SILENT DEVIL ⅲ ~戦国再び~

神無(シンム)

戦国の最南端と東に在りし神々

南の離島に在りしとある神の占い


 世は戦国。時は乱世。むしろ、この国は戦国にしていつ何時も乱世である、と言い替えた方がしっくりくるかもしれない。そのくらい頻繁にこの島国では戦が勃発し、人々が覇権や名声に富を求めて激しく火花を散らしていた。ここ、桜蕾ノ島おうらいじまでは常の景色だ。


 その常例に漏れる国もあるにはある。非常に稀有であるのだが。そのひとつに南の果てに離島としてエネゼウルという国が存在する。ここは戦国に珍しき女王が統べている闇の国として有名だった。闇に魅せられ、闇に身投げしようと憂うことなし。そんな国。


「……」


 そんなエネゼウルの城に隣接する形でもうけられた迎賓館でひとり、夜も明けぬ時刻に起きだして変わった模様の札を切っている影がひとつ。蠟燭の明かりに照らされているのは歳の頃十八といったくらいの女性。彼女のことを表す一言は「変わっている」だ。


 この戦国にいない、誰ひとりとしていないだろう奇抜な髪色は根元こそ透ける白銀のようで美しくとも毛先に向かってだんだんと青みが濃く染まっていっているのだから。


 女性の青灰の瞳には憂いのようなそれでいてとても真剣な色が宿っている。この和の文明を濃く受け継ぐ島国に置いては明らかな外国人である彼女は札を畳に並べていく。


 札を裏にして並べ終えた彼女はそこでひとつ息を吐いて横からなにか取りあげる。綺麗な水晶は彼女の両手でようやく包めるほどの大きさ。そして、中に煙のような靄のようなものがただよい、渦巻いてなにかしら形をなしていっては崩れて無形に戻っていく。


「我、イレイン・カシュメルト・ウージュ・シェレン・リィリエトムビッキディオ・エリクリクス。我の声に応えよ。この国に在りては我が最愛に影あるか、ここに教えよ」


 女性は名前、と思しき長い長い音を紡ぎ、水晶にひとつ口づけて畳におろすと山札の上から五枚目と八枚目の札を取って手前にある五枚のうち端の二枚に重ねて置き、さらに下から四枚目と九枚目そして上から八枚目を左から順に手前の札に重ねて置いていく。


 続いて札遊びにおいては相手の手札となろう札に同じように山札から抜いた札を重ねていく。なにをしているのか、傍目に全然わからない。唯一わかって真剣な空気のみ。


「さあ、返ってちょうだい」


 しばらく山札からの札を重ねていた女性は唐突に一言命じる。すると、不思議なことにてんでバラバラに重ねられた札の一番上が魔法のようひっくり返った。そして、中央に配されている水晶中の靄が刀二振りに化けた。女性――イレインは眉根を寄せて呟く。


「そう、いやなことね」


 言葉零し、イレインが手を札たちの上で振るとさらに札がひっくり返る。水晶の中に壊れた盾と猛獣とも鬼ともとれる影がうつる。これを見てイレインが今度は低く唸る。


 さらに一回、二回と札の上で手を振って札をひっくり返しては水晶の中を見ていたイレインの横顔に朝陽が当たる。とても美しい女性だった。奇抜な色に一見目がいくもののじっくり見ると非常に神秘的で儚い雰囲気の美女とわかる。雪肌に赤い唇が神秘的だ。


「思わしくないわね」


 独り言を零すイレインは札と水晶を片づけて窓を開けにいく。カラカラカラ、と軽快でいい音と共に窓が開く。さあ、と朝のつきり、と冷えた風が部屋に吹き込んでくる。


 季節は霜月の候。もうすぐ冬の気配が諸国に見え隠れするだろうが、常夏の国エネゼウルにそのにおいは薄い。秋が終わり、冬が訪れようとする戦国だが、イレインは不穏を見てしまったのでふう、とひとつため息をつく。不穏これはイレインだけのものじゃない。


「誰か、いるかしら?」


「え、なんでわか」


「あら、ザラね。おはよう」


「え、あ。おはよ、ございます。ヒサメ様」


「いいのに、ヒサメで」


「いやいやいや。ダメですって。女王陛下まで様つけて呼んでいるのにお、私がそれを破るなんてそんな恐れ多いです。あ、っと、それより、なにかご用事だったんですか」


「ええ。マナ女王陛下とツチイエに一席もうけていただけるように段取りしてくれないかしら? できれば急いでほしいのだけど。せめて今日中に。あなたも同席してね?」


「私が、ですか?」


「そう。頼める?」


「……。至急、支度をツチイエ様に」


「お願いね」


 部屋の外にいた男――ザラと呼ぶ男に簡単な用事要望を述べてヒサメと呼ばれたイレインは厳しい目で襖の向こうにいる彼を射抜いた。見えている筈はないのに、まるで、見えているかのように彼女は険しくも優しい目でお願いし、襖戸を開ける。誰もいない。


 早速、駆け足でヒサメの言う一席の為の支度を頼みに上司の下へ向かったのだ。ヒサメは面紗をかぶり、迎賓館を移動。祈禱の間に抜けて平癒のお祈りを捧げ、続けて邪気が入り込まないよう、と平安平穏の為の祈願を捧げる。一連のお祈りをし、部屋をでる。


 通路を渡るヒサメの目が遠くエネゼウルの城下町を見つめる。朝市が開かれているのか活気と熱気がここまで届いてくるようだ。一度だけお忍びで見にいったことがある。


 あの時だけ、ここエネゼウルの女王マシーズ・エナに無理を言った。なにしろ城からの護衛を一切つけないでいく、と言ったからだ。ただし、ヒサメはヒサメの戦力を持っているのでとこの国最大戦力たるツチイエが手合わせし、納得してもらえたのだ。


「いやね。まだ赴任して一月しか経たないのにこんな不穏をお知らせする、なんて」


 ふと零し、ヒサメは止めていた足を動かして最初にいた部屋に戻るとすでに廊下で男がふたり立って待っていた。彼らはヒサメの姿を認めると恭しく一礼してきたのでヒサメは笑った。面紗の奥、柔らかで冷たい笑顔の美女はふたりの男を無視して部屋へ入る。


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