋で戦の報を待つように段取りするのじゃ。勝手をされて隊列が乱れても困るでのう」
マナの指示にツナヒデはしっかり頷き、ハツに睨みを利かせるがハツとてバカではないので即頷く。これで反発者はいなくなった、と思われた瞬間、弾かれたように立ったのはニタ王子ナフィツ。彼の顔には鬼相にも似たナニカ。強い瞳でマナ女王を見据える。
その手に持っていた箸は畳に転がり、代わりに平たい包丁のような武器の柄をしっかり握っている。赤みが深まり血のようになった瞳。鋭い犬歯の奥から聞こえる唸り声。
「若様!」
「若、なりませぬ!
「黙れ。僕の、僕の獲物なんだ。クドモストの連中は僕の、父上と母上の仇……ッ」
低く唸るナフィツの鋭い犬歯がさらに尖って伸びる。側近ふたりは慌ててナフィツのそばから離れようとしたがハツが遅れる。次の瞬間に起こったのは電光石火の出来事。
ナフィツが手にした包丁状の武器がハツの首を切り落とそうと振られる。が、間一髪ガギ、と金属が噛みあう音がしてハツの喉元で武器と武器が火花を散らすほどの力で拮抗していた。ハツは息をするのも忘れて喉の奥でひゅ、と声を呑み込んで悲鳴をあげる。
ナフィツの凶刃を止めた刃が赤い光を放つ。ザラの武器が危機一髪ハツを救い、ついでザラの大きな手がハツの着物の衿を掴んで後ろに放り投げる。待っていたツナヒデが受け止め、ハツの背をトントン叩いてやり、ようやく彼女の呼吸が戻る。苦しげな喘鳴。
寸前死の恐怖でぽろぽろ泣いているハツを庇い、ツナヒデが見る先で男が吠える。
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